それぞれの道

 犬屋敷の会合から何日か経った日。


 昼休みは屋上で比渡と青春する日常、学校が終われば低級の鬼を狩る非日常。


 その日常の昼休み、おれは比渡と学校の屋上にいた。


「比渡」


「何かしら?」


「おれ退学するわ」


「え……」


 急な話で悪いが、長ったらしく説明するより簡潔に言った方が話は早い。


「退学っていうか、転校扱いになるのかな? まあ、普通の学校じゃないだろうから一般人からしたら中卒扱いになるだろうな」


「ドッグズの学園に行くって言うの……」


 話が早くて助かるぜ。もちろんおれは比渡とラブラブわんこプレイを継続したいが、鬼狩りをする以上はそんなこと継続していられねぇ。青春は二の次だ。


「ああ、よく考えてみたんだ。今のままじゃおれは鬼殺しの試練をクリアできないってさ。試練をクリアできなければおれは死刑にされるかもしれないからな」


 死んじまったら夢も希望も無くなっちまう。このセカイから鬼を消すっていう比渡との誓いも無くなっちまう。


「そう……」


 比渡は本を閉じて、テーブルの上に置いた。


「あなたがそう決めたのなら好きにしたらいいわ」


「それでもおれは比渡の犬であり続ける」


「いいえ、あなたは自由よ」


 と、比渡は四つん這いのおれに「立ちなさい」と命令して来た。


「これからは対等な立場でありましょう」


 握手を求めてくる比渡に、おれはその手を握り返せないでいた。


 対等な立場……もうわんこプレイはお終いってことか。悲しくなるな。


「これが最後って言うなら、最後に一つ命令してくれ。おれはその命令を絶対に聞く」


「命令……じゃあ、最後に――日野陽助、絶対に死なないで」


 それが最後の命令か……なんかあっさりしているな。もっとこうさ、あるでしょ。このセカイから鬼を消し去ってとかさ、生きて帰ってきたら結婚しようとかさ。いろいろあるでしょ。


「あと、最後にパン買ってきて、お腹すいたの」


 えぇ、最後の最後でその命令は無くないか? 絶対に死なないでだけでいいだろ。


 と、おれは渋々パンを買いに行くことになった。





「えーと、エクストリーム焼きそばパン一つとデラックスフルーツパン一つ」


 おれがパンを買い終えると、


「あ、日野!」


「おう、暗子か」


 売店に行くと結構な確率で会うな。あ、せっかくだし暗子にも話しておこうかな、一緒にわんわんパーク回った仲だし。


「暗子、おれ学校やめるわ」


「え! どうして! イジメとか?」


 え、最初に出てくるワードがイジメなの? そんな理由でおれは学校やめないよ? いやでもイジメの度合いによるか。てか暗子のイメージしているおれってイジメ受けている設定なのね。まあ、おれボッチだし、そんなイメージあっても仕方ないか。


「いや、イジメじゃない」


「じゃあなんで?」


「なんで……なんとなく」


 理由なんて考えてねぇよ。理由が無くちゃ学校ってやめれないのか?


「なんとなくならやめないでよ」


 なんで? おれに学校やめてほしくないの? おまえはおれの母ちゃんか?


「やめる理由か……まあおれは頭悪いし、運動も出来ないし、その他諸々人並以下だからな。つまらない人間だよ」


 ついでに目も腐っているしな。


「つまらなくはないと思う……てか、学校やめてどうするの? 就職とか厳しくない?」


「おれみたいな奴が社会に出ても役に立たねぇよ。ニートになって寂しい人生を過ごそうかと思う」


「そんな人生送るくらいなら学校くらい通えばいいじゃん」


 結構しつこいなこいつ。学校やめるとか言わなければよかった。


「もう決めたことだ」


「やめて後悔とかしない?」


「まあ、心残りってのはあるかもしれないな。この高校入るのに嫌いな勉強我慢してやったし、青春ってものもこの学校で学ぼうと思ったしな」


 ま、結局一年経って青春ってのは分からなかった上に、今になっておれには荷が重いとも思った。


「そっか、日野もそんな感じの気持ち持つんだ」


 そりゃあおれは人間だからな、復讐の鬼になれば何も感じないのかもしれないけど、今のおれは何かしら感じるぞ。


「ま、おれでも後悔はすると思う。後悔しないように生きていても後悔はするからな。でも今回は学校やめなくちゃ後悔すると思っている」


「それって、わたしのケガとかと関係ある?」


「……いいや、関係ないね」


 ああ、関係あるな。強くならなきゃまた鬼に誰かを傷つけられる。それが自分には関係ない人間だとしても、鬼を殺せるおれが何とかできたんじゃないかって後悔する。


「そっか」


「暗子は柔道頑張るんだろ?」


「まあ、今はケガしてるけど、全国制覇目指してます!」


「なら頑張れよ」


 と言い残して、おれは屋上へ向かった。

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