第十五話 兄弟

その猫と目が合った瞬間、お互いの動きが止まった。


まるで時間まで止まってしまったようだ。相手の姿を舐めるように観察する。褐色と黒色の毛が、トラのような縞模様で全身を覆っている。腹と足の先が白く、そいつの姿はまるで俺自身。いや、少しだけ俺のほうが大きいか。


「ペチッ!!」 「ゴンベッ!!」


お互いの声を合図のように駆け寄り、身体を寄せ合う。俺たちが人間だったら思いっきり抱き合って、バンバンと背中を叩いていたことだろう。



ここは隣町の小学校の近く。『俺にそっくりな猫』というコハクの話が気になり、早速来てみた。テツを誘いに行ったのだが、他の猫と話しているようだったので今日は俺の単独行動だ。


やはり、その猫は俺の兄弟の『ペチ』だった。俺たちは再会を喜び、積もる話もあるので物陰まで移動した。二匹で並んでうつ伏せになり、ふぅ~と大きな息を吐き出す。


「ペチ、元気だったか?」

「うん、今はチョコなんて可愛い名前を付けてもらって、ばぁちゃんの家に飼ってもらっている」

「そうか、そうか。俺なんてミー助だぜ」


「チョコ!」 「ミー助!」


お互いの名前を呼び合うだけで笑っちゃう。



ミー助ゴンベ改、お前が母さんのところから去った後、僕もお前の行ったほうに歩き始めたんだ」


チョコペチ改が、俺たちの巣立ちを思い出すように話し始めた。


「一番小さかった『プチ』も、僕のことを追っかけて来たんだけど」


俺のことは見失ってしまい、とりあえず二匹でトボトボと歩いていたら、人間の子供たちに見つかって追いかけられた。子どもが悪さをすることもないだろうが、人間への免疫もない二匹は慌てて走って逃げた。その時にプチとはぐれてしまったと言う。


人間のことを知らない、生まれて日も浅い猫からしてみれば、駆け寄ってくる子供たちにパニックになるのも仕方ない。


チョコは、わけもわからず走り回って、ある家の庭へ逃げ込んだ。そこの家にはお婆さんが一人で住んでいたようで、チョコの姿を見かけて餌をくれた。それから当たり前のように飼い猫になって、今はそのお婆さんに名前を付けてもらい、可愛がってもらっているという。


「大変だったな」

「うん。でも、ばぁちゃん、優しいんだよ」

「そうか、そうか。良かったな。で、プチとはそれっきりか?」

「うん...」


やはり思い出すと寂しいよね。このチョコは俺たちの中で一番気が弱くて、それでも一番優しかったヤツだもんな。そんなチョコの姿を見ると、あちこちに小さな怪我がある。チョコは、俺の視線に気付いたのか、聞く前に話を続けた。


「ばぁちゃんの家は小学校の近くにあるんだ」


コハクの『小学校の近く』というキーワードを頼りにここまで来たけれど、チョコの家もこの近所だってことなんだね。


「ばぁちゃんはずっと一人で住んでいて、寂しかったみたい。それが、僕が住むようになってから、学校へ行き来する子どもたちが声をかけてくれるようになったんだって」


なるほど。人間は動物の子どもが大好きだもんな。お婆さん一人じゃスルーする家も、庭にチョコがいればついつい声をかけたくなるのもわかる。チョコにとってもお婆さんにとっても良かったじゃないか。


「でも、それを気に入らないヤツもいるんだ」


いきなり現れたチョコが、子どもたちのアイドルになって人気急上昇。それを気に入らない近所の悪猫が、チョコにちょっかいを出すという。陰湿なイジメの構図だね。


「僕がもっと強ければいいのに」


自嘲気味に笑うチョコに、俺のお節介が顔を出す。なんたって俺の大事な兄弟だ、どうにかしてやらないと。それに少し思うところがあったので、チョコを誘ってみることにした。


「チョコ、昼間は家にいなくても大丈夫か?」

「うん、ばぁちゃんは出かけたりすることがあるから。夜は一緒だけどね」

「じゃ、今から一緒に行こう」

「どこへ?」

「俺の住んでいる所、隣町さ」



並んで歩いている間、今度は俺のその後を話した。話すとややこしくなるので対決の話は避け、友だちもできてなんとか元気でやっていると言うと、自分のことのように喜んでくれる。嬉しそうな顔は、俺の中ではやっぱりあの時の『ペチ』だよ。




その猫のするどい視線が突き刺さると、チョコの顔は引き攣り、足がすくんだ。初見じゃそうなるよね。俺がチョコを連れてきたのはジャンプの所だった。


「おぅ、ミー助」


相変わらず目つきの悪い顔で笑う。それからジロっと、チョコのことを探るように見る。


「こいつはチョコ。俺の兄弟さ」

「ほぅ、そうか」

「で、ジャンプ。あんたの息子だよ」

「...」



ジャンプは息を呑み、チョコはずっと無言のまま。三匹の間を張り詰めた空気が支配した。


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