第72話
「りどー! ほんとにきてくださったのですね!」
展望室の扉を開けさると、夜中なのに元気いっぱいのシャロが飛びついてくる。
衝撃を与えないように受け止めてそのまま室内に入っていく。
城の展望室の天井は吹き抜けとなっており、今にも落ちてきそうな星空が一望できた。
雨天時に閉めるためのものだろう、可動式のガラスもあるが今は開放されている。
最近は雨が少ないから当然と言えば当然だが、今から肉を焼くのでありがたかった。これもヨルの計算の一部かもしれないが。
オレがシャロの相手をしている間に、ヨルは隠していたバーベキューグリルなどをセットしていく。
「なんでオレが来ると知ってたんだ?」
「ディナーの時にカーラに教えてもらったんですの。りどがここにくるかもしれないと」
シャロの言葉に「そうか」と返しつつも、頭に浮かぶのはあの男だ。
そもそもカーラが今回の件を知っているわけがない。伝えたのは十中八九あいつだろう。
つまりあの男は城の関係者ということになる。
そこまで考えてオレは思考を断ち切った。
これ以上分からない情報だけで考えても無駄だろう。
そこで、ヨルが焼いていた肉の香りが鼻に届く。
相当いい肉なのか、煙ですら味があるように感じる。
シャロもくんくんと鼻を鳴らしながらヨルの方を見ていた。
「シャロは肉が好きか?」
「大好きですの!」
一切の間もなく、シャロは応える。
「なら、好きなだけ食え」
シャロを膝の上に乗せながらグリルと向き合う。
もうそろそろ肉が焼ける。
ソースがないのが残念だが、塩だけで我慢しよう。
そんな時だった。突如展望室の扉が開いて、オレとヨルはそちらに視線を向けた。
「やはり調理室に忍び込んだのはお前らか。ヨル、リド」
「あっ、リリさん」
扉の前に立っているリリさんを見て、少し気まずそうにしているヨル。
食材管理をしている料理長には今回の肉の件は筒抜けだったのだろう。
少し呆れた様子でリリさんは中に入ってくる。
「なに、怒るつもりはない。私も混ぜろ」
そう言って手に持っていた袋を渡してくる。
何か重たいものが複数入っているようで、落とさないように気を付けながら開封していく。
すると中からソースのようなものと酒の入ったボトルが出てきた。
「それは差し入れだ。リド、君はイケる口か?」
そう言って口元で何かを飲むようなジェスチャーをするリリさん。
「あぁ。嫌いじゃねぇ」
「ふっ、それはいい。ヨルは酒には付き合えんからな。これは卸先から貰ったものだが、相当良いものらしい。折角だから一緒に空けよう」
横に座って酒の準備を始めるリリさんは、昼に食堂で見た凛々しい料理長の貫禄があまりなく、どちらかと言えばガサツそうな年上のお姉さんという感じだ。
ヨルが懐く気持ちもなんとなくわかった。
「あ……、うぅ……」
シャロがどことなく居所がなさそうに、チラチラとリリさんを見ている。
その視線にリリさんも気がつき、軽く微笑んでから袋の中を漁った。
その中からボトルをもう一つ取り出すと、グラスに入れてシャロに渡す。
ブドウの香りが強いが、酒の匂いは一切しない。恐らくただのブドウジュースだ。
「シャロ様。お昼にもお会いしましたが、料理長を務めさせていただいているリリと申します。以後お見知り置きを」
敬語で接するリリさんに、やはりシャロは「う、うんですの」としか答えない。
恐らくだが、大人が怖いのだろう。
「シャロ、なんか貰ったらここではなんていうんだ?」
「ぁ、ありがとうですの!」
「おう。だったらリリさんに言わねぇとな」
そう言ってシャロの背中を軽く押してリリさんに向き合わせる。
本来ならカーラの仕事かもしれないが、いないのであらば代わりを務めるしかない。
「リリさん、ありがとうですの!」
花の咲くような笑顔を向けられ、リリさんは胸を抑えた。
ふるふると震えたあと、シャロに抱きつく。
「やはり辛抱ならんっ! 前々から思っていたが愛らしすぎるっ! 不敬でも構うものか」
頭を撫で回されて、人形のように固まっていたシャロだが、自分に害がなく、かつ上部だけで付き合う人間はないということが理解できたのか、すぐに打ち解けて仲良くなっている。
そんな二人を見ながら酒をあおる。
酒とは別の何かがあるかのように、胸は温かくなった。
「出来ましたよ! お肉です! 食べ放題!」
大量に焼いた肉をヨルは皿に乗せて出してくる。
それにステーキソースをかけてフォークで差して口に運ぶ。
「うっっめっ! なんじゃこりゃ! うますぎんだろ!」
「リド、下品。あ、ほら! シャロ様も真似してる。ダメな大人代表」
溶けそうな顔で「おいしいですの!」と頬をパンパンにして笑うシャロを見て、ヨルはぷんすかと怒ったふりをしている。
だがやはり振りだけのようで、すぐに口元は緩んでいた。
リリさんは豪快に笑いながら酒を飲んで肉を食って……まるで話に聞く海賊のようだった。
星空の灯に照らされて、オレ達は笑って夜を過ごした。
学園に行ったばかりの時は、星空を見上げて夜を思い出した日があった。
夜は危険で、敵が襲ってくる。
女が一人で歩くことはできない。
だが、今はこの夜が終わらなければ良いのにと思える。
シャロのようなか弱い少女も楽しげに笑える、そんな夜。
生まれて初めて、こんな日々を守りたいと思えた。
「シャロはずっとこの日をわすれないですの!」
笑顔を浮かべるこの少女が笑える世界を守りたい。
仲間たちが、セシリアが、エマが、アリシアが心から笑顔を浮かべる世界を守りたい。
そして、また夏にでもみんなでバーベキューをしたい。
酒のせいもあるのか、そんなことを考えていた。
どれだけ飲んでも酔わない体質だと思っていたが、生まれて初めて酔いという感覚を感じる。
そんな感じでオレたちの夜は、休息日はあっという間に更けて行った。
翌日、痛む頭を抑えて馬車に乗り込んだオレは、リリさんが作ってくれた弁当を持って、シャロとヨルに見送られながら学園へと向かった。
次はどんなことがあるのか、楽しみで仕方がない。
「ふぁーあ。良い肉だった」
蒼天の空を見上げて、オレはあくびを噛み殺しながらつぶやく。
今日の陽は暖かかった。
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