第85話
魔物の軍団との距離は10メートルといったところだった。
先頭を走るコボルト3体が横に広がっていき、リドを同時に強襲しようとする。
「フッッ!!」
鋭い爪を武器に三方向から迫る攻撃をリドは避けることもせず、剣を振る。
素手と剣ではリーチが違う。
スラムで生活していた頃にとある事情から剣を失って以来、素手で戦うことの方が多かったリドは、そのことをよく知っている。
コボルト三体は爪を当てることが叶わず、三者三葉に斬り捨てられる。
その光景を見ていたコボルト達は数を増やして突撃してくるが、先ほどと全く同じ光景が繰り広げられた。
足りない頭でも理解できたのか、リドを取り囲むようにしてゴブリンは包囲陣を作った。
そこで迷わず、リドは魔法の行使をする。
「フラム・サンドル」
自身を中心とした炎の渦を発生させ、コボルトの皮膚を焼き、空を飛んでいるモンスター【グレムリン】の翼を溶かして地に落とす。
「フッッ!!」
全身が発火している魔物達を剣を煌めかせながら次々にバラバラにしていく。蹂躙と言っても過言ではない。
数は既に10を切っているが、そこで一際デカい魔物がリドの前に立ちふさがる。
オーク。
見た目だけはデカく、棍棒を持ったブタ顔の魔物。
皮膚がリドの炎により焼け爛れているが、痛みを無視してリドに棍棒を振るう。
恐らくこの魔物達のリーダー的存在なのか、死んでいった同胞たちの怨みとばかりに咆哮する。
……だが。
「遅せぇ……そんな攻撃じゃハエも殺せねぇよ」
弱すぎる。
いや、実力差があまりに開きすぎているのだ。
確かに一撃一撃は重い。フィリップの言葉通り、普通の兵なら当たれば致命傷になるのだろうが、リドは頭を殴られたところで死ぬことは無いだろう。
「――フッッ!!」
僅かに体を逸らすことで大振りな攻撃を避け、跳躍したリドはオークを頭から一刀両断にした。
見事に裂けたオークは黒い灰を残して蒸発。
勝てないと悟った魔物達は逃げようとするが、一度悪意を持って攻撃してきた敵を逃がすほど寛容ではない。
30をゆうに超える魔物の群れは1分とかからず、ただ一人によって惨殺された。
だが、それをやってのけたリド本人の心には、一つの疑問が浮かぶ。
(オレの知ってる化物ってヤツはこんなモンじゃねぇ。それに……)
正直落胆を隠しきれないが、今の戦闘を分析する。
数は問題ではない。
危険地帯で弱い人間はどうやって生き残るか。
答えは単純に徒党を組むことだ。
生物というモノは大抵群れを形成する。外敵から身を守るために。
それは魔物も例外ではないだろう。
塵も積もれば……というものであり、集団で襲えばある程度の強者を倒すことも可能になるからだ。
そう言う戦闘にリドが慣れていないはずがない。
何度もそういう場面を経験して、生き残ってきている。
多対一くらいで動揺するようであれば、あの地獄で一人生き延びていない。
だが、問題はそこではない。魔物の行動がおかしかった点だ。
魔物、というモノには多少なりと縁がある。
確かにスラムという場所で人間とばかり戦ってきたが、化け物と戦ったことがないかと言えば、それは嘘になる。
リドが剣を失った直接の原因は魔物だったからだ。
だから考える。魔物の行動を。
そして、何度考えてもこの魔物達は樹海から逃げていたという結論に達した。
〇 ● 〇
目の前の光景を見て、フィリップは自身の得物である槍を地面に落とす。
リドを中心とした草原の芝生はリドの炎によって燻っており、あれだけ居た魔物達は一匹残らず死屍累々となっている。
「な、馬鹿な……なんだあの魔法は……いや、もて遊ぶようにあの数の魔物を……」
あまりの驚きから発する言葉がバラバラになっている。
脳が現状の処理に追いついていないのだろう。
強いことは知っていたのだろうが、それでも数で攻められれば戦況が不利になる程度くらいに考えていた。
そうなれば自身も参戦する予定だったが、現実は逆で、数で攻められるほど立ち回りが良くなっていた。
瞬きするたびに魔物が消えていくような状態だったのだ。
呆然とするのも無理はない。
「ハハッ、えげつねーなぁ……知ってる? 俺昨日あいつ気絶させたんだぜ? すげーだろ?」
