第十八話 対決(チョコ)

三匹に見つかった! 慌てて走る。


「おっ、チョコだぜ」「久しぶりだな、遊ぼうぜ」「おぃ、待てよ!」


獲物を見つけたように嬉しそうな顔で追いかけてくる。こっちのほうが足が速いから少し速度を緩め、追いつかれそうになるとまた離す。距離を置いて挑発する。そんなことを繰り返していると、さすがにイラついてきているのがわかる。


「ふざけんな!」「痛い目に合わせてやるぜ」「立てないくらいに屠ってやる」



エスカレートしてきた三匹を誘導し、目的の場所までたどり着いた。俺は草むらに隠れていたチョコの所まで行く。


「チョコ、あいつら相当頭に血が上っているぞ。ここからはお前の番だ」

「うん。ミー助、お疲れ! 選手交代だ」


チョコの対決の場所に選んだのはここ。なにかの建物があったらしいが、取り壊されて今は更地になっている。この季節で枯れてはいるが、ほどほどに草むらもあり、人目につかない場所だ。


さすがに血生臭いようなことにはならないと思うが、子どもたちに見せるものではないので、チョコの家の近所っていうわけにはいかないしね。


この町に先乗りしたマンチとカンチからの連絡を受けて、三匹の前に顔を出した俺が囮になった。俺のことを知らない三匹にチョコだと勘違いさせ、逃げる演技でここまで連れてきたんだ。俺と入れ替わった事に気が付かない三匹が悪態をついている。



「チョコ、ふざけた野郎だな。いい加減にしろよ」

「僕はふざけてなんかいないさ。こんなのは、今日でお終いにしたいんだ」


三匹を前にして臆することもなく、チョコが対峙する。兄弟の俺が言うのもナンだがいい面構えだ。ここでテツの出番だ。


「おっ。この町じゃ、チビを相手に三匹で囲むのか」

「なに?」


「そうだ、そうだ」


廻りの猫たちが野次る。実は、俺たちの友達も一緒にここまで来ている。それに加え、この町に住んでいる猫たちには『面白いものが見られる』とあらかじめ宣伝しておいたんだ。そんな猫たちが三十匹近い。草むらから次々と顔を出す。


「どんな様子だ?」

(うゎ、ジャンプ!)


相変わらず気配を感じさせないで、いきなり隣に来た。ジャンプは誘っていなかったんだけれど、今日だっていうことは知っているし、場所も誰かに聞いたのかな。


「息子のだから、気になって見に来たのさ」


俺の心の内を見透かしたように先に答える。ジャンプなりに気になっていたんだろう。まぁ、俺の初陣は『あんた』だったんだけどね。



「助っ人に入ってやろうか。そっちが三匹ならこっちも三匹にしないとな」


テツが打ち合わせ通りの台詞を口にする。すると恐ろしい事がおきた。



「俺が入ろう」


「ウソだろ!」

  「ジャンプさんじゃないか!」

    「隣町で無敵なんだよな..」


なんとジャンプが前に出ていったんだ。そのジャンプの姿を見て廻りの猫たちがざわつく。さすがに隣町の猫にも顔が知られているようだ。そして、明らかに動揺しているのはダイ。


「なんで、あんたが入ってくるんだ」

「あと二匹が助っ人に入るんなら、誰でも構わないだろ」


元々、チョコの助っ人には俺とテツが入るをするつもりだったが、その打ち合わせを知らないジャンプが先走ってしまったということだ。俺はテツを目で制して前に出た。


「それじゃ、もう一匹は俺で」

「なんだ、チビ。チョコがもう一匹現れたぜ、へへへ」


今度はサンとゲンが、俺の姿を見て少し安心した様子でからかってくる。そうだよな、さんざんちょっかいを出したチョコとそっくりなんだから、侮られても仕方ない。隣町の猫はだいたいサンたちと同じような反応だ。


でも、俺の町の猫たちは違う。みんなジャンプのことはもちろん、俺のことも知っているからね。このままいったらどんなことが起きるのか想像できるから。見てはいけないものを見てしまうんじゃないか、来てはいけない所に来てしまったんではないか、そんな様子で誰も口を開かない。


「チョコの兄弟でミー助って言うんだ」


「え、こいつなのか」

  「アンドレを瞬殺したって」

    「化け猫だって聞いていたぞ...尻尾が二股だとか」


俺が名乗ると、隣町の猫がざわざわし始めた。俺の姿は知られていなかったが、噂だけは伝わっていたみたい。ただ、噂には尾ひれがついているっぽいけど。そんなざわめきを耳にして、今度はサンとゲンも青ざめる。



