第十二話 鍛錬

対決の翌日、俺はジャンプのところへ出向いた。昨日と同じように気配を察すると閉じていた目をゆっくりと開け、俺だとわかると目つきの悪い顔でニヤっと笑う。


(その顔、怖いんですけど)


「ジャンプさん、昨日はすみませんでした」

「何のことだ?」

「アンドレとの勝負のために、ジャンプさんをだしに使うようなことをして」

「お前は、俺とをしたいと言ったからそれを受けた。それで俺が負けた」

「はい」

「それだけだ。アンドレのことは関係ない」


そう言ってもらえて救われた気がした。俺はジャンプのことはこれっぽちも恨んでいないし、傷つけ合うような事もしたくなかった。だから、『勝負』という形に拘ったんだ。


おそらく、俺の勝ちを認めたことからもわかるように、ジャンプにも俺の意図することが伝わっていたんだと思う。だって、ガチンコのバトルだったら、絶対俺に勝ち目はないからね。


「久々に面白かった、よく考えたな」


いやいや、俺なりに考えた上での作戦だったが、本当に結果オーライなだけだ。


「しかし、アンドレには酷かったな。本気でっちまうんじゃないかと思ったぜ」


そうなんだ。俺の、ジャンプに対する向き合い方と、アンドレに対してのそれは大きく異なった。アンドレには勝ち負けじゃない部分で思うところがあったしね。


「さすがに命までは...でも、ミー子の仇を取りたかったんだ」

「ミー子? 優しいやつだったのに気の毒だったな。お前とミー子はなにか関係があるのか?」

「会ったことはないけれど、俺はミー子のいた家に飼ってもらっているんだ」

「ほぅ」

「テツに言わせると、俺はミー子の名前を襲名した二代目だって」

「それでミー助か、なるほど」


あのデブアンドレ、俺に何回負けても突っかかってきやがるのさ。あの日もそうだった。たまたま、俺に傷を負わせてその帰りのことだったようだ。調子に乗っていたんだな。どうせなら口も聞けないくらい潰しておけばよかった」


昨日初めて会い、会話らしい会話もしなかったが、やっとこうしてゆっくり話せる。夜の真剣勝負を経て、ジャンプとの距離が一気に縮まった気がする。元々、敵対する間柄でもないしね。


ジャンプは俺の顔をジッと見て真剣な顔で言う。


「お前は度胸もあるし、知恵もある、それに瞳の奥に強いものを持っている」

(確か、母さんにも言われたな)

「俺の若い時によく似てる」


「なぁ、ミー助、お前はどうなりたいんだ?」

「俺は強くなりたい」

「誰か倒したい相手でもいるのか?」


俺が思う『強い』というのは喧嘩に強いとか、誰かを痛めつけたいとか、そういうものじゃない。困難に打ち勝つ強さ。俺は初めて他の猫に自分の思いを伝えた。


俺にはどうしても会いに行きたい人がいる。しかし、その人はここから遥か遠い所にいる。だから、そこに行くために、もっともっと強くならないといけない。歩き続ける体力と諦めない精神力、困難に立ち向かう勇気、俺の中のそういうものを高めたい、強くなりたい。


「ジャンプさんは、どうやって強くなったんですか?」

「毎日鍛えているよ」


やっぱりな。俺の強くなりたいと思う形と、ジャンプの強さとは異質のものかもしれないが、それでも高みを目指している者の行動は、必ず俺の役に立つはずだ。


「ジャンプさんの鍛錬に、俺も一緒させてもらえませんか」


俺は思い切ってお願いをしてみた。


「いいぞ。じゃ今から行くか、とにかく付いて来い」


ジャンプはいきなり走り始めた。慌てて後に続く。



走る、走る、走る、走る! そして曲がる。

 走る、走る、走る、走る! そして止まる。身を伏せて跳ぶ!!

  走る、止まる、跳ぶ、走る! 伏せる、走る!!!


静と動、緩と急、低と高。反復の動き、不規則な動き。



自分なりに鍛えていたつもりだったが、さすがにこれはハードだ。俺がバテたのを見て一旦休憩。ジャンプは、そんな俺の様子を満足気に見ている。


「やっぱりお前は面白いな。普通は付いて来れないぞ」

「はぁ..はぁ..はぁ..さすがにキツイ」


「なぁ、ミー助。今度アンドレと対戦したら、どう対応する?」

「そうだな、あいつは大きく直進的だから、とにかく当たらないようにしないと。

 向かって来たら、思いっきり跳び上がって背後に回る」


「じゃぁ、ネズミが相手だったら?」

「俺の方が早いと思うんで、行く方向を予測して前を塞ぐ」


「鳥だったら..」「魚だったら..」


ジャンプは次々と質問してくる。そしてニヤリと笑う。


「俺とだったらどう戦う?」

「え?」

「俺にはどうすれば勝てる?」

(勝てない...無理だ)


昨日みたいな方法は通用しない。実力勝負なら絶対勝てない、今の俺では。


「どうすれば勝てるのか、それを考えるんだ。足りない何かが見えてくる」


なるほど。俺がやっていたトレーニングは基礎体力を付けるものだったのに比べ、ジャンプのはもっと実践的。イメージトレーニングと言えばいいのか、俺が求めていたものはこれなんだ。


茶々丸時代は、誰かと戦う局面なんかなかったし、それに備えて鍛える必要もなかった。だから、この事については俺も他の子猫と同じ。大してアドバンテージなんかないんだ。



「お前は、本当は争いごとが好きじゃないんだろう?」

「はい」

「だが、旅に出れば避けられない戦いもある。それは猫だけじゃない、犬か他の動物か、自然が相手になることもある。そして、時には逃げることも必要だ」

「はい!」

「戦うために強くなるんじゃない。ために強くなるんだ」


そうだ、自分の心に打ち勝たなければならない時だってあるはずだ。



それからしばらくジャンプの鍛錬に付き合わせてもらい、今後も一緒にやってもらう約束をした。ジャンプには十分お礼を言って、テツの所へ向かった。

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