第76話


 ロベルトから紅茶を振る舞われたリド、エマ、セシリアの三名はまだ時間に余裕がある為、世間話に花を咲かせていた。

 

「それで、セシリアはどこのクラスになるんだ?」


 もう一度セシリアのステータスを確認していたリドは、セシリアの生徒手帳を片手にロベルトに尋ねた。

 逆にセシリアはリドの生徒手帳を見ながら目を輝かせている。「やっぱりすごい、さすがりど」などとぶつぶつ呟いていた。


「問題なくAクラス入りするだろうし、教養もある。三年に組み込んだぞ」

 

「つーことはオレと一緒か」


 面倒くさそうに頭を掻くフリをするが、それが照れ隠しだとエマには伝わったみたいで微笑んでいた。


「……ありがとう、おじさん」

 

「待て! 俺はまだおじさんって歳じゃっ!……いや、40代はおじさんか……そうか……」


 セシリアの言葉に憤慨したロベルトだが、現実はそう甘くない。

 過ぎ去った時間の重さに押しつぶされそうになっているロベルトを放っておいてリド達は理事室を後にした。


 廊下を進んで、すでに登校している生徒達から向けられる怪奇の視線や、セシリアの正体に気が付いた者が息を呑む声、ヒソヒソ話がわずかに耳に入る。

 

 しかしそれらを気にした様子も無く進みながらリド達は職員室に向かい、担任のエリーゼと軽く顔合わせをしてからクラスに向かった。

 

 リドとエマは教室の中に入っていき、セシリアはエリーゼと共にHR開始の鐘を待つ。

 席に座ったところで丁度鐘が校内に鳴り響き、エリーゼが教室の中に挨拶をしながら顔を出した。


「はいはーいっ! みんなおはよー! 今日はまた編入生の紹介ですっ! 入ってきてぇ」


 背の低いエリーゼが教段の上でぴょんぴょん飛びながら廊下側の扉へ声を掛けると、セシリアがゆっくりと入って来る。

 生徒達の視線を集めながらも構うことなく堂々と歩くその姿は雪の精霊のようだった。


「じゃあ自己紹介してくれるかな?」


 エリーゼは優し気に微笑みながら隣に立ったセシリアの横顔を見つめた。


「……セシリア・ローラン、です。よろしく……」


 ぺこりと頭を下げるセシリア。

 リドの時同様、「それだけか?」という空気が満ちるが、その静寂を破ったのはクラスのお転婆娘ユーリだった。


「はいはいっ、質問っ! セシリアちゃんはアミリット王国の副団長様ですよね!?」


 好奇心旺盛な彼女は目を輝かせている。

 エルセレムの辺境にある村の領主の娘。つまりは貴族の彼女は教養科生徒であり、アリシアの同級生だ。


 普通、この学園に騎士が編入してくる事はない。士官学園に現役の騎士が入る意味が無いからだ。

 その事をほかの生徒達も気になっているのか、セシリアの言葉をじっと待つ。

 再び教室内を静寂が支配したが、セシリアはその鉄仮面を崩さず正直に話す。


「……わたしは……今はエルセレム帝国の騎士見習い。アミリット王国の騎士団は退団した」

 

「そ、そうなんだ」


 少し重たそうな話に気まずげにユーリは視線を彷徨わせる。


「じゃ、じゃあセシリアちゃんの席は窓際の後方でいいかなっ!? アンリ陛下の隣が空いているからねっ!」


 エリーゼが場を整えるようにそう口にする。

 温度の無い視線を周囲に巡らせたセシリアは、リドを見つけて口元に笑みを浮かべた。


「りどの隣がいい」

 

「えっ? でもリドくんの隣はトリエテスさんが――」

 

「隣がいい」


 有無を言わせない様子でセシリアはリドを見つめながら近づいていくと、エマに視線を向ける。


「どいて」

「なっ!? 無茶を言うなセシリア! 大人しく窓際の席に――」

「どいて」

「し、しかしだな……」

「どいて」

「むぅ……」


 全く同じ言葉しか吐かないセシリアに困ったエマはリドに視線を向ける。「何とかしてくれ」と。

 やれやれしょうがないな。とリドは立ち上がりセシリアを見下ろす。


「なに? りど」

 

「良いことを教えてやる、セシリア。ここでは仲良くするのがルールだ。ちゃんとキョーチョーセイというものをジュンシュしないとダメなんだ。前にエリーゼが言ってた」


 最近覚えたての難しい言葉を使いたがる子供のように、リドは腕を組みうんうん唸る。

 兄がわりとして言わなければいけないことだ。


「リドにもあるの?」

 

「ある」


 ……多分。とリドは視線を外しながら付け加える。


「しかたねぇ。オレが手本を見せてやる」


 何故かリドが窓際後方、つまりセシリアが本来座るべきだった席に移動した。

 笑みを隠しきれず若干嬉しそうなアリシアの隣に腰を下ろす。


「オマエはエマと仲良くなるために隣の席に座れ。オレはここで見守っててやるからな」


 立派な兄然としたリドは自己満足に浸りながら窓の外を見て黄昏る。

 決まった、とでも思っているのだろう。


『…………』


 エマとセシリアの顔が引きつっていることに気が付かない。


「素晴らしいっ! 流石だよリドくんっ! 君こそがキョーチョーセイの塊だっ!」


 モーリスが感動した様子で立ち上がり拍手をする。エリーゼも自分の生徒の成長が嬉しいのか涙を浮かべて目元を抑えている。


「……ふっ」


 口元に笑みを浮かべてモーリスを手で制しながらリドはエリーゼに視線を向けた。


「さあエリーゼ教師、授業を始めてくれたまえ」


 キラキラと星を飛ばしながらリドは髪を手でなびかせた。完全に自分の世界に酔っている。


「……誰だアイツは」

 

「それには同意する」


 その様子を見ていたエマとセシリアは嘆息を禁じ得ないのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る