第五話 ミー助

昨日の小川に戻る。草むらの中でうつ伏せになって、ふぅ~と大きな息を吐き出す。目を閉じて今日のことを思い出す。


ひかりちゃんが喜んでくれたこと、ひかりちゃんママの事故を防げたこと。些細なことかもしれないが、人間の役に立つことができたかと思うと、なんだか気分が高揚する。これって、茶々丸の感性なんだろうな。さすがに子猫が思うことじゃないよね。


もちろん、俺もボール遊びは楽しかったし、生まれて初めてまともな食事を摂れたことも、気分が高揚している一因でもあるだろう。


俺とひかりちゃん。看取った者と看取られた者、立場は違うが、同じような経験をした者同士が、どこかクロスオーバーしている感じだ。

それに、俺の大好きなひよちゃん。『ひより』と『ひかり』も名前が似ている。



虫の音が聞こえる。草の匂いが鼻をくすぐる。

そう言えば、あの時、ひかりちゃんママの車の音にすぐ気が付いたが、猫の嗅覚や聴覚ってどんなんだろう。確か犬のほうが猫より勝っていたはずだ。

茶々丸の時は、歳をとってからはだいぶ衰えたが、今の俺は若くて一番鋭かった時に負けず劣らずの感覚だ。


水が苦手ではないことも、嗅覚や聴覚が鋭いことも、茶々丸時代の特性をそのまま引き継いでいるようだ。これはこれで、これからの俺の大きな武器になりそうだな。そんなことを考えながら眠りに落ちた。



気持ちよく目覚めのいい朝を迎えた。周りを散策して時間をつぶし、少し早いが、太陽が一番上になった頃に公園へ向かう。


公園ではもう何人かの子どもたちが遊んでいた。そうか、今日はなんだ。俺には何曜日とかっていうのはわからないが、休みの日はひよちゃんやパパさんは、会社に行かないで好きなことをして過ごしていたな。俺とたくさん遊んでくれたり、旅行に行ったりしたのも休みの日だった。ママさんは会社に行っていなかったけれど、毎日家事をしていた。だから、休みの日はみんなと同じようにくつろいでいたっけ。


ぼんやり子どもたちの様子を見ていたら、向こうからひかりちゃんがやってきた。今日はママも一緒のようだ。ひかりちゃんは俺を見るなり駆け寄ってくる。


(ひよちゃんと初めて会った時と同じだ)


昨日までの寂しげな顔がすっかり満面の笑み。ひかりちゃんママも、昨日の真っ青な顔とはうって変わって、ひかりちゃんの様子に優しそうな微笑みを浮かべてる。


ひかりちゃんとママは、俺を挟むようにしてベンチに座る。すると、ひかりちゃんはキャラプリントのトートバッグの中から...


「どうぞ。これ好きなんだよね」

(はい、出ました。俺まっしぐらな缶詰!)


昨日に続いてご馳走をいただく。俺が夢中になって食べている間、ひかりちゃんがママに話しかけた。


「ね、ママ。お腹減らしているでしょ、絶対にノラ猫だよ」

(ん? ノラ猫ではない。俺はフリーランスなのだが)

「そうね、しっかり躾けられているようだけれど、食事していない感じね」

「この子、ママとユウキくんのことを助けてくれたんだよ」

「偶然でしょ。でも、事故にならなかったのは、確かにこの子のおかげね」

「だから、いいでしょ」


ひかりちゃんママは、俺のことを見ながらどうしようか悩んでいるようだ。


「ミーコが死んじゃってから、ひかりがずっと寂しそうな顔をしていたから心配だったの。パパも心配してたのよ」


ママはひかりちゃんの髪の毛を撫でながら続ける。


「まるで、ミーコが生まれ変わってひかりに会いに来てくれたみたいね」

(いや、俺は茶々丸の生まれ変わりなんだけど)


「じゃ、決まりね。十歳のお誕生日プレゼントも要らないから」

「はい、はい」



俺がご馳走を食べ終わるのを待って、ひかりちゃんが膝の上に乗せる。そして俺に向かって嬉しそうな顔で言う。


「あなたは今日から私の家の子になるの、いいわよね」

(えっ、そういう展開か)

「名前はミー助に決まり」



もう少し体が大きくなるまではこの辺りで過ごすつもりだったし、おまけに冬の寒さも心配だったので、せっかくだからひかりちゃんの家で世話になろうか。ひかりちゃんとだったら楽しい日が過ごせそうだ。これもなにかの縁だな。



ニャー ニャー


俺の返事にひかりちゃんが笑う。ひかりちゃんには俺の答えが届いたようだ。



かくして、俺は『フリーランスの超猫スーパーキャット ミックスのミー助』となった。

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