第十六話 息子
凍り付いた緊張を破るようにジャンプが口を開いた。
「そいつがお前の兄弟で、俺の息子だと? 面白いことを言うな」
「うん」
「まどろっこしい言い方だな。じゃ、お前は俺のなんなんだ?」
「息子っていうことになるね」
「ウメか...」
(ビンゴ! やっぱり正解だ)
「気が強いが、いい
ジャンプは、どこか遠くを見るような目で呟いてから俺に聞いてきた。
「いつからだ、いつからそう思った?」
「前からそんな気がしていたんだけれど..このチョコに会って..かな」
「ほぅ」
「自分のことは見えないけれど、チョコを見たらジャンプに似てると思ったんだ」
「見た目は全然似てないだろう?」
「まぁ、雰囲気とかそんな感じ」
「そうなのか...」
ジャンプには誤魔化して言ったので納得はしていないかもしれないが、俺たちがウメの息子だというのは間違いなく事実。だから、ジャンプもそれ以上詮索するようなことはしなかった。
『奥に強いものを持っている』と言われた俺の目、そしてスピードやバネ。ジャンプと一緒の時間を過ごすようになって、節々でそんな気がしていたんだ。でも決定的だったのはチョコに会ったから。これは本当。
ただし、正確に言うと見た目じゃない。『匂い』なんだ。自分の匂いは自分じゃわからない。だから、俺の匂いとジャンプの匂いが似ているかどうかは、正直よくわからなかった。でも、チョコに会ってわかった。ジャンプとチョコの匂いが同じだと確信したんだ。
今まで黙っていたチョコが、初めて口を開いた。
「ミー助、この猫が父さんなの?」
「そうだよ、俺たちの父さんさ」
「怖そうだろ、本当に怖いんだ、すげぇ強いしね。でも、本当は優しいんだぞ」
「おぃ! ミー助、なんてことを言うんだ!」
俺たちの会話を聞いていたジャンプがするどく突っ込むが、目は笑っている。
「なるほどわかった。それで、そのチョコを連れてきたのか?」
「ううん、親子の話はどちらかというと『ついで』かな」
「笑わせるぜ。親子が初めて会う話が『ついで』だとはな、まったく」
そう。俺はチョコを
「そんなヤツ、ミー助が行ってシメちまえば一発だろ」
「うっ!」
ジャンプの物騒な物言いにチョコが引いているのがわかる。
「このミー助はな、この町で一番強いんだぞ」
(いやいや。それは、ないない)
「本当に!?」
(チョコ、本気にするなよ)
「そうさ。俺だって負けたことがあるんだぜ」
なんだか、俺のことが息子だとわかった瞬間、いきなり息子の自慢をし始める父親の図。でも、その自慢している相手もあなたの息子なんですけど。
「ミー助が嫌なら、俺が行ってもいいけどな」
(いやいや、余計にダメでしょ)
俺がここにチョコを連れて来たのは、ジャンプにチョコのことを鍛えて欲しかったからなんだ。ジャンプはその名の通り、しなやかでスピードとバネがある。
自分で言うのはおこがましいが、俺も相当強くなったという自負がある。もちろん鍛錬の
ただ、俺はその地力の強さを、茶々丸時代の経験と知識で底上げさせている。だから、俺流ではチョコを鍛えることはできない。できるとしたら、ジャンプだけだと思ったんだ。
「チョコの事を鍛えて欲しい。
「そうだな、
俺たちが勝手に話を進めているが、もう、チョコに『No』と言える隙間はこれっぽちもなかった。
「チョコ、いいよな。キツイとは思うが死にはしない、がんばれ」
「え、ぇ、ぇ..はぃ。お願いします。父さん」
ジャンプが満更でもない顔をする。ジャンプにとって『父さん』はキラーワードなのかもしれないな。
とりあえず、明日からの特訓を約束して、俺とチョコはテツの所へ向かった。
「げぇぇぇっっ! ミー助が分裂している!!」
期待を裏切らないテツのリアクション。でも、そこは『分裂』じゃなくて、『分身』って言ってもらえたほうが猫忍っぽくてカッコいいんだけどな。ま、どっちでもいいか。
「こいつはチョコ、今日隣町で会ったんだ」
「あっ、コハクが言っていた『ミー助にそっくりな猫』ってやつか」
「うん、俺の兄弟なんだ」
「そうか、そうか、そうか。兄弟に会えたんだ、良かったな。良かった」
ノラ猫として生まれ、その後はみんなバラバラ。その兄弟が無事に再会できたのは喜ばしいこと。テツにもそれがわかっているから喜んでくれる。
ジャンプとの関係については、またゆっくり話すとしよう。今日は簡単にテツと顔合わせだけにした。
「チョコ、いつでも遊びに来いよ」
「テツさん、ありがとう」
「それに、困ったことがあったら、なんでも言ってくるんだぜ」
「うん!!」
チョコと歩きながら話す。チョコは断ったけれど、俺が家の近くまで送って行くって言ったんだ。せっかくだから、もう少し話したかったしね。途中、何匹か知り合いの猫に会い、俺たちを見てみんな驚くが、そのたびにチョコを紹介する。
「ねぇ、ミー助」
「なんだい?」
「なんて言うか...楽しそうだね、仲間たちがいて」
「そうだね、毎日やりたいこともたくさんあって、それに楽しいよ。チョコは?」
「ばぁちゃんは優しいし、子どもたちも遊んでくれるんだけど...」
「だけど?」
「楽しいっていうのとは少し違うかな。僕、猫の友達がいないからなのかな」
「チョコなら絶対できるさ。俺が保証する」
「今より強くなれたら、なんでもできそうな気がする」
「チョコなら絶対強くなる。俺が保証する」
「ミー助は軽いな。でも、今日だけで二匹の肉親に会えて、友達が一匹できた」
『せっかく生まれてきたんだから、
その命を全うするまで強く楽しく生きるんだよ』
別れ際に言っていた母さんの言葉が蘇ってきた。チョコは幼すぎて覚えていないかもしれないけれど...
「母さんの言い付けだぞ。俺たち兄弟は、それを守らないといけないんだ」
「うん!」
チョコの嬉しそうな顔に別れを告げ、俺は走って家まで帰った。
今日は冷たいはずの空気さえも気持ちいい。
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