第九話 ジャンプ
身体は決して大きくはないが、全身が真っ黒でしなやかそうな体つき。俺たちの気配を察して目を開け、じっとこちらを射るように見る。眼光が鋭く、全く隙がない。
(こりゃ強そうな猫だ)
近づきながらテツが声をかける。
「ジャンプさん、オヤスミのところをすみません」
「おぅ、テツどうした」
「今日の夜、アンドレと決闘するって聞きました」
「あのデブ、いい加減黙らせないとな。この傷の借りを返すぜ」
悪い猫ではなさそうだ。眼つきは良くないが、左目のすぐ横に傷があるので、それを気にした表情がそう見せるのかもしれない。アンドレにやられた傷のようだ。
それからテツは、先ほどのアンドレとの話を、そのままジャンプに伝えた。
「ほぉ..で、俺にどうしろと?」
「うっ...」
ジャンプに問い掛けられるが、テツだって言葉に詰まるよね。ジャンプにどうして欲しいかなんて、具体的なお願いは無いんだから。
「ジャンプさん」
俺が二匹の間に割って入った。
「ん?」
「あっ、俺の友達でミー助って言います」
訝しげに俺を見るジャンプに、テツが俺のことを紹介してくれた。
「なんだ、ミー助」
「アンドレと決闘する前に、俺と勝負してもらえませんか」
「おい、ミー助、何を言ってるんだ!」
俺の言葉に焦るテツを制して話を続けた。ジャンプに会って、少しだけ作戦の糸口が見えてきたんだ。
俺たちはジャンプに悪さをするつもりはない。もちろんアンドレに加担する気も一切ない。でも、何もしなければ俺たちの後の保証はない。だから、アンドレの見ている前でこの俺がジャンプと勝負をする。そうすれば、テツの面目は保てる。もちろん、テツに被害が及ぶ心配もない。
「俺に八百長をしろと?」
「いや、ジャンプさんが手抜きすればすぐにばれる。本気でお願いします」
「本当にいいのか? 殺さないにしても半殺し程度にはするぞ」
「それでいいです。その代わり、俺も本気で行きます」
目を細め、ジーッと俺のことを射るように見た後、笑いながら言う。
「ははは、面白ぇチビだな。お前の覚悟か?」
「本気の勝負、いいですね」
「わかった。じゃ、この場はお開きだ」
何か言いたげなテツを引き摺るように連れて、俺たちはジャンプの所を後にした。
「ミー助、おいミー助。お前正気かよ」
「なんとかするしかないだろ」
心配するテツに返事をするが、安心なんてできるわけないよね。家に戻る前にもう一度公民館に寄る。
(考えろ、考えろ、考えろ)
俺は周囲を見て廻りながら、シナリオを組み立てる。そんな俺の様子を、テツは黙って見ていた。どうにかシナリオができ上った後、最後に少しだけ細工を施す。
「なんとかなると思う。上手くいくかどうかは、半々ってとこかな」
「本当か?」
「おうよ! なんたって俺は
「スーパー加藤?」
(どこかにありそうな店だな!)
俺は無言で首を振る。そして真顔でテツに言った。
「テツ、お前のことは最後まで、何があっても見捨てたりしない」
「俺だって、ミー子姉さんのようなことは、もう懲り懲りだ」
「自分たちの暮らしは、自分たちで守る。俺を信じろ」
「よくわからないけど、もう全部お前に乗るよ。後戻りはできそうにないからな」
そうそう、ミー子の仇も取らないといけない。テツに約束したんだから。
家族が寝静まってから家を出た。テツを誘い、二匹で公民館へ向かう。
公民館ではアンドレが寝転んでジャンプを待っていたが、俺たちの姿を見て訝しがる。
「なんだお前ら、どこも
「すみません、ジャンプに会えなかったもので」
俺が用意しておいた言い訳をすると、いきなりアンドレの機嫌が悪くなった。
「なので、アンドレさんの前に、俺とジャンプでヤラせてもらえませんか?」
「へへへ、エキシビションか。景気付けにお前の公開処刑ってとこか」
「命懸けでいって、ジャンプのことを少しでも削れればいいんですけど」
「おぅ、いいぞ。やれやれ」
俺が卑屈になって媚びたフリをすると、急に機嫌がよくなった。単純なヤツだ。
物陰に隠れて、たくさんの猫が俺たちの様子を見ている。
「待たせたな」
しばらくすると、誰にも気付かれないほど静かにジャンプが現れた。昼間会ったことをアンドレには悟らせたくない。早く始めよう。
「アンドレさんと決闘する前に、先に俺と勝負してもらってもいいですか?」
「ふふふ、いいぜ。小っちゃいの」
返事を待って、俺はゆっくりとジャンプと距離を取った。
さあ、対決の第一幕、いよいよ開幕だ。
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