箱入息子
星雷はやと
箱入息子
「はぁぁ……緊張する……」
美しい和風庭園を見ながらが、私は溜息を吐いた。久しぶりに着た振袖のせいかもしれないが、大変息苦しい。本日は上司から勧められたお見合いの為に料亭を訪れている。
「あら? 葉子さん、緊張しているのかしら、大丈夫よ。相手は箱入り息子だけど、優しくて聡明な方よ?」
隣に座った仲介人である、我が社の社長夫人が微笑む。私はしがないOLだが、何故か大企業のご子息からお見合いを申し込まれた。このお見合いは謂わば、会社同士の縁結びのようなものだ。この縁談を断ることは可能だが、そうすれば私は職を失うことは確実である。
「お待たせ致しました。羽子田です」
もう一度、溜息を吐きそうになると障子の向こう側から男性の声が響いた。社長夫人が私の代わりに返事をすると、静かに障子が開いた。
「本日はお時間を頂きまして誠にありがとうございます。私、羽子田家に仕えております執事でございます」
テレビでしか見たことない執事服に身を包んだ、初老の男性が柔和な笑みを浮かべる。不思議なことに現れたのは執事の彼一人だけであった。如何やら見合い相手は不在のようだ。
見合いを断ってくれるなら、私にとっては好都合である。
「そしてこちらが……坊ちゃまの、函太郎様です」
「……っ……」
執事は座卓の上に小さな風呂敷包みを置くと、開いた。現れたのは三センチ四方の小さな箱である。漆塗りの漆黒の箱だ。
かりかりかり。
「ふふ。坊ちゃまが、そんなことを仰るなんて珍しいですね」
「まあ! 函太郎さんは、葉子さんのことをよっぽど気に入ったようだわ」
箱の中から内側を引っ搔く音が響き、執事と社長夫人はその音を耳にすると嬉しそうに微笑んだ。
一体二人は何を言っている。この小さな黒い箱は、とても人が入る大きさではない。しかし二人は、この小さな箱がお見合い相手のように振る舞う。異質であり異常な状態である。
「もう少し近くで、坊ちゃまとお話しをされては如何でしょうか?」
「それは素敵だわ! ほら、葉子さん」
異様な空間に私が身動きを取ることが出来ないでいると、社長夫人に手を掴まれた。そして黒い箱を掌に乗せられた。
「……っ!」
無機質な黒い箱は軽く、意外にも温もりを持っていた。まるで全体が心臓のように鼓動する様子が掌に伝わり、酷く嫌悪感を覚える。箱を投げ捨てたい衝動に駆られるが、二人の張り付いた笑みがそれを許さない。
「では、後は若いお二人で……」
「葉子さん、楽しんでね」
執事と社長夫人が立ち上がる。
「……っ……」
私はこの箱と二人になりたくなかった。静止する言葉を口にしようとしたが、何故か口が動かない。体も動かない。只、黒い箱を見詰める。
かりかりかり。
障子が閉められると、箱は嬉しそうな音を鳴らした。
箱入息子 星雷はやと @hosirai-hayato
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