第八話 アンドレ

住む所も決まり、なんとなく毎日の生活のリズムができてきた。


朝、ひかりちゃんは学校へ、パパは会社へ出かける。ママは家事をしたり買い物へ行ったりと忙しそうだ。俺は昼間は家の外へ出かける。そして夕方には戻り、学校から帰ってきたひかりちゃんと遊ぶ。夕食はみんなと一緒。夜、家が暗くなって静かになった後は、外の小屋で寝る。たまに夜中に外出することもあるが。


テツの所に行って話をしたり、近所を案内してもらったりすることも多い。テツについてはミー子のことがあるので、できるだけ一緒の時間を過ごそうと思っている。メンタルケアしてあげないとね。


一匹で行動する時は、野山へ行くことが多い。


本当は一日でも早くひよちゃんの所へ向かいたいのだが、この地にとどまっている大きな理由は二つ。


ひとつは単純に冬を越すため。こんな小さい体で冬の野宿はさすがに厳しい。それともうひとつが大事なこと、体力をつけるためだ。冬じゃなくても体力がなければ長旅には耐えられないだろう。


ご飯を食べて寝ているだけでも体は大きくなるが、それじゃ強くなれない。だから、自分だけの時はできるだけ走ったり跳んだりして、とにかく体を鍛えた。

確か『跳ばねぇ猫はただの猫だ』って有名なフレーズもあったよね。



今日は、テツの所でまったりとした時間を過ごしていた。


二匹で話していると俺のほうが知識があるので、テツからはよく『まるでおっさんみたいだな』とか、『お前よく知ってるな』とか言われる。

茶々丸時代の十五年が今の俺に下駄を履かせているのだから、確かに『おっさん』で間違いはない。知識についてはテレビで観たとか、パパが言っていたとかで誤魔化した。さすがに転生の話をしても信じないだろうし。



そんなことをしていると、俺の嗅覚が危険を察知した。ミー子の匂いが敵じゃないとわかるのと同じで、これは相当危険な匂いがする。


庭の向こうに現れたのは、大きな茶トラの猫。威圧感があり、トラと言うよりまるでライオンのようにも思える。その姿を見てテツはビクッと身構えた。


「アンドレ...」


少し震えながらテツが呟いた。


「おぅ、テツ」


こっちに近づきながらアンドレが声をかけてくる。


「おぉ、アンドレさん」


ようやく気が付いたようなフリをしてテツが応える。


「お前にちょっと頼みたいことがあって来たんだ」

「なんすか」

「今日の夜、公民館の駐車場でジャンプと決闘をする」

「え、ジャンプさんと?」

「そうだ、あいつとはそろそろ決着ケリをつけないとならないからな」

「わかりました、じゃ応援に行きますね」


「おいおい、頼みたいことがあるって言ってんだろがっ!!」


テツは早く会話を終わらせてこの場を去ろうとするが、そんなテツの姿にアンドレがすごむ。テツは足を止め、アンドレの顔色を窺っている。


「頼みってなんすか?」

「俺を助けると思ってよ、昼間のうちにジャンプを少し削っておいて欲しいんだ」

「え? どういうことすか?」

「だからよ、お前がジャンプをやっつけることができるなんて思わないが」


俺のことをチラッと見て続ける。


「そこのチビを囮にでもして、ジャンプがそいつを屠っている間に、お前が耳でも眼でも噛みつきゃいいんだよ。何かしらダメージを与えろや。それが俺への応援ってもんだろが」

「そ、そんな...」

「じゃ、頼んだぞ」


テツの返事も待たずに背中を向けるが、去り際にとんでもないことを言う。


「そうだ。応援は来れたらでいいぞ。まだだったらな。上手くいったら悪いようにはしないからよ」


そう言いながらアンドレは帰って行った。テツはまだ体の震えが止まらない。


『悪いようにしない』っていうヤツに限って『悪いようにしない』のは世の中の常、本当にどうしようもない悪党猫だね。



「なんてこった、なんてこった。ジャンプさんに手なんか出せるわけない...」

「テツ、テツ!!」


目が虚ろになっているテツに声をかけて、とにかく話をさせる。


「ジャンプって誰よ」

「俺たちは内心どう思っていても、アンドレには逆らわない...逆らえない」

(逆らうと、ミー子のように血祭りってわけか)

「そんなアンドレの言うことを聞かない、唯一の猫」


アンドレと違って筋の通らないことはしない。今まで、アンドレとも何回かやり合っているという。しかもアンドレには負けたことがないため、逆にアンドレはそれが気に入らないのだそうだ。完全にベビーフェイス対ヒールの図式だね。


「でも、このまま俺が何もしなければ、アンドレが負けたとしたら、腹いせで何をされるかわからない」

「アンドレが勝っても、余計に調子に乗って、こっちにしわ寄せが来るな」


テツはミー子の悲しみも癒えないうちに、無理難題を言われて、死にそうな目をしている。


「テツ、俺がなんとかする」

「なんとかするって...」

「大丈夫だ。おっさんの頭で作戦を考えるから、心配するな」


俺も何か策がある訳じゃない。嘘でもいいから、とにかくテツを安心させること。今はこれが大事だ。ここでいろいろ考えていても仕方ない。とりあえず二匹でジャンプの所へ行くことにした。


「公民館ってどこにあるんだい?」

「ジャンプさんの所へ行く途中にあるから寄っていくかい」


俺に何ができるのか、とにかく情報を集めて考えよう。途中にある公民館に寄り、駐車場を見てから公民館の裏手に廻る。



とにかく公民館であちらこちらを見て情報を集めてから、俺たちはジャンプの所へ向かった。


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