第75話
騎士団戦から一週間が経過した。
代理でコビデが団長を務めている【フラムサクレ騎士団】は、人数不足の観点から、兵の志願者を公募したそうだ。
セシリアがたまたま見つけた騎士団の応募を見て職にありつけたように、平民であっても適性があれば兵として使ってやりたいとリドが伝えた為だ。
周囲の団員達はリドらしいと笑って、これは相当な人が応募してくるのだろうな……何てこと考えた。
しかしその予想をはるかに超える、もっの凄い数の応募者が殺到したらしく、たまたまロベルトの理事室に来ていたクリードの姿を見たとき、白い蝋人形と間違えたことを省けば平穏な日々だ。
騎士団戦の翌日に王城で名誉騎士の叙任式を行ったこともあり、リド・エディッサという名前と騎士団幹部の団員の名は帝国内、そして当然の如く学園内の生徒たちにも知られていた。
学園ではある種の英雄的なものになっているらしく、件の戦いを見た女子がリドに近寄ってくることが増えたが、何とかエマが追い払ってくれている。
そして本日、新たな守護者が編入してくることとなった。
「……セシリア・ローラン。よろしく……」
早朝。学園が始まる前の時間にセシリアは寮に顔を出していた。
騎士団戦が終わってすぐ学園に編入手続きなどをしていたが、アミリット王国で除隊などの手続きが進んでいなかったので、編入時期を今日にしたのだ。
本来なら昨日の放課後には到着しているはずだったのだが、アミリット王国からの移動中に馬車が街道に出た魔物に襲われ、それの駆除に当たっていたらこんな時間になってしまったらしい。
「うむ。待っていたぞ、セシリア。改めて私はエマ・トリエテスだ。よろしく頼む」
「…………」
微笑を浮かべたエマが握手を求めるように片手を差し出すが無視される。
「わたくしはアリシア・セルヴァ・アンリエッタと申します。長いのでアンリとお呼びください。よろしくお願いいたします」
「……アンリ。よろしく」
アリシアの差し出した手は無表情を崩しこそはしないけれどしっかりと握る。
「なぜ私は無視されたのだ……?」
手を差し出したまま笑顔が固まっているエマは一人そう呟いていた。
「初めまして、私は寮母のベティーと言います。リド君の家族よね? 歓迎します」
慈愛に満ちた笑みを浮かべるベティーにもペコッと頭を下げて対応する。
どうやらエマに何かしらの敵意を持っているようだ。
「さてっ、中に入って朝食を取りましょうかっ」
ジェシカやココなどをはじめとする寮のメンバーとも挨拶をした後、ベティーの声で中に入っていく。
案内された部屋に荷物を運びこんだセシリアは――と言っても私物が剣と鎧くらい――食堂に向かった。
そこには朝食の手本のような、胃には軽いけど栄養価のある色とりどりの料理が並んでおり、寮生達は思い思いに食事を始める。
「…………」
だがセシリアは手を付ける様子はなく、周囲をきょろきょろと見回していた。
何者かを探すように。
「む? どうかしたのか? セシリア」
それにいち早く気が付いたエマが食事の手を止めて尋ねる。
まさか人の家に預けられたウサギのように落ち着かないのか? と思うが、その予想は外れる。
「……りどは?」
若干間はあったがセシリアは言葉を返す。
初めてまともに会話してくれたのだが、エマは気まずそうに視線を逸らしており、アリシアも苦笑いを浮かべている。
その時、頭上から廊下を勢いよく走る音と階段を一足で飛び降りる音が聞こえてきた。
「おいエマ! 起こせっつったろうが!! 朝は苦手なんだぞゴラッ!!」
寝巻きのまま逆切れしつつ食堂に飛び込んでくるリドが目に入る。ものすごくガラが悪い。
スラムでの夜型生活が未だ完全に抜けきっていないリドは朝が苦手だ。
夜が明けるまで仮眠くらいしか取ることができず、日が昇る頃に意識が落ちる。
最近はエマがリドの為に蝋燭に火をつけて寝るので多少マシにはなってきているが、それでも物心ついた頃からの癖はなかなか抜けないようだった。
