鬼退治のご褒美

 目を覚ますと比渡の家だった。相変わらず女の子らしからぬ可愛げのない部屋だ。


「おはよう」


「おう」


 なに? もしかして一夜の過ちでも犯しちゃった? おれたちがそんな不純な関係をするのはまだ早いと思うんだけど。やっちゃった? やっちゃったの?


 まあ、そんな冗談は置いとくとして、


「比渡、おれ鬼と戦うと眠くなるんだが、どうにかならないのか?」


「カラダがまだ犬因子に慣れていないのよ。そのうち慣れてくるわ。それより学校に行きましょう」


 学校……そういえば暗子大丈夫だったか? おれの妹もどうなったんだ?



 朝、学校に着くと暗子が話しかけてきた。


「日野、昨日はごめん! わたしが怪我したせいでわんわんパーク全部回れなくて」


「あ、いや、そんなことより怪我は大丈夫か?」


「大丈夫、じゃないかな……」


 と、暗子は自分の左腕を見つめた。包帯ぐるぐる巻きだ。


「夏の大会にまでは完治するかな……」


 そっか、暗子は柔道部だったっけ。高校でも柔道やっているのか、知らなかった。


「悪かった」おれは頭を下げた。


 おれがもっと早く鬼を殺していれば暗子が怪我をすることはなかった。お前の青春を守ってやれなかったおれのせいだ。


「え? 日野は悪くないでしょ。あれは事故だよ」


 事故? どこが事故だ、その左腕は鬼にやられたんだぞ。記憶でも無くしたか?


「事故って……憶えていないのか?」


「そりゃ憶えているよ。確か急な突風? 竜巻? だかが起こって樹が倒れてきたんでしょ。運悪くわたしに当たったって感じ、ほんと運ないよね。まあ、死ななかっただけマシだけど」


 どうなっている? 鬼の記憶が無い?


「悪い、ちょっと用事思い出した」


 と、おれは自分の教室に早足で向かった。


「話があるんだけど、今いいか?」


 おれは比渡に話しかけた。


 ざわざわと教室がざわめいた。なにこの空気、もしかして今おれ恥ずかしいことしてる? そりゃこんな空気になるよな、おれボッチだし無口だしキモいし。てか放課後まで待てばよかった。


「ええ、いいわ。わたしもあなたに話しておくことがあったから」


 比渡は教室から出ていった。どうやら屋上で話そうということらしい。


 ちょっと恥ずかしいけど、比渡についていくか。みんな違うよ、おれと比渡は付き合ってないよ。おれは犬で比渡は飼い主だよ。間違えないでね。


 と、男子共の熱い視線を受けながらおれは比渡について行った。熱い視線……いいや、これは敵意むき出しの視線だ。鬼よりも熱い視線だ。うむ、青春だな。


「あなたの質問は理解しているわ」


 屋上に着けば開口一番そう言われた。


「じゃあ説明してもらおうか」


「ケガの原因となった鬼を倒すと、普通の人間は事故や災害として認識するようになるの。言ったでしょ、鬼は天災だって」


 そうなのか。おれの妹は思いっきり「化け物」って言ってたけど、どう処理されてるの?


「なら、鬼を殺せなかったらどうなる?」


「鬼を見た者は青春エネルギーを吸われ続けて鬼となる。前に言わなかったかしら?」


「そうか、てっきりおれは比渡が暗子に記憶の改竄でもしたのかと思っていた。疑って悪い」


「別にいいわ。説明していなかったわたしが悪いのだし――そんなことより、わたしとふたりでいる時は犬になりきりなさい」


 そう言われたのでおれは四つん這いになって「ワン!」と吠えた。


 と、比渡はおれに近寄ってきて……おれの頭をなでなでしてきた。


 え? 急に何? おれのこと好きなの? チューしていい? おれ躾されていない犬だから飼い主の顔ぺろぺろ舐めていい?


「鬼を殺せたご褒美よ」


 比渡はそう言ってから教室へと戻っていった。


 つまり、鬼を殺せばご褒美が貰えるということか……。


「はぁ」おれは仰向けになって雲一つない空を見上げた。


「青春か……」


 おれは複雑な心境の中、今日は学校をサボろうと思った。


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