犬屋敷
慌ただしく廊下を走る音。「まだかまだか」と聞こえる声。
そう、おれと比渡はドッグズの本部――犬屋敷に連行された。
「なあ比渡、まだ始まらないの? 正座しすぎて足が痺れたんだけど」
かれこれ一時間以上も正座で待たされているおれはイライラしていた。
「静かに待っていなさい」
はぁ、飼い主がそう言うなら仕方ないね。待て待てと言われる犬の気持ちって結構ツラいんだな。あぁ家に帰ってダンゴと妹の頭をなでたい。
そんなことを思っていると、
「犬屋敷当主
お? やっと始まるのか。
「これより、比渡ヒトリの処遇を決める会合を始めます」
なんだ、いきなり殺すわけじゃねぇのか。いのち狙われていたけど話せば分かり合えます系のやつか。ならまだチャンスはあるぜ。
「絞首刑に一票」
え? 全然分かり合えなさそうでおれショック。おれの希望返して。
「八木家当主様より絞首刑が提案されました。他の方々の意見をどうぞ」
と、ざわめく会場。どうやら異議申し立てのような雰囲気だ。
「絞首刑は可哀想よ」
だよねだよね。もうちょっと優しい刑が良いな禁固一カ月とかでいいよね。てか学生なんだから無罪でいいよね?
「眠るように死ねる薬殺刑にしてちょうだい」
え? こいつら常識ってもの知らないの? 話し合いもなしにそんな簡単にヒトを死刑にしていいの? こいつらにどんな権力あるわけ。
「絞首刑は可哀想という理由で、霧江家当主様より薬殺刑への移行を求められました、他の方々の意見をどうぞ」
さらにざわめく会場。
「八木家の意見につくか、霧江家の意見につくか……どうする?」
「どちらも死刑だ、比渡家に恨みがあるに違いない」
「おれは八木家につく、反抗したら何されるか分からねぇ」
「もっと常識ある家柄がいたらこんなことにはなっていないのになぁ」
「おい、聞こえるぞ……」
「しかし比渡ヒトリはベアトリクスの犬因子を持ち出したのだろう? あれは核爆弾以上の代物だ、極刑は免れないぞ」
どうやら実権を握っているのは八木家と霧江家らしい。その二つの御家に反抗しようものなら首を斬られるって感じだ。
これがドッグズに生まれた派閥か。どちらもクソみたいな派閥だな。
「ええい! 化け物ババアめ! 絞首刑と言ったら絞首刑だ!」
「なんだとクソジジイ! 薬殺刑と言ったら薬殺刑だ!」
「やんのかババア!」
「やんのかジジイ!」
こいつら本当に御三家の一角を担っているのか? どうやったらこんなこどもみたいなジジイとお姉さんになるんだ?
「御静まりください。犬屋敷当主様が見ております」
と、言われたジジイとお姉さんは言い合いをやめた。
犬屋敷当主らしき人物が手を上げる。
「八坂様、御意見どうぞ」
「比渡ヒトリよ、そなたは生きたいか?」そう訊いた。
当たり前だろ、死にたい人間なんて難病を患っている人間くらいだ……いいや、難病を患っているヒトは他のヒトの何倍も生きたいと願っている。
「分かりかねます。今すぐに死にたいと思うこともあれば、鬼への復讐をするまでは死ねないという自分もいます」
「そうか。比渡家の惨劇はむごかった」
「……いえ、仕方のないことです」
「いや、あの惨劇には我々の責任もある。そなたが復讐の鬼へとなるのも分かる――よって、比渡ヒトリ、そなたに機会をやる」
おお! マジか! 急な展開だがやったな比渡!
「八坂殿、何を申される! この者はベアトリクスの犬因子を持ち出しただけでなく何も知らぬ人間へ継承させたのですぞ!」
「そうです! 極刑は免れません!」
「ただとは言わん。確かにベアトリクスの犬因子を持ち出し、さらに何も知らぬ人間へと継承させた――その罪は重い」
「ならば比渡家の名誉のために極刑にすべきです!」
「比渡ヒトリは比渡家の最後の生き残りだ――鬼狩りのために優秀な犬を輩出させてきた、その功績は大きい」
「ですが!」
「――だからただとは言わん」
と、八坂という男は比渡の前まで足を運び、
「もう一度問う。比渡ヒトリよ、死にたいか? それとも生きたいか?」
「……出来ることなら生きとうございます」
「それは鬼への復讐のためか? それとも他に何かあるか? 正直な気持ちで答えよ」
「復讐もそうですが、最近になって鬼のいないセカイを観たいと思うようになりました。鬼に家族を殺されたわたしは、つい先月まで復讐の鬼になっていました。しかし、とある人物との出会いをきっかけに、わたしの日常は少しだけ変わりました……生きていたいと思うようになりました」
え? もしかしてそれっておれのこと? おれのこと好きなの? おれみたいなキモい奴でいいの? おれなら比渡の愛を全部受け入れてやれるよ?