「何度も起こしただろう。おまえが二度寝しただけだ。逆切れも甚だしいぞ」
ため息を吐いてココアを啜るエマ。
走ってくるリドは、寮の絶対的権力者のベティーに「埃が立つから、ゆっくりね?」と背筋の凍る笑顔で注意を促され、カクカクと頭を振って歩く。
コックには誰も逆らえない。
「ったく。誰も居ないから遅刻かと思ったぜ」
言いながらエマの横にドンッと座る。
「充分遅刻だぞ」
パンを千切るエマは眉根を寄せて半目でリドを見ている。
その視線をスルーして、周囲に視線を飛ばす。
「それでセシリアは?」
「横にいるだろう……」
エマに言われ、逆サイドを見る。
そこには白い髪を腰まで流している赤い目が特徴の、白兎のような少女が居た。
「久しぶり、りど。会いたかった」
「久しぶり? たった一週間だろ」
腕に引っ付いてくるセシリアの頭を押して引き剥がし、リドは食事に手を伸ばす。
切っていないフランスパンをそのまま嚙み千切り、スープを飲む。
「うまい」
その様子を見ていたセシリアはようやく自身の手も動かし出した。
「……おいしい」
同じものを口にして、同じことを口にする。
リドの真似をしているようで、その場にいた面々は母性本能をくすぐられたように、によによとした笑みを浮かべていた。
「なんだか仲の良い兄妹みたいで可愛いわぁ~」
二人の様子を見ながら頬に手を当てたベティーは、優し気に眉を下げている。
寮母をするだけあって母性本能が強いのか、母親のように慈しむ顔を浮かべていた。
「確かに、何でも真似をしたがる子供みたいですね」
ベティーの言葉を聞いていたジェシカも二人の様子を見ていたのか、微笑ましそうに見守りながら感想を言う。
ココはいつも通り無表情で食事を摂っている。
「おいリド、早く食べてしまえ。もうそろそろ良い時間だ。制服に着替えろ」
「ういうい。うるせぇなまったく」
食事の手を速めたリドは山のような量の食事を数分と掛からず胃に収めた。
「しっかり歯を磨くんだぞ?」
「うるせぇな。分かってるっつの」
世話焼きなおかん気質のエマへ適当に返事をしながら部屋に戻って制服を着て、歯を磨いた。
寮の外に出ればエマとセシリア、アリシアが待機しており、一緒に登校する。
「まずはロベールのところだな?」
「うむ。そうなるな」
リドが先頭を歩き、後ろを追従するようにセシリアが。アリシアとエマがその後ろに付いていく。
ふと背後を振り返ったリドは食卓の席に居たはずのツインテールが見当たらないことに気が付いた。
「ジェシカは?」
「今日は日直らしい。先にクラスに行ってるそうだ」
当然というべきか、リドの特訓により魔改造とも言うべき急成長をしたジェシカはAクラス入りを果たしていた。
二年次でありながらリド達と同じ騎士科Aクラスであり、教養科目の教室こそ別ではあるが、かなり特殊な立場となっていた。
二年次の生徒で騎士科Aクラスはジェシカ以外にいないようで、上の学年と一緒に研修や実技を受けることとなっている。いわば魔改造されて特待生扱いを受けている。それもあってほぼ同期のようになった。
ちなみに、戦いを見た父から手紙が届いたようで、その内容は、
『立派になったねジェシカ。本当に、パパには君がなにか得体の知れない者に見えてしまうくらいに立派になったね』
というような感じであり、若干……かなり凹んでいた。
ロベルトはリドをSクラスに推薦したのだが、騎士団戦は学園行事では無かったため単位などが認められなかった。
そのため数十年ぶりのSクラス入り生徒はまだ誕生していない。
アリシアと別れたリド達は教室とは別方向に進んでいく。
セシリアの編入手続きのためにロベルトに呼び出しを喰らっていたのだ。
しばらく歩いて理事長室の前に到着する。
「入るぞ」
リドが扉を開く。ノックをしようとしたエマの手が空振るが、いつものことである為、もう怒る事は無い。
