第十三話 冬

俺の顔を見たテツは、飛び上がって喜んだ。


「ミー助! 家に行ってもいないし。どこ行ってたんだよ~」

「あぁ、ジャンプの所へ行って、少し話してきたんだ」

「そうか、そうか。ジャンプさんはどうだった、怒っていなかったか?」


ジャンプは怒っていなかった事、逆に面白かったと言ってくれた事を伝えると、テツは安心したような顔をした。本当はもっと距離が縮まったんだけどね。


「俺さ、何にもしていないけれど、昨日のミー助のことを思い出したら興奮して寝れなくてさ」

「俺はぐっすり眠れたけど、テツは気が高ぶってたのか?」

「なんて言うか、俺も何かしないといけない気がしてきたんだ」


良かった。ミー子の死でネガティブになっていた気持ちが、アンドレが負ける様子を見て何か吹っ切れたようだ。やっと前を向いた生き方を考えられるようになれたっていうことなんだろう。



「少し、近所を歩かないか」


外へ誘い並んで歩き始めたが、少しすると白黒ブチの猫が二匹で俺たちに声をかけてきた。


「あっ、ミー助....さん。こんにちは。昨日の対決を見ていたよ」

「どうも。ミー助でいいよ」


テツの様子では、顔は知っているが友だちというほどの間柄でもなさそうだ。


「俺たちは、これからどうすればいいんだい?」


俺が勢いに任せて偉そうなことを言っちゃったから、あそこにいた猫たちを混乱させてしまったのかもしれないな。少し反省。


「何かをする必要はないけれど、ひとつだけお願いがある」

「なんだい?」

「何か、困ったことがあったら、ここにいるテツに話して欲しいんだ」

「それだけ?」

「うん。それと、良いことがあった時なんかも。なんでも話してくれるかい」


それを聞いていたテツが焦ったように言う。


「おい、ミー助。困ったことを相談されても、俺はなんにもできないぞ」

「その時には、みんなで相談しよう。とりあえず聞くだけでいいよ」

「まぁ、聞くだけなら俺でもできるか」


テツは顔が広く性格も穏やかだ。テツと一緒にいるだけ、話しているだけでリラックスできる。こんな癒し効果のあるヤツはなかなかいないよ。その力を他の猫たちに、もっともっと発揮してほしいのさ。きっと、それがテツの価値になるし、生きがいにもなるはずだ。


「なぁ、テツ。ミー子はお前に優しかったんだろ?」

「おぅ! 俺だけじゃなくて、みんなにもな」

「残念だけど、もうその優しさをミー子に返すことはできない」

「そうだな...」

「だから、テツは他の猫に返せばいいのさ」

「ミー子姉さんから預かった恩を、他の誰かに渡すってことか?」

(おぉ! 今日はボケないぞ、こいつ)

「誰かの話を聞くっていうのも優しさだと思えばいいのさ」

「そんなもんかい? それなら俺でも大丈夫だ」


俺の話を聞いていたテツの顔がどんどん明るくなってきた。昨日までの、どこか陰のある顔つきからだいぶ変化したような気がする。


しばらく近所を歩いて廻っていると、先ほどの猫と同じように声をかけてきた猫が何匹かいたが、俺はみんなに同じ話を伝えた。




季節は本格的な冬を迎えた。

雪が舞う日があったが、積もる日も近いかもしれない。




本来、猫には行事などというものはないが、飼い猫である限り人間の生活スタイルの影響は少なくない。


年末になり、ひかりちゃんもパパも休みに入った。ママのお腹も少し膨らみ始め、大事をとるということで、三人ともこの年末年始の休暇は家でゆっくりすると言う。俺も昼間は家の中に居て、みんなの姿を見ながら時間を過ごすようにした。


ひかりちゃんはママをいたわり一生懸命に家事をこなす。生まれてくるのが弟だとわかってから、余計に張り切っているようだ。パパは大掃除をほぼ一人でやったので、好きなお酒をほどほどに飲ませてもらって、ずっといい気分だ。


テレビから新旧の歌が流れる。ひよちゃんの好きだった曲、パパさんママさんの好きだった曲が懐かしい。各地からのレポートの時には、壮大な富士山の姿に想いを馳せる。駅伝を見始めると、その勇姿に時間が経つのを忘れる。お笑いに心が和む。


言ってみれば、テレビ三昧の日が続いたのだが、俺も猫になってからこんなに長い時間テレビを観たのは初めてで、まったりとした時間を過ごした。



俺に正月太りなど無縁だが、自分への厳しさを忘れることはなかった。相変わらず外の小屋で寝ることは変えていないし、夜中に無性に鍛錬をしたくなり出かけることもあった。


寒さの中に身を置くことは、意外にも全然問題がなかった。これは、茶々丸時代の経験値と犬の特性が、寒さへの耐性を強めているのかもしれない。




俺たちが何を考えても、何をしても、時間は止まることなく確実に流れていく。


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