隊員たちに見ているように言っておいて、まさかここまでやるとは思っても居なかったアレクも口元を引き攣らせている。
「どうせいつもの【初見殺し】ですよね、隊長? あれやめた方がいいですよ、国で規制されてないとはいえ……」
「ま、まあそうなんだけどさ、それ言っちゃうかい?」
部下の指摘にアレクは苦笑いを浮かべた。
そして一面焦土と化した光景に冷や汗を流しながら、一人呟く。
「≪大将≫があいつをここに寄こした理由がようやくわかったぜ……確かに、こいつならこのクソみたいな現状も何とかしてくれるかもな」
意味深にそう呟かれた言葉は草原に吹く風に消えていった。
〇 ● 〇
魔物の襲撃を凌いだ後、見回りの仕事を終えたリドは汗ばんだ体を浴室で洗い流していた。
ほっとリラックスするような声を出すリドの隣で、モーリスも笑顔で湯船につかっている。
「いやぁ、凄かったねぇ。リドくん。ボクの居た場所からでも見えたよ」
気持ちよさそうに背伸びをしながらモーリスは半分顔をお湯に沈めているリドの横顔を見る。
現在浴場にはリドとモーリス以外に人はいない。
兵士見習いのリド達は浴室の時間がズレているのだ。
今回の研修は女子が多い。
混乱を避けるために砦で決められたルールのようだが、男はリドとモーリスしかいないため、このような事態になっている。
「あの程度どうってことねぇよ」
「さすがだねっ! ボクも魔物討伐隊に入りたかったなぁ」
一日中国境付近の警備や、行商人の検問などの雑務を送っていたモーリスは心底羨ましそうに口にする。暴れるのが大好きな戦闘狂にとっては検問官などあくびが出るほど退屈なのだろう。
そう言う意味では体を動かせる分、魔物討伐部隊に配属されたのは幸運なことなのかもしれないが、生憎と私情で弱者をいたぶる趣味はない。
「雑魚ばっかでつまんねぇよ。アリを踏みつぶしたところで達成感が得られないのと同じだ」
リドの言葉に、モーリスは「そっか」と残念そうに頷く。
どうやら彼も雑魚をいたぶる趣味は無いらしい。
「ところで、リドくんは何で騎士を目指しているんだい?」
「急になんだよ」
「かなり特殊な出自というのは前の騎士団戦で聞いたけど、理由を知りたくてね」
「アリシアとエマに拉致られただけだ」
照れくさそうにそう口にするリド。
それを虚勢と見抜いたモーリスは「ホントは?」と問う。
長い沈黙の後、リドは淡々と話す。
「……ロイ。オレの親父が歩いた道をってのを見てみたかった」
大それた理由なんかはない。
未だに騎士というモノに惹かれることは無いし、人を守りたいと願うように慣れるとも思っていない。
だが、それでもオレに剣を教えたあの男がどんな世界を見たのか。
何よりも強かった男が、なにを考えて強くなったのか知りたいのだ。
「……なるほどね」
茶化す雰囲気で無いことを悟ったのか、納得したように頷くモーリス。
「オマエは?」
「ボクは、家の方針だね。子供の頃から槍術は習っていたし」
「ふーん」
まあ、そんなものだろう。とリドは曖昧に頷く。
騎士科生徒の大半は似たような理由だろう。
親の都合、家の方針。地位に囚われた家に生まれた子供は、必然的に栄えある騎士を目指すことになる。
実に下らない話だ。
親の都合に振り回されて、尚且つそれを甘んじて受け入れる。時には頼る。
そして気が付けば人形のようになっていく。
スラムは力のないモノは死に絶えるが、力さえ手に入れれば生きることが出来た。
だが、貴族出身の人間は最初からレールが決められている。
どちらが幸せなのか、それは個人で判断することではないだろう。
だが、リドにはどうしても作られた人生を歩みたいとは思えなかった。
「……優秀な兄が居るんだ」
だが、モーリスはそれとは少し違う様子だった。
「ルイ・カルメンの4年生。一つ上なんだけど。ボクはあの人を見返してやりたい……それもあるかもね」
生憎、ボクは嫌われているんだけどね。とモーリスは清々しく笑う。
同時に諦めが入ってるような、悲しげな空気を感じる。
「そうか」
それ以上特別な会話は無く、リドとモーリスは一日の気疲れを癒すように風呂を堪能した。
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