第十七話 対決準備

テツのところへは連日いろんな猫が来るようになり、出かけることも多くなった。以前に比べてだいぶ忙しそうだが、今日は誰も来ていないのでゆっくり話し込んでいる。


俺はテツに、ジャンプとの関係について伝えなければならないと思ったが、先になんとなく聞きそびれていたことを尋ねてみた。


「ウメっていうメス猫知っているかい? 飼い猫からノラ猫になったらしいが」

「ウメ、ウメ...ウメトラ姉さんのことかな」


(確かに母さんはトラ柄だったが...)


「ウメトラ姉さんは気が強くてさ、アンドレにも物怖じしなくて一切無視だった。ミー子姉さんとも仲が良かったよ。それと、ジャンプさんといい関係でお似合いの二匹だったね」


(ジャンプといい関係だったのなら、ウメ母さん=ウメトラ姉さんで確定だね)


「でも、なんでウメトラ姉さんのことを知っているんだ?」

「俺たち...俺とチョコの母親なんだ」

「ふ~ん」


あれ? 全然驚かないな。いろんな猫の話を聞いているうちに、大概のことには動じなくなったんだろうか。


「と言う訳で、ジャンプは俺とチョコの父親ってことさ」




「えぇぇぇっっっ!!! なんだって!?」


少し間をおいてのリアクション。あぁ、やっぱり話が通じていなかっただけか。


「どういうこと?」

「どういうことって、ウメは俺たちの母親」

「うん」

「で、ウメはジャンプといい関係だったんだろ? そういうことさ」

「そりゃ、たまげた...」


俺はチョコに再会し、ジャンプが父親だと確信した。チョコと一緒にジャンプの所へ行き、それを確かめたことをテツに話した。ついでに、チョコが近所の猫にちょっかいを出されているから、とりあえずジャンプに頼んで特訓してもらっていることも伝えた。


「ジャンプさんに特訓してもらっている! それじゃすぐに強くなるな」

「だといいんだけど...それで、少し協力してもらいたいんだ」


チョコの話によると、ちょっかいを出しているのは主に『ダイ』というヤツ。それと仲間の『サン』と『ゲン』の二匹だと言う。今、俺なりに策を練っているが、必要とあればテツにも一役買ってもらおうかと思っている。


そんな話をしていると、ジャンプとの特訓帰りのチョコが顔を出してきた。



「やぁ。テツさん、ミー助」


ちょっと疲れている感じだね、でも顔つきは悪くない。初日だけはジャンプの所まで一緒に行き様子を見ていたが、二匹の関係性も悪くなさそうなので、それからは俺も敢えて顔を出していない。


「チョコ、お疲れモードかい」

「うん。とうさ...ジャンプさんの特訓が厳しいから」


チョコが言い淀んだので、ジャンプのことはテツに話したことを伝えた。ただし、ジャンプとの親子関係を自分たちから積極的に話す必要もないので、ここにいる三匹だけの話に留めておくことにした。


「特訓はどうだい?」

「厳しいけど楽しいよ」

「ジャンプはなんて言っている?」


(今さら『父さん』なんて呼びにくいんだよな)


「なんとかなるだろうって。ミー助も一緒に鍛錬していたんだって? すごいヤツだって褒めていたよ」

「それは嬉しいね。で、どんなことをしているんだ?」

「走ったり跳んだり。あと、『尻尾盗しっぽとり』は面白いね」


『尻尾盗り』は、俺が考えた勝負ゲームなんだ。二匹が向かい合ってスタート。相手の尻尾を前足で叩いたら勝ちという単純なルール。レスリングでバックを取り合うのと同じ感じだ。これが意外と実践向きのいいトレーニングになるんだ。


ちなみに、俺の対ジャンプの勝率は、3割からよくて4割といったところだ。


「それから、ダイたちにはできるだけ顔を合わせるな、見かけたら逃げろって言われた」


俺もそう思う。チョコの準備が整うまでは会わないほうがいい。次に会うのは対決当日だ。俺もチョコと間違わられるとマズいので、隣町には行っていない。


「ミー助、いろいろありがとう」

「ん、どうした?」

「父さんに特訓してもらったり、こうしてテツさんやミー助に会って、毎日楽しいよ。この町では知らなかった猫も声をかけてくれるんだよ」


疲れているはずなのに、足取りは軽く帰っていくチョコの姿を見て安心した。




-数日後


「ダイっていうヤツ、大したことないね」 「あいつはヘタれだ」


そう言ってきたのは『マンチ』と『カンチ』。胴長短足でがっしりした兄弟猫。俺が頼んで、隣町まで偵察に行ってもらっていたんだ。


「自分より弱そうなヤツにしかちょっかいを出さないんだ」とマンチ。

「自分より強そうなヤツには目も合わせない」とカンチ。

「俺たちが睨んだら、慌てて目を逸らしたからな」と二匹が笑う。


あらら、これじゃアンドレの劣化版にも満たない。アンドレも大概だったが、そのダイっていうヤツと決定的に違うのは、その矛先がだれかれ構わず向いていたということだ。アンドレの手口は決して褒められたものではないが、あのジャンプにだって何回負けても退くことはなかった。俺が唯一認めている点だ。


「仲間のサンとゲンっていうヤツらも大差なさそうだ」

「偵察ありがとう、また頼むね」

「いいって、いいって。この前会って話したけど、チョコはいいヤツじゃないか」

(早速チョコと友達になってくれてるよ)

「ミー助の兄弟じゃなくても応援するさ」


俺はマンチとカンチの情報を聞いて、その足でジャンプの所へ行った。




鋭い眼つきだ。いいね、あの優しいチョコがすっかりオスの顔をしている。俺の姿に気付いたジャンプが特訓を止める。


「チョコ、少し見ない間に強そうになったね」

「強そう? 強くなったんだ。やっぱり俺の息子だな」


ジャンプが嬉しそうに答え、その言葉にチョコが照れる。やっぱりチョコもジャンプの資質を受け継いでいることに間違いはなかったようだ。チョコは今まで争うことをしなかったから、その強さに本人さえも気づかなかっただけ。ジャンプとの特訓で、その強さが開花したということだろう。


「チョコ、明日大丈夫か?」

「うん。僕ならいつもでいいよ」


マンチとカンチの話通りなら、俺の時みたいな小細工はいらない。真っ向勝負で十分だ。



それから俺とチョコは、明日の対決に向けての打ち合わせを始めた。

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