第十四話 コハク
日々寒さを増し、一年の中で一番厳しい時期となった。
あれから俺は欠かさず鍛錬を続けている。最初の頃はジャンプの後に付いて行くだけだったが、それに慣れた頃、ジャンプとは別行動にした。自分だけで考えて試してみたいことも増え、俺のせいでジャンプのことを邪魔したくなかったしね。
それでも時々は一緒の時間を作り、そんな時は情報を交換したり、互いに評価し合うようになった。ジャンプとは適度な距離感での付き合いができるようになったと思う。
今日はテツの所に来て話をしている。出会った頃は俺のほうから話すばかりだったが、最近では俺がもっぱら聞き役だ。
対決の後に近所の猫にアナウンスした効果か、テツにいろんな話をする猫が増えてきている。俺が遊びに来ても先客がいることも珍しくなくなった。『テツ
そんなテツのところにはこの町の情報が集まってきているが、アンドレのその後の話は興味深いものだった。
元々、アンドレの飼い主は乱暴な人で、アンドレに対して酷いことをしていたらしい。人間の世界で言うDVみたいなものだ。その影響もあり、アンドレの性格は歪んでしまったという。
ただ、その飼い主が倒れて寝たきりになってしまった。アンドレはアンドレで、俺に負けてから家の中で過ごす時間が多くなっていたようだ。そんなアンドレが始終飼い主の傍にいることで、飼い主もアンドレも心穏やかになったらしい。
アンドレの取り巻きみたいにしていた猫の話では、『ご主人の近くにいるのが一番居心地がいい』とまで言っていたという。
あの狂暴なアンドレはもういない。人間だけじゃなく、猫も何かのきっかけでずいぶんと変わるもんだ。でも、アンドレにとってもみんなにとっても、いい形に落ち着いたということなんだろう。
「コハクっていうノラがいてさ、最近この町にやってきたんだ」
テツが面白そうに話し始めた。
「それを見たこの町の猫が、嫌がらせみたいに威嚇しているのを見かけたから、俺がそいつらを止めさせたんだ」
「すごいじゃないか」
「ミー助も、最初はノラだったんだぞって言ってやった」
(おいおい、俺の名前を出すなよ)
「そしたら、そいつら焦ってよ。それで良かったんだよな」
「良いも悪いもないよ、テツがしたいと思うことが正解だ」
テツなりに考えての対応だったんだからそれでいいと思う。そんなことより、テツが逞しくなってきたような気がして、俺にはそれが何より嬉しかった。
「そしたら、そのコハクが俺に懐いちゃってね、よく顔を出すんだ」
そんな事を話している最中だった。お世辞にも綺麗とは言えない茶毛で、目がギラギラした猫がやってきた。
(ご本人登場かよ!)
「テツ兄さん」
「おぅ、コハク。ちょうどお前の話をしていたところだよ」
コハクは、何も言わず俺のことをじぃっと見てる。
「コハク! どうした。こいつがいつも話している親友のミー助だよ」
「あっ、コハクです。テツ兄さんに世話になっています」
テツの言葉にハッとした様子で慌てて挨拶をしてきたが、さっきのコハクの様子が気になったので聞いてみた。
「俺はミー助だよ。俺とどこかで会ったかい?」
「いや、初めてですね。でも、ミー助さんとそっくりな猫を見かけたことがあったので驚いていたんですよ。隣町の小学校の近くだったかな」
「へ~ 俺とそっくり?」
「はい。でも、そいつは他の猫に追いかけられて逃げていたから...」
「ははは、ミー助が逃げるなんてところ、想像もつかないね。ひどい猫違いだ」
テツが笑いながら返す。しばらく他愛もない話をしていたが、改まった顔のコハクがテツに告げる。
「テツ兄さん。俺はまた旅に出ます。今日でお別れです」
「そっか...」
「短い間でしたが。お世話になりました。兄さんと会えて嬉しかったです」
「ちょちょっ、ちょっと待ってろ」
慌ててテツが家の裏のほうへ行き、少しするとお菓子を咥えて持ってきた。
「ユウキ兄ぃから貰った菓子を隠しておいたんだ。餞別だ、食べろ」
「いいんですか? じゃ、半分っこで」
「いや、半分っこはダメだ、縁起が悪い。お前が全部食べろ」
コハクは申し訳なさそうな顔で、俺たちのことを気にしながらお菓子を食べた。
「いいか、コハク。本当に困ったらまた戻ってくるんだぞ。俺がいるからな!!」
(テツ...)
テツの大きな声に、何度も何度もこっちを振り返りながら、コハクが旅立って行った。
コハクが旅をしている理由も、どこへ向かっているのかも聞くことはなかった。この町にいれば居心地も悪くないだろうに、俺にもテツにもコハクを止める権利はない。
旅先で、誰かとの出会いと別れを繰り返す。
俺もいずれ、そんな生き方を、自分の意思で決めなければならない。
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