「おう、遅かったな」
ロベルトは椅子に座って紅茶を飲んでいる。
白髪交じりの髪も相まってどこかの執事でもしていそうな姿だ。
遠慮することもせず、リドはそのまま室内に侵入。そしてソファーにどっかりと座った。
「もう準備は出来てる。編入と入寮のサイン、あと生徒手帳の更新だけだ」
その傲岸不遜な態度を気にした様子も無く、ロベルトはソファー前の机に紙を置いた。
リドの横に腰を下ろしたセシリアはさらさらと書いていく。
セシリアもスラム出身ではあるが、アミリット騎士団に所属していたため座学を学んでおり、文字を書ける程度の教養は身に付けている。
「……よし、問題ないな」
一通り確認したロベルトは一度頷いた後、書類を執務机に置いて手帳を差し出す。
「血を、出せばいいの……?」
「そうだ。針使うか?」
「……いい」
セシリアは腰の剣を抜き、指を軽く斬る。
「リドといい、セシリアちゃんといい。怪我するのに躊躇なさすぎだろう」
普通は自分を傷つけるのは怖くて出来ないもんだぞ? とロベルトは呆れる。
手帳の光が途絶えたところで、セシリアは手帳を見ていく。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【ステータス】
【レベル 7】
【体力】 4200 【A】
【魔力】 1700 【S】
【筋力】 8600 【S】
【耐久力】 3800 【S】
【俊敏力】 14500 【SSS】
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
魔法
【オーグメンター・レ・ヴィテス】 自身の俊敏力を2倍に引き上げる。
【グラソン】 小さな氷を左手に発生させる。
【グレース】 氷塊を自身の前面に左手より放つ。
【グラソン・サンドル】 周囲に氷の壁を作り出す。
【白夜】 認知できる範囲内のものを氷結させる。
【ロ】 大洪水を発生させる。
【ジーヴル】 自ら生み出した水を凍らせる。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
スキル
【限界突破】 人の限界レベル【5】を超える。
【女傑】 戦闘時、わずかに身体能力を上げる。
【白兎】 戦闘集中時、俊敏力を2倍に上げる。
【深愛】特定の人を守る時、身体能力が大きく上がる。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……とんでもないな」
ステータスを見たロベルトの第一声がこれである。
「つか世界最高レベルと並んでるじゃねーか。なんだ深愛って。無敵か」
バグっているも同然なリドのステータスで慣れているとはいえ、流石に引くしかない。
今この場に世界最強と言っても過言じゃないリドと、記録上最強のセシリア。エルセレム帝国最高騎士のロベルトが揃っており、下手をすればこの3人だけで国を滅ぼせる状況であった。
「「成長期だから」」
リドとセシリアは揃って同じことを言う。
「成長期で片付けられねーから言ってんだよ!! なんだお前ら、突然変異か!?」
「……は、ははっ」
最近レベルが【4】に上がって自信が付いてきていたエマは、現実を突きつけられ空笑いをするしかない。
そんなエマをセシリアは横目で見ると――
「……ふっ」
――勝ち誇ったように、無表情ながら口元を緩めていた。完全に挑発である。
それにまんまと踊らされるエマ。
「なっ!?」
まるで、「リドと一緒に居たいならわたしを超えてみろ」と言わんばかりのその表情は、エマの闘志に火を付けた。
「……おー怖い怖い」
水面下で勃発している女の争いを見ているロベルトは顔を引き攣らせる。
お茶を飲んでいるリドには全く伝わっていなかった。
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