第十話 対決(第一幕)

俺はゆっくりとジャンプと距離を取り、あらかじめ決めておいた位置へ移動する。



後ろ脚に力を込め、ぐっと背中を落とし、前傾姿勢でジャンプを見据える。俺の気概が伝わったようで、ジャンプも同じ姿勢になった。


ジャンプは本気だ。俺を睨みつける視線が怖いほど突き刺さってくる。これだけで普通の猫ならチビっちゃいそうだね。でも、俺は大丈夫。これでいい、これが俺のシナリオ。


俺もジャンプも睨み合ったまま。ジャンプは俺の出方を見ているようだが、やはり俺は動かない。


(ふふふ、疲れるだろうね)


茶々丸時代の俺は、同じ姿勢でいることは平気だった。お座りをしたまま『待て』と言われれば、三十分だって一時間だって待てる自信があった。もちろん、ひよちゃんはそんなこと、俺にさせなかったけどね。


(ジャンプ、お前には無理なんだよ)


同じ姿勢で睨み合うことは、精神的にも肉体的にもキツい。おまけに俺は駐車場の街灯を背にしているんだ。俺の姿を見続ければ、嫌でもその明るさが目に入る。眼が弱いだろうジャンプには、少しずつダメージが蓄積するはず。対して俺はノーダメージだ。


三分..五分..廻りで見ている猫たちもざわつき始めたが、集中している俺にそんなノイズは聞こえない。


ジャンプが目線を切った!!


(よし、今だ)


俺は四つ足のまま、その場で軽く跳ねる。一回、二回、三回... 少しずつ高さを増していく。ジャンプは、何をするんだという表情で、俺の動きを


そして、俺は着地した瞬間、足元に用意してあったスーパーボールを咥える。よし、ジャンプには気づかれていない。


もう一度思いっきり跳ねて、一番高い所でそのスーパーボールを離し、着地した瞬間にすっと右側に移動した。


ジャンプからしたら、その場で跳ねていた子猫が、一瞬でスーパーボールに化けてしまったように見えるだろう。スーパーボールがその場でポンポンと跳ね続ける。俺は隙を見て、まだスーパーボールを目で追っているジャンプの背中に乗る。


「お前の耳に噛みついてから、ヒゲを抜いてやろうか」

「うっ..」

「それとも目玉か」


俺に背後を取られたことがわかったジャンプが言葉に詰まる。


「俺とお前、どっちが勝ったんだ?」

「ふっ。お前だミー助、参ったよ」


俺はジャンプの背中から降りた。ジャンプが負けを認めてくれてよかった。意地になって続けられていたら、もう俺は手詰まりのところだった。


遠巻きに見ていた猫の中には、何が起きたのかわからないヤツもいたようだが、俺が勝ったことだけはわかったみたいだ。


「ミー助!」


テツが俺に駆け寄ってくる。俺は、ふぅ~と大きな息を吐き出し、やっと緊張が解けた。




「へへへ、なんだかわかんねぇけど、お前が勝ったんだな、チビ」


あんなに緊張感のあった勝負なのに、途中で退屈してしまったんだろう、最後の様子だけ見て俺が勝ったらしいと、アンドレが近づいてきた。


「ジャンプ、お前もヘタレだな、こんなチビに負けるなんてよ」


アンドレの毒づいた台詞に、ジャンプが不機嫌そうな顔をする。


「チビ、お前を俺の一番の手下にしてやるぜ」


卑しい顔をしてアンドレが隣に来たので、睨みつけて言い放つ。


「アンドレ、次はお前だよ」

「あん?」

「俺と勝負すんだよ、デブ猫」


最初は俺の言っている意味がわからないようだったが、一瞬の間をおいて、アンドレが全身の毛を逆立てて怒った。


「誰に向かってその言葉吐いてるんだ!!」

「アンドレさん、待って、待ってくれ」


焦ったテツが俺たちの間に入り、なんとか収めようとする


「こいつは興奮してバカなことを言ってるんだ。ヤルんなら俺を、俺を...頼むから」


体を張ってでも俺を守ろうとしてくれる。やっぱりいいヤツだ。そんなテツの耳元で『大丈夫』だと囁いて、そこから退かせた。



「俺は本気だ。お前とジャンプさんの決闘に、俺も飛び入り参加したってことさ」

「ん?」

「つまり巴戦ってことだ。頭の悪いお前には意味がわからないか?」


散々挑発していると、アンドレの顔つきがどんどん狂暴になってくる。

俺はゆっくりと、また、あらかじめ決めておいた位置に移動してアンドレを誘う。


「来いよ、アンドレ。本気でやろうぜ」



さあ、続いて対決の第二幕だ。


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