第六話 家族

ひかりちゃんの家は公園から歩いて五分ほどのところ、庭のある一戸建てだった。


家の中に入り、ひかりちゃんパパと顔合わせをする。パパは眼鏡をかけていてインテリ風なイケメンだ。しゃがんでおいでおいでをしたので、パパの前に行きちょこんと座る。パパは何か考える様子でしばらく俺のことを見ていたが、なんだか緊張するね。


「昨日ひかりが言っていたけど、確かにお利巧さんな感じだね」

「うん、それに可愛いでしょ」

「ママもいいんだね」

「そうね、ひかりに押し切られちゃった感じだけど」


パパもママも、ひかりちゃんほど俺のことを大歓迎という感じでもないが、拒んでいるようでもない。少し微妙な空気感。そりゃそうか、子どもがノラ猫を拾ってきて、いきなり飼いたいって言って即決する親はそれほど多くないだろう。


ひかりちゃんと仲良くなったことで、俺も舞い上がっていたのかもしれない。当たり前のように飼ってもらえるつもりでいたからね。きっと、昨日はこの家で俺のことについていろいろ話したんだろう。


それに、ミー子が亡くなってからそれほど日にちも経っていないようなので、いろいろ思う所があるのかもしれない。


「わかった。ひかりは、ちゃんと面倒を見るんだよ」

「はいっ。ミー助、良かったね」


ひかりちゃんが嬉しそうに俺の頭を撫でる。パパも了解してくれたことで、俺もどうにか家族の一員となった。


その後は、ひかりちゃんが家の中をあちこち説明しながら歩くので、俺もついて回った。二階に上がり、ひかりちゃんの部屋に入った時に写真立てを見つけた。今より少し幼い顔のひかりちゃんが、笑いながら毛足の長い白い猫と一緒に映っている。


(ミー子さん、今日からこの家でお世話になるミー助です。合掌)


俺が転生したんだ。ミー子も転生するとか、守護霊のように近くで見守っているなんてことがあるかもしれない。敬意を表さないとね。

それに、いろんな場所でミー子のものだと思われる匂いがする。動物は、本能的にその匂いで自分にとって敵かそうじゃないかがわかる。ミー子の匂いは俺にとって不快なものではない。むしろ、懐かしいような優しい感じがした。


ミー子が亡くならなければ俺がここに来ることはなかったのだが、仮に生前に会えたとしても仲良くできたんじゃないかと思う。



家の中を一通り見て回り、リビングに戻る。俺の居場所はと言うと...

既にリビングの片隅に俺の小屋が用意されていた。と言っても、これもやはりミー子の匂いがしたが。


ひかりちゃんは、俺がその小屋に入るかどうかを心配そうに見ていたが、俺は大丈夫。草の上に寝転がるより何倍も快適だ。頭から小屋に入ってぐるりと廻り、小屋から顔を覗かせた俺のことを、安心したような顔で嬉しそうに眺めていた。



そしてなんと!!


その小屋のすぐ近くのサッシには、猫専用の出入口が取り付けられていた。ここを通れば、家の中と外を自由に行き来できる。これは素晴らしい。フリーランスの俺にとっては、ネコ型ロボットのポケットから取り出した『どこでも○ア』とさえ思える。


「ここから外へ出ることもできるんだよ」

(うんうん、わかるよ)


ひかりちゃんがそう言って外へ出るように促す。わかっているのだけれど、それに従うフリをして外へ出てみた。すると、軒先にも小さな小屋。


『なんということでしょう』 俺には確かに天の声が聞こえた。


(えっ、ここも俺が使っていいのか!)


家の中にも外にも俺の小屋があり、24時間365日いつでも家に出入りできる。なんともコンビニエンス、最高の環境じゃないか。



リビングにある食卓で、みんなで夕食。俺は昼間がっつり食べたから、夕食はドライフードを控えめにもらった。その後はリビングでくつろぎタイム。

俺は家の中の小屋に入り、顔だけ出してその様子を見ていた。まだ自分の身の置き場がよくわからないからね。


しばらくすると、ひかりちゃんはお風呂から上がり自分の部屋に行くようだ。なんとなく俺のほうとパパ、ママをチラチラと見てる。


(俺のことを部屋に連れて行きたいんだな)


人間と一緒に寝る習慣のない俺には、さすがにごめんなさい。目を閉じて寝たフリをする。犬出身の猫が狸寝入りってとこだ。


「ノラ猫だったから、まだ人間に慣れていないのよ。今日は一人で寝なさい」

(ママ、ファインプレー)

「は~い。おやすみなさい。ミー助もおやすみ)


俺は心の中で、名残惜しそうに部屋を出て行くひかりちゃんに頭を下げた。それから間もなく、パパとママも部屋の灯りを消して二階の寝室へと上がって行った。



物音がしなくなってから、俺はそっと外へ出た。少し寒い夜の空気が気持ちいい。



俺が転生ではなく、ピュアに初めて猫として生まれていたのなら、きっとひかりちゃんのことを親のように感じ、ぴったりくっついて離れなかっただろう。むしろ、俺のほうから一緒に寝たいと思ったはずだ。

なまじ前世の記憶があるばかりに、その環境での過ごし方や人間との距離感を測ってしまう。因果な性分だ。そんな素直じゃない俺が、この家の人たちにどう映るのだろうか。


(だめだ、だめだ。そんなんじゃ)


俺はこの家に飼ってもらうことになったんだ。食べる物も寝る所も心配のない素敵な環境を用意してもらって。少しずつ、少しずつでもいいから、ひかりちゃんやパパ、ママとの距離を詰めよう。それがこの人たちに対する恩返しだと思わなきゃ。

心の中では常にフリーランスなんだけれど、今日からは立派な飼い猫なんだしね。



朝、家の中から音がするので、あの出入口からすっと家の中に入った。あっ、その前に排泄は外で済ませておいた。匂いでがわかるから、迷惑はかけないさ。


「あらミー助、おはよう。ちゃんと自分で入ってこれたのね」


俺に気が付いたママが、少し嬉しそうに声をかけてくる。もしかしたら、家の中にいないから心配させちゃったかな。続いて、バタバタとひかりちゃんが二階から降りて来て、俺の姿を見て安心している。


「ママ、ミー助おはよう」

「昨日は外で寝たみたいよ。でも、音がしたら自分で中に入ってきたの」

「ちゃんと自分の家だってわかっているんだね。朝起きたらいなくなっているんじゃないかって心配してたんだ」


ひかりちゃんが、自分たちの分より先に俺の朝食を持ってきてくれる。


「ミー助、今日の夜は私のお誕生日会なの」

(十歳の誕生日って言ってたもんな、おめでとう)


俺は何もお祝いができないので、ひかりちゃんの手をペロペロと舐めてから、最高の笑顔をプレゼントした。



三人は、朝食をすませて少しすると出かける準備をしている。


「お誕生日会の準備で食料とか買いに行くの。ミー助は連れて行けないからお留守番をお願いね」


ニャー ニャー (行ってらっしゃい)



さてさて、誰もいない家の中にいても仕方ない。俺は外に出て、近所を散歩してみることにした。


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