組織
比渡ヒトリの犬になったおれ、日野陽助は釈然としない。
犬になったのはいいけど、何をすればいいんだ? このまま比渡ヒトリと昼食を取る日常を過ごすのか? ただの犬止まり? 学園的なイベントがあってもいいと思うんだが。
「あの、おれを犬にしてどうしたいわけ? そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
おれは比渡に訊いた。もちろんおれの態勢は四つん這いだ。
「あなたの役目はわたしの護衛よ」
「護衛?」
「そう、わたしっていのち狙われているの。仕方ないわよね、こんなにも可愛くて美しいわたしなんだもの」
えぇ、比渡ヒトリって中二病入っているのか。頭大丈夫か?
「誰に狙われているんだよ」
「とある組織――【ドッグズ】って呼ばれている組織に狙われているの」
うわぁ、スゲー中二病設定なのに組織の名前が中二病じゃねぇ。ただの犬集団じゃねぇか、だせぇ名前だぞ。
「あの、もし仮にその組織が攻めてきたとしておれが勝てるわけないだろ」
陰キャだし、オタクだし、キモいし、弱いし、まあその他諸々あるけど戦うような事は出来ないぞ。
「勝てるわよ、あなたならきっと勝てるわ」
「根拠は?」
「わたしの犬だから」
根拠がよく分らねぇ。比渡ヒトリってこんなキャラだったのか。もっと静かで理論的な女の子だと思ってた。やっぱりヒトって見かけによらないんだな。
「話を変えるが、ドッグズに狙われている理由は? 本当に可愛いから狙われているわけじゃないだろ」
「わたしの持っているこの首輪が狙いだと思う」
と、比渡は首輪を見せてきた。何の変哲もないただの首輪だ、宝石が散りばめてあるわけでもないし、何か特別感があるわけでもない。
もしかしてドッグズってヘンタイ集団なのか? 比渡ヒトリの持つ首輪を狙ってるってなんだよ。
「わけわからんな」
「いずれあなたも分かるわよ」
分からないねぇ。比渡ヒトリという女子高生が何者なのか分からないねぇ。
「てか、いのち狙われてるなら今までよく無事だったな」
「今まではわたしの犬――ベアトリクスが守ってくれていたんだもの」
「それ犬なの? 人間なの?」
「五歳の誕生日に買ってもらった正真正銘の犬よ。今のあなたとは比べ物にならないくらい頭が良くて強い犬だったわ」
おい、ナチュラルにおれをディスるなよ。確かに頭は悪いし喧嘩はしたことがないから弱いし本物の犬よりも役に立たない――でも、今はお前の犬なんだからもうちょっと優しい言い方があるだろ。
「そうか、それは残念だったな」
「いいえ、いのちあるものは平等に消えるものよ」
急に悟りを開くなよ、どんな反応していいのか困るんだが。しかしまあ、いのちってのはそういうもんだよな、いつ死ぬか分からないからな。
「ふーん、なんか現実的な話と非現実的な話だな」
「信じる信じないはあなたの勝手よ」
と、比渡は立ち上がり、
「じゃあ、せいぜいわたしを守ってね、わたしのわんこ君」
こうして比渡ヒトリは屋上から去ってゆく。
おれは四つん這いが疲れたので屋上の汚い床の上に寝そべった。
「組織か……」
比渡ヒトリが本当にいのちを狙われているならおれがどうこうできるのか?
守ってやりたいけど、喧嘩もしたことないおれに何かできるのか?
犬って、飼い主を守る生き物なのか?
「ほんと犬って大変だな」
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