第七話 テツ
三人が出かけた後、俺は家の外へ出てみた。しばらくここに住むんだから土地勘を養わないとね。とりあえず、広い庭のある隣の家へ行ってみる。敷地に入ると、グレーの小太りの猫が、目を閉じてじっとしている。寝ているのか?
「こんにちは」
「うぉっっ!」
俺が近づいても気が付かず、声をかけると驚いたように飛び起きた。垂れ耳でブサイクだが、憎めない顔をしている。
「誰だ、お前」
「俺はミー助、よろしくね」
「そうか、俺はテツだ」
(テツ...テツ..ブサ猫、聞き覚えがあるな)
「もしかして、ここは野球少年のユウキの家かい?」
「ユウキって言うな。いかにも、ここはユウキ
ひかりちゃんが『ブサ猫』って言っていたのは、やっぱりこいつのことだったんだ。ひかりちゃんとユウキは近しい感じだったが、なんとお隣同士だった。でも、あの上品なミー子の代わりにテツを貸すって言われたら、そりゃ怒るわな。俺でもボールを投げつけると思う。投げられないけど..
「で、お前はどこに住んでいるんだ?」
「隣の家さ」
「ん? 隣の家って、ミー子姉さんの家だろ」
「そそ、その家で飼ってもらうことになったんだ」
テツは、ミー子の話になった瞬間、のほほんとしていた顔が険しくなった。
「ミー子さん、死んじゃったんだよね。ひかりちゃんが言ってた」
テツは俺のことを探るように、目を細めジーッと見てた後、おもむろに口を開いた。
「ミー子姉さん...
テツの顔が苦い物でも飲み込んだように、ますます険しくなっていく。殺られたってどういうことなんだ。それに、アンドレって誰よ。
テツは絞り出すように、悲しい話を語り始めた。
「ミー子姉さんは、いつも俺に優しくしてくれたんだ」
「うん、写真を見たよ」
「あの時、ユウキ兄ぃから貰ったお菓子を食べようと思っていたら、ミー子姉さんが遊びに来てな」
「じゃ、半分っこしようって言ってたところに、野郎が来たんだ」
「野郎って?」
「アンドレさ、乱暴者のアンドレ」
そのアンドレってヤツが、そのお菓子を寄こせって脅すから、テツもミー子も断った。それに腹を立てたアンドレが、テツの分を無理やり取ろうとしたところで、それを止めようとしたミー子と喧嘩になった。
そこまで話して、テツは本当に悔しそうな顔をした。
「俺はお菓子なんて取られてもよかったんだ。アンドレだってそうさ。お菓子が欲しかったんじゃない、因縁つけて乱暴したかっただけなんだ」
つまり、素直にお菓子を渡さなかったミー子が、頭のいかれたアンドレってヤツのターゲットにされたということらしい。
「アンドレは、ミー子姉さんを散々なぶった後、脚に大怪我を負わせたんだ。
俺は、俺は...止めろって言ったんだ。でも、助けられなかった」
(マジかよ。アンドレ、相当やばいヤツじゃん)
「ミー子姉さんは、傷がどんどん悪化して歩けなくなってしまって...」
もうテツの顔はぐしゃぐしゃになっている。思い出したくない話なんだろう。
「俺が様子を見に行っても、ミー子姉さんは俺のせいじゃないって笑うんだぜ」
「わかった、テツもういいよ」
「いや、よくない。ミー子姉さんが死んだのは俺のせいなんだ」
なるほど、ミー子が亡くなったのは聞いていたが、そんな経緯があったのか。そんなんじゃ、ひかりちゃんの悲しみも大きいはずだ。それに、このテツも相当重いものを背負っていそうだ。
テツは、怒りからか少しブルブルと震えてそのまま黙り込んだ。俺は、しばらく静かに様子を見ていたが、テツは少し落ち着いたようで、ようやく口を開いた。
「ミー助って言ったな」
「うん、そうだよ」
「お前はミー子姉さんの名前を継いだ二代目ってことなんだな」
(う~ん、そういうことになるのかな)
「そのアンドレっていうヤツはどうしてる?」
「相変わらず好き勝手に乱暴を働いているようだ。自分がやったネコの名前を、手柄のように吹聴しているらしい」
(うゎ、悪趣味なヤツだな)
「俺はあいつを見ると足がすくんじまって、なんにもできないんだ。情けない」
仲良しが目の前でそんな事をされればそうなるよな。しかも、その原因が自分にあると思っている。
「ト、ト、トラウ...ト? ってやつだな」
(最近よく聞く名前だけど、そうじゃない)
「トラウマな!」
「そう、そう。それだ」
テツの話を聞いて、怒りが湧いてきた。これから俺が住む所なんだ。少しでも住み心地よくしたいじゃないか。
「テツ、俺たちでミー子さんの仇をとろう」
「へっ、ヘタレな俺とチビのお前じゃ無理無理」
「そんなのに期待して、お前がでかくなるまで待てるか。我慢するしかないのさ」
「いや、そんな先じゃない。近いうちになんとかしよう」
俺の顔を見て、テツが少しだけ笑う。
「そうか、お前の言葉だけでもなんだか救われるな」
「俺は本気だぜ。なんたって、俺はフリーランスの
「フリーター?」
(アホ! こいつ、わざとか)
いや、真面目な顔で俺を見ている。天然だな。
「近所を案内してやるから、いつでも来いよ。ミー子姉さんと会えなくなって、俺も寂しかったからな」
「うん、ありがとう。また来るよ」
あまり賢くはないが、このテツとは仲良くなれそうだ。
しばらく近所を散策してから家に戻ると、もう三人とも帰ってきていた。
ひかりちゃんとママは料理の支度に一生懸命だ。俺は家の中の小屋に入りその様子を見ていたが、母娘の仲がいいのはなんだかほっこりする。ひよちゃんとママさんもそうだったしね。
夕方になり、誕生日会の始まり~
今日は、なんとなくみんなの楽しい空気の中に入ることができた。
ひかりちゃんが転がしたボールを、俺が取ってくるという芸を披露したら、パパのツボに刺さったらしい。ひかりちゃんからホロ酔いになったパパに代わり、俺はヘロヘロになるまで走らされた。最後はさすがにママが止めたけどね。
ひかりちゃんも大きな声で笑っている。テツの話を思い出し、胸が締め付けられる思いがしたが、俺がいることでみんなが少しでも笑ってくれるなら、なんでもしようと思った。
「ここで重大発表です」
ママが言い出し、パパのほうをチラリと見る。パパも黙って頷く。
「ひかりがお姉ちゃんになります」
「え?」
「弟か妹が産まれるのよ。どっちかはもう少ししてからね」
「ほんと? いついつ?」
「そうね、春になったら。四月の終わりくらいかな」
「そっか、楽しみだね。ママもおめでとう」
もちろんパパは知っているのだろうが、ひかりちゃんはサプライズ発表に本当に嬉しそうだ。もしかしたら、この前ママの体調が悪くなったのも関係あるのかな。
昨日と同じように、みんな二階へ上がり、部屋が暗くなってから外へ出る。
うつ伏せになって目を閉じ、ふぅ~と大きな息を吐き出す。
今日の事を思い返す。ミー子、テツ、アンドレ、そしてママの妊娠。俺がこれから生きていく中で、どう絡んでいくのだろうか。
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