犬って大変
「それで、その中学の同級生と話していたから遅れたってこと?」
おれは比渡ヒトリに正座を命令され、その命令に従っていた。これは罰だ、学生に大事な昼休みという時間を少し無駄にしたおれへの罰だ。
「はい、そうです」
「そう、あなたなんかに話しかける物好きがわたしの他にいるとは少し驚いたわ」
ええ! 今おれのこと好きって言った? 物好きでもおれのこと好きってことだよね? やっぱり犬になってよかったわ。
「あの、訊くけど、なんでおれを犬にしたかったわけ? 他にもあんたの犬になりたい人は山ほどいるだろ」
おれだけ特別扱いしてくれる比渡ヒトリは何がしたいんだ? おれを犬にして何が目的なんだ?
「わたしに質問しないでよ、この駄犬! 少し頭が高いわよ、四つん這いになりなさい」
おれは四つん這いになった。
すると、比渡ヒトリはおれの背中に座ってきた。
これは何のご褒美だ? 比渡ヒトリの柔らかいおしりがおれの背中に当たっている。ああ、この時間は至福だ。
「日野君、わたしと二人でいる時は犬になりきるのよ。例えば返事をする時はワン! って言うの」
「ワン……」
「分かった? 日野君」
「ワン! って、それじゃあ会話出来ないじゃねぇか」
「返事はワン、行動も犬、それ以外なら普通に会話していいわよ、いいこと?」
「はい」
と、おれは頭を叩かれた。
「返事は?」
「ワン!」
これおれの人権無いよね? それに犬の頭叩くとか動物愛護団体に訴えられるぞ? 動物虐待だってさ。いいの? おれと一緒にこのわんちゃんプレイができなくなるよ?
と、比渡ヒトリはパンを食べ始めた。
「あの、この態勢っていつまでやってればいいの?」
「わたしがパンを食べ終わるまでよ」
「おれもパン食べたいんだけど」
と、比渡ヒトリはおれの口へパンを差し出してきた。
「ほら、あーん」
「あーん」
やっぱりおれ犬になってよかったわ。これってもうおれ比渡ヒトリと付き合っているよね? 愛し合っているんだよね? そうじゃなきゃこんなことしないよ普通。
「日野君って友達いないの?」
急な質問だ。このおれにこんなにも良い質問をしてくるとは恐ろしい。
「おれに友達は必要ない」
「可哀想に、一匹狼が自然界でどのように生きていくか知っている?」
「知らないな」
「わたしも知らないわよ」
知らねぇのかよ。
「でも一匹狼って孤独でしかないわよ」
「あんたも」
「――あんたじゃなくて比渡でいいわ」
お、おう、なんか距離縮まった?
「比渡も一匹狼じゃねぇか」
「あら、わたしには沢山の部下がいるわよ」
え、マジ? もしかして犬っておれだけじゃない? 他にもいっぱいヒトという名の犬を飼いならしているの? おれだけが特別じゃないの? ちょっとショックかも。
「部下って友達じゃないだろ、上下関係はっきりしている友達なんて友達とは言わない」
「そうね、わたしがアルファであなたはオメガだものね」
なんかおれ、ナチュラルに下の下って言われたんだが。もうすこし上でもよくない? 狼ってアルファが一番上で、次にベータ階級があるんでしょ。オメガって酷くない?
「おれは一匹狼だからな、失うものってのは無いに等しいんだ」
「……そう」
と、比渡が立ち上がった。もう少しおれに座っていても良かったのに。
「わたしたちって少し似ているわね」
それだけの言葉を残して比渡は屋上から去っていった。
似ている? 似た者同士が群れを成すのが人間社会だろ。
「はぁ、犬ってのも大変だな」
と、おれは背中に残る比渡ヒトリの柔らかいおしりの感触を味わった。
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