ふたりの距離

 これは放課後のこと。


 いつも通り図書室で本を借り終えたおれは、部活もやっていないので家へ帰ろうと準備をしていた。


「日野君」


 おれに話しかけてきたのは比渡ヒトリだった。まさかとは思うけど、今からわんちゃんプレイをする気か? おれは一向にかまわないけれど、どこでするの? もしかしてホテルとか? いやいや、高校生だからそういうところは入りずらくない? あ、もしかして高級ホテルでおれの財布をすっからかんにするつもりじゃないか? 警戒しろよ日野陽助。


「なに?」


「一緒に帰りましょう」


 え! なになに? おれのこと好きなの? 好き過ぎて一緒に帰りたいの? いいの? おれみたいなキモいのと一緒に帰って。


「いいけど、帰り真逆だろ」


「わたしを家まで送るのが犬の役目でしょ」


 いやいや、家まで行って家に入らせてもらうまでがおれの役目でしょ。そして今日頑張った褒美に頭をなでなでしてもらうまでおれはお前の家に居座るぞ。


「いいけど、おれが比渡の隣歩いていたら変な噂たてられるぞ」


「変な噂? どんな噂?」


 え、それは、つつつ、付き合っているとか? こここ、恋人なんじゃないかとか?


「……それはだな、おれが比渡にストーカーしてるとか」


「隣を歩いていたらストーカーにならないじゃない?」


「隣を歩いていたら、比渡がおれに脅されているとか」


「どうしてそうなるの? ただ隣を歩いているだけじゃない」


 なるほど、これは脈無しですね。むかしあったなこんな勘違い、たしか……中学の時だっけ――あの時は女子に肩を叩かれて、(え、この女子おれのこと好きなんじゃね?)とか思って告白したんだっけか。振られたけど。


 今のおれは騙されないぞ、というか勘違いしないぞ。


「うーん、とにかく、距離をとって歩くことが重要なんだよ。ただし、おれが前を歩く」


 後ろを歩いているとストーカーしているのかと疑われるからな。


「注文の多い犬ね。ベアトリクスはわたしの隣を歩いていたのに、あなたはわたしの前を歩くの? 飼い主はわたしよ、飼い主の前を歩く犬は駄犬扱いされるわよ」


「駄犬でも何でもいい、これだけは譲れない」


 はぁ、と比渡は疲れたように息を吐いた。


「わかったわ、でも、わたしの犬なんだから後ろはちゃんと確認して歩きなさい。わたしが誘拐されたらあなたの責任なんだからね」


「ああ、わかった」


「返事は?」


「ワン!」


 誘拐か、たしかに比渡ヒトリの見た目だと誘拐されそうだ。内側はドス黒いけど、外側だけだと誘拐もされそうだ。


 と、おれと比渡は帰りを一緒にした。


 もちろんおれは忠実な犬のように時々後ろを振り返りながら歩く。


 何も問題ない。自慢ではないがおれの鼻は犬並みだ、不審な臭いがあればすぐに気が付く。


「なぁ、比渡」


「なに?」


「おれを犬に選んだ理由ってなんなの?」


 比渡ヒトリの外面だったら他にも犬になりたい人間はいると思う。犬というか取り巻き的な立場の人間なら山ほどいると思う。


「護衛なら本当に強い奴らがいるだろ、おれなんかを護衛に選ぶ理由って何なの?」


 おれは続けて質問した。おれを犬に選んだ本当の理由は何なのか、ただそれが気になっていたからだ。


「言ったでしょ、いずれ知ることになるって」


 納得できない回答だな。


「そんな回答でいいのか? おれが犬を辞めるって言ったらどうする?」


 普通は困るはずだが、比渡は凛々しく、表情も変えず、


「そのうちあなたが想像できない非日常が訪れるわよ」


 そう言っただけだった。本気で言ってるのか分からないが、比渡ヒトリが言うならそうなのだろう。


「ここまででいいわ、ありがとう日野君」


 え、ありがとう? あの比渡ヒトリが犬のおれに感謝の言葉を言った? 飴と鞭を使い分けるのが得意なようで、おれは少し気持ちよくなっちゃうよ。


「おう」


「じゃあ、また明日ね」


 ええ、比渡っておれのこと本気で好きなんじゃね? また明日って、明日もわたしの護衛お願いねって意味だよな? 好きになっちゃっていいの? おれ比渡ヒトリのこと好きになっちゃうけどいいかな? 今告白しちゃってもいいかな? いいや待つんだ日野陽助、いつもの勘違いで痛い目を見ることになるぞ。ここはクールに決めろ。


「おう、また明日」


 と、比渡はニコリと笑顔を作ってから家の方へと歩き出した。


 ヤバい、学校ってこんなに楽しみなところだったんだ。学校って勉強するところじゃなくて、犬になる場所だったのか。明日も楽しみだな学校。


 

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