平和

 おれこと日野陽助には妹がいる――日野聡子さとこだ。


「おにい、新しいクラスってどうなの?」


 おれの可愛い妹は犬のような娘だ。このキモさマックスのおれが頭をなでなでしても気にもしない。


 のう妹よ、兄妹仲良く犬ライフを送ろうではないか。


「まあまあだな」


「まあまあってどんな風に?」


 おれはあの比渡ヒトリの犬になった。そんなことは兄妹でも言えない。


「だっておれボッチじゃん、まあまあって言ったらまあまあなんだよ」


「そっかそっか、おにいって孤独が好きなタイプだもんね」


 いや、別に孤独が好きなわけではない、ただ目立つだけだもん。絶対に目立つからおれに話しかけてこないだけだもん、みんな遠慮してるんだよ。『あ、見て見て日野君よ。話しかけたいけどカッコ良すぎて話しかけられないわ』って感じだと思うぞ。


 いやいや、おれってモテモテだなぁ。確か小学校の時、女子に話しかけようとしたら『風邪引くから話しかけないで、わたし死ぬかもだし』とかおれを配慮してくれたっけな。うんうん、今考えてみればおれが原因菌じゃないよね? あれって陽助菌が致死率百パーセントのヤバい菌だって言い回しじゃないよね?


「おにいのクラスって比渡ヒトリ先輩いるでしょ? やっぱめっちゃかわいい?」


「まあまあだな」


 いいや、滅茶苦茶可愛いぞ。でも性格は可愛くないな、むしろ性格は鬼畜桃太郎だ。オトモの犬に命令しては餌さえ与えないような酷い性格だ。動物虐待で訴えてやるからな桃太郎。


「おにいってまあまあが口癖だよね。そんなんじゃモテモテになれないよ」


「別にモテモテにならなくてもいいだろ」


 おれがモテモテになったらおまえが困るだろ。お兄ちゃん子なんだから寂しくなるだろ。考えてもみなさい、もし仮におれに恋人ができたとしたら、おまえは頭なでなでされなくなるんだぞ。兄妹揃って犬タイプなのに頭なでなでされなくなったら悲しいだろ。


 そりゃあおれだって妹の頭をなでなでしたい、けれど恋人に『妹の頭撫でるお兄ちゃんってキモい』とか言われたら嫌じゃん。仕方のないことなんだ。


「はぁ、おにいって欲が無いよね、欲しいものとかないの?」


「欲しいものならあるぞ、お金とか」


「それ誰だって欲しいじゃん。わたしが言ってるのは、彼女とか欲しくならないのって話」


 そうだなぁ、金で買えるものには興味がないね。


「我が妹よ、いいことを教えてやる」


「なに?」


「世の中には欲しくても手が出せないものがある、もしもその欲しくても手が出せないものが手に入ったら人間はどうなる?」


「満足する」


「そうだ、満足してしまったら人間は終わりだ。だからおれは満足しない生き方を選ぶんだ」


 うん、いいこと言ったなおれ。人間の欲求を捨て悟りを開いたのはおれの先祖に違いない。ありがたやありがたやご先祖様。


「はぁ、おにい少しは自分の顔真剣に見たら?」


「毎日見ているぞ。今日の朝も見たが、薬物中毒者の目をしていた」


「おにいはまあまあイケてるよ、顔はね。性格はキモいけど」


 妹にキモいって言われた。お兄ちゃんショックで死にそう。でも顔はイケてるってことだから良しとしよう。


「性格がキモかったら致命的だろ」


「うん、そうだね」


 え、そうなの? 女の子って性格を一番に気にするの? ああ、そうか、だからおれはモテないのか。


 男の場合、というよりおれの場合女の子を見る時は顔しか見ない。第一印象は顔で決まるからだ。顔面至上主義なる言葉があるように、おれは顔面でしか判断しない。


「でも、おにいって見るヒトによれば性格良いのかもね」


 なにそれ、それ言うなら全世界誰にでも当てはまるじゃないか。性格ってのは作れるし本性ってのは偽れる。世の中偽りばかりだぜ。


 と、そこに飼い犬のダンゴが現れた。


「おお、よしよしダンゴ、二階でねむねむだったのか? よしよし良い子良い子」


 おれはダンゴを撫でまわした。それが不服だったのかダンゴは嫌そうにしてから妹の膝の上に乗った。


 犬って正直、やっぱり犬って最高だわ。



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