第70話
深夜、皆が寝静まった頃、約束通り部屋にヨルが来たので、自室を後にした。誰もいない廊下を足音を立てないように気を付けながら二人で進んでいく。
階段までたどり着いたときに、ヨルは展望室を目指して上に進もうとしたが、オレは下の階に向けて進む。
ヨルが首をひねってオレの背中に声をかけてきた。
「リド、どこに行く気か。方向音痴も大概にしてください」
「焼肉するならタレがいるだろ。前にステーキで出てきたタレがあればもっと旨くなる。ちょっと調理室から持ってくるわ」
「調理室は鍵が掛かってるってリドも言ってたじゃないですか。今の時間は入れません」
「まぁ黙ってついてこい」
そんな感じで言葉巧みにヨルを先導して調理室に向かった。
真っ暗な廊下の中で、オレはポケットを探る。
「ちゃららちゃっちゃらー開錠キット~」
「アホになったんですか?」
「……」
軽くぼけたのに悲し気な目を向けられた。
滑ったネタに言葉を重ねてもいいことはないため、相棒のピンセットを取り出して鍵穴に差し込む。
「何してるか?」
「どこでも開錠キットで頑固な鍵も……、ほらこの通り」
ものの数秒で鍵を解除したオレを見て、ヨルは驚いたような顔をしていた。
「リドはまともな育ちをしていないとは思ってますが、そんな技術どこで学んだか?」
「学校の先生に教えてもらったんだよ」
サッとポケットにツールをしまったオレを見て、ヨルは深く言及しようとはせず「ふむ」とだけ口にした。
こういう所は本当に楽だ。自分の身をわきまえている。
オレ達はもう一度周囲を確認してから食堂に入った。
食堂の中は静まり返っていた。普段人の活気がある場所が静まり返っていると、少しだけ気が張り詰めるような気分になる。
気配を消して調理室へと続く扉を開こうとノブを捻るが、
「まて、人の気配だ」
ドアの向こうに人の呼吸音を感じて、小声でヨルに告げる。
ヨルは一度頷いてから、更に気配を消して壁に張り付いた。こいつの天職は暗殺者とかだと思う。オレでも気配が掴みきれなくなった。
「だれだ?」
ドアの向こうの主人も気がついたのか、こちらに近寄ってくるような足跡が聞こえる。
まずいな。
ドアノブを気づかれないように元に戻し、天井の木の柱までジャンプして気配を殺す。
次の瞬間にはドアが開いて、周囲を確認しているリリさんの姿が目に入る。
リリさんは一度周囲に視線を回すが、誰の気配も掴めなかったのか、軽く息を吐き出してから眉根を揉む。
「……気のせいか。少し集中しすぎていたかな」
そう言って元に戻っていく。
危なかった。あと少し動くのが遅ければバレていた。
しかしこんな時間まで一体何をしているのだろうか。
料理長といえど、こんな時間から仕込みをするわけがない。
地面に降りてからドアに耳を当てて集中すると、何かを煮込むような音が聞こえる。味をしたのか「これはいけるな」などと呟いていた。
どうやら何かを試作しているようだ。
「ヨル。流石にこのまま侵入するのは無理だな。諦めて上に向かうぞ」
そう後ろに声をかけると、急に存在感を醸し出してヨルが背後に現れる。
「とんだ無駄足です。早くお肉食べたいのに」
「まぁ待て。オレ達の肉は逃げない。こんなこともあろうかと、塩を盗んできたから大丈夫だ」
「抜け目ない……、まぁいいです。早く展望室に向かいましょう」
先に食堂の入り口に向かうヨルは心なしか足取りが軽く、ルンルンしていた。
そんな背中にオレが告げた一言で、ヨルは一瞬で固まる。
「あぁ。だがその前にシャロの部屋に向かうぞ」
「正気ですか? シャロ様には警備がついてます。そんな簡単に連れ出せない」
「オレに任せろ。誘拐は得意分野だ」
「……人でなし」
ポーズを決めてキリッと告げたオレへヨルは非国民を見るような目を向けてきたが、気にしないことにした。
そんな問答を経て、食堂を後にした。
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