「ジャンプ、ミー助、ありがとう。ここは僕だけで十分だ」


これは打ち合わせ通りなんだ。チョコの様子が心配だったが、堂々としている。本当に大丈夫そうだな。それどころか、俺とジャンプを引かせるって、隣町の猫からしたら何者なんだって感じだよね。


「チョコがそう言っているから、俺たちの助太刀は止めておく」


俺の言葉にダイたち三匹が心底ホッとした顔をする。逆にジャンプはつまらなさそうだ。まったく、あんたの喧嘩じゃないんだから。


「その代わり、提案だ」


さすがにチョコ対三匹は分が悪いだろうから、チョコが一匹ずつ相手にする、つまり三回勝負。勝負の方法は尻尾盗りにしようと話を持ち掛けた。


「おぅ、それならいいぜ」


俺とジャンプが参戦しないことに安心した三匹が提案に乗ってきた。チョコと初戦のサン以外は場所を空ける。審判は俺がやることになった。




~ 第一戦(対サン)


チョコとサンが距離を置いて睨み合う。


「はじめ!!」


「イテテッ!!」


俺の合図が終わるか終わらないかの刹那、チョコはサンの後ろに回り込み、前足でサンの尻尾を思いっきり叩いた。ついでに爪で尻も引っ掻いたようだ。


チョコの圧勝だね。廻りで見ている猫たちもその速さに言葉を失う。正直、俺もチョコがこんなにスピードを増してくるとは思わなかったので驚いた。もしかしたら俺より早いかも。だが、ジャンプを見ると当然という顔をしている。



~ 第二戦(対ゲン)


先の勝負を見ていたゲンが相当警戒をしている。チョコに回り込まれるのを嫌い、開始の合図とともに真っすぐに突っ込んでいく。


その様子を見たチョコは冷静にその場で跳ね、ついでにゲンの鼻の先を思い切り蹴飛ばし、それをはずみにさらに上まで跳ねる。そのままゲンの後ろに回り込んで尻尾にタッチ。


「いいぞ、チョコ!」


スピードに加えジャンプ力も増した、思っていた以上だ。俺は審判の立場も忘れ、声援を送ってしまった。



~ 第三戦(対ダイ)


「だらしねぇな」

  「いやいや、あいつらじゃあんなもんだろ」

    「この際だから、やられちまえばいいんだ」


チョコの戦いぶりを見ていた猫たちが囃し立てる。前に出てきたダイが憎々しい表情でチョコのことを睨みつける。そんなダイの様子にも涼し気な顔をしたチョコが口を開く。


「僕が勝ったらお願いがある」

「なんだよ!」

「もう、僕や他の弱い猫にちょっかいを出さないで欲しいんだ」

「あん? 強い者が弱い者をいじって何が悪い?」


あ~ぁ、懲りないヤツだね。そのやり取りを聞いていたジャンプが思わず身を乗り出してきた。


「よく聞こえなかったな」

「え?」

「お前の理屈じゃ、俺がお前のことをってもいいって聞こえたが」

「ひっっ...」

「しっかり返事しろ! その減らず口をたたけなくしてやろうか!!」

「あぅっ、あぅっ、あぅっ...」


(にしてもジャンプ、バトルジャンキーかよ!)


面と向かってジャンプに凄まれて、もう精神崩壊寸前。これじゃチョコとの勝負の前に腰を抜かしてしまいそうだ。慌てて俺がフォローする。


「いいな、ダイ。チョコの申し入れを受けるよな、いいよな!」


言葉を出すこともできない様子で、カクカクと頷くだけのダイ。俺はジャンプに下がってもらい、チョコとダイのためにスペースを作った。



「はじめ!!」


チョコは、まだ動揺が収まらず足元もおぼつかないダイに真っすぐに向かっていく。ゲン戦では上に跳ねた戦い方だったが、今度は小さい体を活かしてダイの腹の下へ潜り込み、思いっきり頭を突き上げる。


「ぐっ!」


腹部へ思いっきり頭突きをされた形になったダイは、息が止まったように変な呻き声を出す。チョコはその隙にダイの背中に乗る。


「尻尾を叩いていないから、まだ勝負は終わっていないよ」

「うっ」

「お前の耳に噛みついてから、ヒゲを抜いてやろうか。それとも目玉か」


耳元で悪魔のような囁き。チョコ、性格変わっていないか。しかし、どこかで聞いたような殺し文句だが、隣のジャンプを見るとニヤニヤしている。とにかくこれで勝負ありだね。




「チョコ、すごいな!」「お前どこに住んでるんだ」「今度遊ぼうぜ」


ダイの背中から降りたチョコのところへ、隣町の猫たちが駆け寄ってきて次々と声をかけてくる。



ふと隣を見ると、やはり音もなくジャンプが去っていた。俺もテツやマンチ、カンチたちに目配せをしてその場を後にした。


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