第二十一話 決別(テツ)

春の日差しの元で目を閉じてじっとしている。初めて会った時と同じ、寝ているようだ。


「テツ!」

「うぉっっ!」


声をかけると驚いたように飛び上がった。これも初めて会った時のリアクションと同じ。


「悪い、悪い。寝ていたのか?」

「う~ん...ミー子姉さんが夢に出てきた」

「ミー子が! なにか言ってたかい?」

「へへへ。テツ、がんばっていて偉いねって褒められたぞ」

「そうか、良かったな。本当にがんばっているもんな」

「ミー助もそう思うか?」

「もちろんだよ。みんなの愚痴を聞いたり仲裁をしたりって、みんなから頼りにされているじゃないか」


「ミー子姉さんとミー助に褒められたら、それだけで十分。お腹いっぱいだな」


そう言ってクシャクシャな顔で笑う姿に、今までどれだけ救われたことか。いつもみたいに、テツの隣に並んでうつ伏せになる。


「テツ、生まれ変わりって信じるかい?」

「う~ん、どうだろ。わかんないな。でも生まれ変わっても、ここがいいな」



「もし俺が生まれ変わったら、絶対にテツのところへ戻って来たいよ」

「それだったら、俺だって同じだ。必ずミー助のところへ行くぞ」



「どうやら、俺は生まれ変わりで、会いに行かなければならない人がいるんだ」

「ミー助が?」

「うん」

「旅に出るのか?」

「うん」

「どこまで?」

「ずっと遠くまで」

「いつ?」

「今夜」


「ふ~ん」




テツは何も言わない。あれ、驚かない。話が伝わっていないのかな。


「テツ?」


声をかけても返事がない。顔を覗き込むと酷い顔で泣いているじゃないか!


「テツ、テツ!!」


「俺は...俺は頭が悪いからわかんないんだけど」

「うん」

「いつだってミー助のやることは間違っていなかった」

「そうかい?」

「そうなんだ! ミー助は間違っていない。今までずっとそうだった」


「だから、ミー助がなんで旅に出るのかは、俺の頭じゃわかんない」

「テツ...」

「でも、絶対に間違っていないんだろ? そうだろ、ミー助」


泣きながらテツは話を続けた。そう、俺がひよちゃんに会うためにこの地を離れることは間違っていない。俺が決めたことなんだ。


「町中の猫が反対しても、俺だけは応援しないとダメなんだよ」

「ありがとう、テツ」



「ちょ、ちょっと待ってろ。絶対いなくなるなよ、待ってろ!」


そう言ってテツは家の中へ入っていった。しばらくすると、ガチャンガチャンとなにか倒したような嫌な音が聞こえてくる。割れたような音もするが、いったい何をしているんだろうか、大丈夫なのか。


少しして菓子を咥えたテツが戻ってきた。


「人の物を盗っちゃいけないっていう、ミー助の言いつけを初めて破った」

「いったい何をしてきたんだ」

「ユウキ兄ぃのお菓子を持ってきた」

「大丈夫か?」

「後で、ユウキ兄ぃにボコボコにされるかもな。でもいいのさ」

「ダメだよ、テツ!」

「ううん、そっちのほうが忘れられなくなるから...今日のことを」

「なんて無茶するんだ」

「一個ずつな!」


ミー子の時は半分っこにした菓子を、コハクの時は一個を全部渡した。そして、今日は俺と一個ずつだと言う。


「一緒に食べよう、最後の思い出に」

「うん」


「テツ、今までありがとうな」

「ミー助、俺のほうこそだ。お前が来てから毎日が楽しかったよ」


俺たちはゆっくりゆっくり菓子を食べた。これを食べ終わったら、二匹は永遠に会えなくなりそうな、そんな気がして。



人間ならメールでも電話でも連絡手段はいくらでもあるだろう。それどころか、どんなに離れていても、生きてさえいればいつか会えるという希望を繋ぐことができる。でも、俺たちは...猫。


「ミー助、また会えたらいいな」

「そうだな、テツ」



できないことがわかっていても、言葉にしちゃいけない。俺にはテツの優しさが痛いほど伝わってきた。テツの尻尾を軽く叩く。


「なにすんだよ」

「チョコのことを頼んだぞ」

「おぅ!」

「お前に会えてよかった」



俺たちは親友だ。だから笑って別れよう。

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