「ならば生き抜き、鬼を殺せ」
会場の空気が静まり返った。
どうやらこいつがドッグズのトップ……ちょっとは常識ある奴がいて安心した。八坂忠義か、憶えておこう。
「比渡ヒトリの処遇が決定しました、詳細は後ほど言い渡します。では次に、日野陽助の処遇を決める会合へ移行します」
え? おれ巻き込まれたセカイ系主人公なんだけど、なんか処遇あるの? もしかして鬼と戦えって? 逃げちゃダメだってノリ?
と、真っ先に手を上げたのは八木家の当主だった。
「殺せ、どうせ使えない犬だ」
八木! テメェはいつかぶん殴る。
「一つ提案なのですが、日野陽助には国のため、世界のために鬼狩りをさせてはいかがでしょう?」
「いいえ、殺すべきでしょう。国家転覆を図るやもしれぬ。それに、目が腐っている」
霧江! テメェは少し若くて綺麗だからって勝手言いやがって! おれは容赦しないぞ。女でも思いっきりぶん殴ってやるからな。
「しかし彼はベアトリクスの犬因子を持っています、殺すにはもったいない器です」
「うむ、家臣の言うことも一理あるではないか」
と、またしても話に割って入るのは八坂忠義だった。
八坂様! おれはあんたのファンになるっす!
「皆は見たくないのか? 鬼のいないセカイを」と、扇子を取り出し「彼――日野陽助はベアトリクスの犬因子に適合した唯一の人間と聞く。造化鬼神を倒す唯一の人間かもしれん」
「しかしこやつは言うことを聞く者ですかな? 昔、鬼と手を組んだ犬と同じ目つきだ」
「目が腐っているからね」
八木の野郎、おれを第一印象で決めつけやがって……てか霧江、テメェのはただの悪口じゃねぇか。
「悪いが――」
と、おれが発言をすれば場は静まり返った。えぇ、なんか言いずらいんだけど、でも言うしかねぇよな。みんなおれに注目してるし。
「――おれは比渡ヒトリの言うことしか聞かねぇぞ」
『…………』会場は沈黙だ。
「……バカ犬」と比渡は頭をかかえた。
バカだろうが犬だろうが構わねぇ。おれの青春ラブコメはまだ始まったばかりの打ち切り寸前の物語だ。まだまだ語りたいことが山ほどあるんだよ。
「ガキめ、事の重大さが分かっとらんな」
「これだから思春期真っ盛り男は嫌なのよ」
と八木と霧江は言う。
ああ、どうとでも言え。おれはお前らみたいな大人には絶対にならねぇ。おれはニートでニートが溢れかえるニートのためのニートによる国家をニートが作るんだ。つまり、おれがお前らのようなこころ無い者を追い払ってやるんだ。
おれは八木と霧江を睨みつけた。
「腐った目か……いいや、良い目をしているな」
と八坂は言った。
あんた神かよ、おれ今までこの目を褒められたことないよ? 好きになっていい?
「では賭けと行こうか」と八坂は扇子を広げて「一カ月後にある鬼殺しの試練、それを日野陽助が乗り越えられればおれの勝ち、乗り越えなければ八木と霧江の勝ち。おれが勝てば日野陽助は生かす、そちらが勝てば殺すも生かすも好きにしていい――どうだ?」
え? なんかおれのいのち勝手に左右されてね? 鬼殺しの試練って何? 何も説明ないよ? おれは納得できないよ!
「たった一カ月で乗り越えられるとは思いませんが……わしはその賭けに乗った!」
「八坂様がそれでいいのなら賭けに乗りましょう」
「うむ、賭けは成立だ」
と、八坂が言えば、蝋燭が消えていった。
「これにて会合をお開きとさせていただきます。お集りの皆様お疲れ様でした」
おれどうなっちゃうの……。
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