わんこプレイ
おれは比渡に言われた通り屋上に来た。
すでに比渡はいる。椅子に座って本を読んでいる。って、屋上に私物やらなんやら持ち込んでいいのか? ばれたら説教くらうぞ。
と、比渡の前では犬らしくしていなければならないおれは、犬らしく四つん這いのポーズをとった。
「お手」
比渡に言われたので、おれは手を比渡の手に乗せた。
女の子の手! 比渡の手ってこんなにすべすべなのか。おれ女の子の手って妹と母親以外で初めて触ったかも。
「お座り」
おれは座った。流石に犬の座り方は真似できないので正座した。
というか何やってるのおれたち。これって一種の愛情表現? おれと比渡のイチャイチャラブラブエクストリーム求愛行動? 日野陽助、高校二年生にしてやっと青春送れてるんですね。
とまあ、おれと比渡のわんちゃんプレイは置いといて、
「なぁ比渡」
「なにかしら」
「鬼がいる場所って学校なんだろ。どうやってその学校を回るんだ? 全国には学校なんて廃校になるくらいあるだろ」
「はぁ」
なんでため息を吐く。おれの言ったことは合っているだろ。
「おれたちだけじゃ人手不足だ。学校が多すぎて回り切れないだろ。少子化って言っても子供は数十万単位でいるし、学校の数だって多い」
「言ったでしょ、ドッグズがあるって」
ああ、ドッグズが日本全国の鬼を退治して回っているのか。
「じゃあ、この町の警備? みたいなのは誰がやってるんだ? ドッグズの連中が潜んでいるんだろ?」
「さぁ、この町の警備を誰がやっているか分からないけど、ドッグズの誰かはこの町にいるでしょうね」
なるほどな。そいつに見つからないように行動しなくちゃならねぇわけだ。
「そっか。ところで鬼の発生ってどうやったら分かるんだ?」
鬼が天災なら何かしらのアクションがあってもいいだろう。風が強くなるとか、曇りになるとか、何かしらあるだろ。
「そうね……鬼の発生にはいくつか兆候があるわ。例えば、鬼特有の臭いが漂う」
ああ、たしかに前の鬼は酒臭かったな。でも鬼の臭いって酒の臭いなわけか?
「どんな臭いだ?」
「何かに熱中している臭いね」
「なんだそれ。もしかして汗の臭いか? 青春エネルギーって汗臭そうだもんな」
「全然違うわ」
「じゃあどんな臭いだ?」
「そのうち分かるわよ。あなたはわたしの犬なのだから、しっかりと鬼の臭いを憶えておきなさい。分かったら返事」
「ワン!」
鬼の臭いか。前の時はそんなの気にしなかったなぁ。臭かったら嫌だなぁ。
…………ああ、暇だなぁ。家に帰って妹の頭なでなでしたいなぁ。
「比渡ってさ、いつも鬼狩りしてたのか?」
暇なのでそんなことを訊いてみた。
「そうよ」
「それって目的のためなのか? それとも学生の青春を守るためなのか?」
と、比渡は本に栞を挟んでテーブルに置いた。
「……目的のためよ」
「そうか」
「そんなことより、鬼が来たわよ」
何! クンクン、この臭いは、まさに青春って感じの青臭さだ。
「行くわよ」
「ワン!」
比渡ヒトリはいつも独りだった。復讐のためだけに鬼を殺し、復讐のためだけに生きてきた。
そんな彼女が可哀想に思えたのはおれだけなんだ。他の誰も比渡ヒトリの素顔を知らないから、おれだけは彼女のことを分かってやらないといけないんだ。
けれど――比渡ヒトリはいつもひとりだ。
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