第十一話 対決(第二幕)

俺は、昼間ここへ来た時に、駐車場の端のほうに側溝があるのを発見した。覗き込むとそれなりに水が流れている。


公民館の裏手を見ていた時に、落ちていたスーパーボールを見つけてジャンプ戦に使ったのだが、アンドレ戦に使えそうなものも発見した。薄いベニヤ板の切れ端だ。俺はテツに手伝ってもらい、そのベニヤ板を側溝に渡すように掛けておいた。ただし、片側はほんの少ししか掛けていない。


殺気だったアンドレの目つきとその大きな体は威圧感はあるが、さっきのジャンプの、心臓をえぐるような視線に比べれば不思議と怖くない。


俺はベニヤ板の真ん中にそっと乗る。そこでまたアンドレに向かって挑発する。


「来いよ、アンドレ。お前とは睨めっこなんてしない、瞬殺だ。弱いからな」


俺の言葉に怒り狂い、冷静さを欠いたアンドレが飛び込んでくる。俺はシュッと後ろに飛び跳ね、側溝のフチに乗る。俺のいなくなったベニヤ板に、勢いよく飛び乗ったアンドレ。予想通りの展開。飛び乗った衝撃でベニヤ板は外れ、アンドレは水の中に顔から落ちた。


(うゎっ~!!)


アンドレは水の中でバシャバシャと暴れ、死にそうな声を出すが、このままじゃ終わらせない。俺はアンドレの背中に思いっきり飛び乗る。その勢いで、またアンドレの顔が水につかる。パニックになっているアンドレの耳元で怒鳴る。


「お前の顔を水に沈めて溺れさせてやろうか」

「やめろっ」

「情けないヤツだな、どっちが勝ったんだ」

「うっ、うっ」


俺はアンドレの背中の上で何度も飛び跳ね、アンドレの顔を水につける。そしてまた怒鳴る。


「俺とお前、どっちが勝ったのかって聞いているんだ!!」

「ミー助、ミー助。助けてくれ」


俺はアンドレの背中から思いっきり跳ね上がり、側溝の駐車場側のフチに戻った。



「ミー助ぇ~」


今度は泣きそうな顔でテツが駆け寄って来て、抱きつくくらいの勢いで擦り寄ってくる。よほど心配していたんだろう。


ジャンプも近づいて来て、笑いながら声をかける。


「ははは、大したヤツだ」

(ジャンプには悪いことしちゃったな、後で謝らないと)



しばらくすると、溺れて流されながらも、どうにか側溝から這い上がったアンドレがやってきた。びしょびしょに濡れてまるでボロ雑巾、足元はフラフラだ。


「ひぃっ!」


俺が睨みつけると変な声を出した。遠巻きに見ていた猫たちも言葉を失って、まだその場に残っているようだ。そこにいる全員に聞こえるように俺は言った。


「これで俺が一番強いことがわかった。ここでみんなに言いたい!」


誰も何も言わない。アンドレは目が虚ろで、もう声を出す気力もないらしい。



俺は、この町の中を見てきて思ったことがある。ジャンプ以外はみんな臆病だ。アンドレに媚びることで命を繋ぐ。ミー子のように逆らえば淘汰される。

そんな生き方を続けていれば、臆病で卑屈になるのは当然だ。そんな惨めな生き方を変えてやりたいと思ったんだ。今、やっとそのチャンスが来た。


「俺は、フリーランスの超猫スーパーキャット ミックスのミー助だ」

(へへへ、言っちゃったよ。さぁて、本題だ)


「俺たちは、前を向いて幸せになる権利がある。飼い猫もノラ猫もだ」


みんな静まり返っている。大きく息を吸って続けた。


「ここで二つだけ宣言をする。みんなにも協力してもらいたい」

「ひとつ。人間の物を、他の猫の物を盗らない」

「ふたつ。良いことも悪いことも情報を交換する」


「情報を交換ってどういう意味だい?」


テツが聞いてきた。おそらく他の猫も理解できていないだろう。


「俺たちが暮らしを楽しくするために、いろんなことを話すということさ。たくさんコミュニケーションをして、その情報を自分たちの生活に役立てるということだ」


みんな理解したかどうかはわからないが、とにかく、みんなの前に立ちはだかっていた大きな壁が、目の前で崩れたのだけは現実。今日より明日のほうが必ず楽しくなるはずだ。


俺は言いたいことを言ってスッキリしたので、テツを誘って家に向かう。ジャンプは、知らない間に音も立てずにその場から去っていた。アンドレ? 面倒みる必要もないから放置だね。



歩きながらテツと話す。

「ミー助、お前すげぇな。あの二匹に勝っちゃうなんて」

「喧嘩なら強い者が勝つが、勝負なら知恵のある者が勝つってことだ」


「俺さ、お前がアンドレに向かっていった時、ミー子姉さんのことを思い出したよ」

「そうか」

「がんばれなんて思わなかった。やめてくれって思ったよ」

「どうして?」

「もうこれ以上、誰も傷ついて欲しくなかったから」

「心配させて悪かったな」


「ミー助、ありがとうな。ミー子姉さんの仇をとってくれて」

「俺ができるのはあそこまでだ。さすがにアンドレの命まで取れないしな」

「そうだな、震えているアンドレを見たら、俺、なんだか怖いのが無くなった」

「それはよかった」


家の前に着いた。

「テツ、俺がアンドレを怒らせた時、身体を張って止めようとしてくれたね」

「夢中だったしな」

「俺のことを、本気で心配してくれてありがとうな」

「当たり前だろ、俺たちは友だちじゃないか」


「友達...いや、違うね。親友だ」



嬉しそうに笑うテツの顔を見て、俺も小屋に戻った。今日はぐっすり眠れそうだ。


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