第77話
「ジッチケンシュー……?」
昼休みになり、なぜか疲れた様子のエマの口からそんな単語が出て、思わず肉を頬張る手を止めて聞き返していた。
隣ではセシリアがさして興味なさげにサラダを食べている。
「ああ。知っての通りルイ・カルメン学園の教養科は四年制だ。騎士科は四年間学んだ後、士官候補として職場に就くことになる。その準備として行事として実地研修があるのだ。四年生になれば1年間はほとんど研修ばかりだ。体育祭や
「……バルス?」
セシリアが首を傾げる。
エマは思わず眉間を押さえた。
「発音が違う。ヴァルスだ」
「ちょっと待ってくれ」
リドも頭を傾げてエマの言葉を止める。
「そもそもオレは今何年なんだ? Aクラスってのは分かるが、卒業はいつだ? つか、卒業したらすぐにオレの騎士団に入るんじゃないのか?」
編入の際に色々言われた気がするが、自分のクラスに興味がなさすぎて忘れてしまっている。
エマの後についていけば教室に案内されるので、困ったことはなかった。
「おまえは毎朝どうやって教室に入ってくるのだ……ネームプレートを見ていないのか? リドとセシリアは編入初日から3年。私と同じだ。後二年でアンリ様と一緒に卒業することになる。クラスというのはだな……」
クラスの仕組みを説明するエマの話を要約すると、Aクラス在籍者は将来が約束されたエリート。
卒業と同時に試験を受け、合格したら正式な騎士として叙任されて職場に就くことになる。
学園で優秀な成績を残したということで騎士としての地位が心配よりは多少高く、士官として給料が高くなる。
一方、BクラスCクラスは卒業こそできるものの兵卒、つまりは騎士見習いとして戦地に派遣されるということらしい。そこで武功を上げて試験を受けて騎士となる。
エルセレムは表向きは騎士階級を採用しているが、その役職は軍事国家のようになっている。
伍長から曹長までが従騎士である、ペイジ。
少尉から少佐までが騎士のエスクワイア
中佐から大将が上級騎士、オフィシエというものになる。
つまり、他国での下士官が
仕官が
少佐を省いた左官、将官が
英雄騎士、
リド達が与えられた名誉騎士は階級こそ准尉になるが、その発言権はオフィシエと同等となる。
Aクラスは卒業後すぐに少尉から始まり、Bクラスは軍曹。Cクラスは伍長として任地に就く。
例え同じクラスメイトでもクラスによって上司か部下か決まる。
この学園はそういうところが厳しい。出世していなければ後輩であっても、クラスが上であれば数年後に自分の上司となることもあるのだ。
騎士科は学園に入った段階で将来の選考は始まっているということだ。
リドはAクラスなためそのような心配はないのだが。
そして、リドやエマを含む名誉騎士たちは、卒業後すぐに自分の騎士団に入れる。ということは無く、最低でも一年ほど国の騎士として各職場に就き、国に尽くさなければならないのだ。
国境警備隊や魔物討伐隊、治安維持部隊などなど、騎士の役割は多いそうだ。
「細かいことを言ったが、とにかく、配属先については後日通知が来るだろう」
「ふーん」
既に自分に理解できる領域を超えていたため、リドは食事を取りながら生返事を返す。
「人が説明してやっているのに話を聞かないとはどういうことだ」
「ま、まあまあ、落ち着いてくださいエマ。リド様なら行き当たりばったりでも何とかなりますよ」
あくびを嚙み殺しているリドに掴みかかろうとするエマをアリシアは困った顔をして宥める。
「それはフォローになってんのか?」
――そして数日後。
「はい、リド・エディッサ君」
帰りのHRでエリーゼから封筒を受け取ったリドは寮に戻って封筒を開封する。
そこには簡潔に【ウルス高原砦・魔物討伐隊】の文字が書いてあった。
「どこだここ」
全く聞き覚えのない地方に眉を上げる。
寡聞にして聞いたことが無いため、少なくとも城の内側ということはないだろう。
「ウルス高原は帝都から馬車で西に進んで2日の場所にあるのどかな場所ですよ。魔物が多いので前線とは呼ばれていますけれど」
紙を見たアリシアがそう教えてくれる。
「のどか? 平和ってことか?」
「はい。わたくしも一度行っただけですが、ウルスの砦付近には樹海がありまして、その中には異種族の村があるんです」
「異種族……人間じゃねぇのか」
生まれてこの方、亜人種というものを見た経験が無い。スラムに生きていたのだから他の種族と出会う方が難しいからだ。
存在こそ知っているものの、空想の中に出てくるものというイメージだ。
「ええ、樹海は食料が豊富ですからエルフ族などが代表的ですかね。エルフの方々は魔法が得意なのです」
「ほう」
元々好奇心旺盛なため、興味深い様子でリドは頷く。
「なんだ、リドもウルス高原か。私もだ」
そこで先ほどまでセシリアと話していたエマが紙を見せながら割り込んでくる。
紙には【ウルク高原砦・国境警備隊】と書かれている。
「少し安心したぞ。リドやセシリアが別だと研修中も心配でそわそわしそうだったからな」
「つーことはセシリアも同じか?」
リドが視線を向けるとセシリアは頷く。
「うん、わたしもウルク高原の国境警備隊」
「ちなみに先ほど確認を取ったが、ココもウルク高原だそうだ」
「なんだよ。騎士団戦をやったメンツは同じなのか?」
机の反対側に座っているジェシカに視線を向ければ首を縦に振った。この調子でいけばモーリスも同じだろう。
「平和、か……」
リドは若干落胆交じりにそう呟く。
闘争の世界に生きて、先日行った騎士団戦で忘れていた血の味を思い出した。
そんなリドにとって平和、のどか、そんなのは退屈なだけだ。
唯一の楽しみの異種族。エルフ族との邂逅は楽しみだが。
「ま、行ってみてから考えればいいか」
研修は二週間後ということもあり、リドはわずかな好奇心を抱きつつもそれ以上深く考えずに学園生活を過ごしていった。
授業中に居眠りをし、午後の実技ではエマ達に剣術を教え、寮に帰ってご飯を食べて寝る。
そんな生活はあっという間に過ぎていき、気が付けば二週間が経過していた。
――そして本日、研修先へ行くため、女子寮の騎士科生徒達は寮の前で見送りをされていた。
「少しの間、寂しくなりますが、どうかつつがなく研修を終えてきてください……」
涙目のアリシアがベティーに背中を摩られながらそう口にする。
「うぅ……アンリ様ぁ……私が不在の間、どうかお達者で……っ!」
エマも号泣している。今にも手を取り合って泣き崩れそうな勢いだ。
なんだこの二人仲良すぎんだろ、と若干呆れるリド。
「主席っ、もうそろそろ校門に集合する時間ですよっ」
バックパックに喰われている……バックパックを背負ったジェシカがエマの手を引いて剥がそうとする。
「あ、ああ……では、アンリ様。お達者でっ! このエマ・トリエテス、一回り成長して必ずや、帰還いたしますっ!」
「はいっ! わたくしは皆さんの成長を確信しております。2日に一度はお手紙を書きますっ! 次に会える日を一日千秋の想いでお待ちしております」
いや、たった一か月だからな。何今生の別れみたいな空気になってるんだ?
そんな無粋なことを思うが、流石に口にはしない。
「みんな気を付けて帰って来るのよ。ちゃんと食べてね? いってらっしゃいっ!」
『行ってきますっ!』
ベティーの声に返事をし、各々はそれぞれ自分の向かう方角の馬車へ向かった。
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