第69話


 自室で本を読んで過ごしていたら、いつの間にか外が暗くなっていた。

 文字が読めなくなってきたため、読書を中断して夕飯を食べに食堂へ出向いた。

 

「お疲れ様です」

 

 珍しくヨルの姿がない食堂の入り口に違和感を感じながらも通過して夕飯にありつく。

 今夜の夕飯は豆の炒め物だった。昼に続いて夜も豆だと少しばかり気が滅入る。ヨルからもらったジャーキーのおかげ何とか発狂することは防げているが、他の者たちはたまったものではないだろう。

 特に騎士なんて連中は日々訓練ばかりしている。

 肉がなければ筋力がつかないと思うが、耳を澄ましても不平不満の声は周りからは聞こえてこない。

 お上の支給品にケチをつけるような人間はいないようだ。

 

 ――俺は別だがな。

 

 俺は近くで配膳を行なっているメイドの後ろ姿に声をかける。

 

「おい、えっちゃん。こっちだ。こっちにこい」

 

 どこから声がするんだろー? とでも言いたげに、キョロキョロと周りを見ているえっちゃんに手を振って呼びつける。

 

「あっ、リドさまー。おつかれさまですー」

 

 鈍臭そうなゆっくりした声でこちらに近寄ってくるヨルの友人えっちゃん。そんなえっちゃんに皿を見るように手で促す。

 

「なんでここ二日、飯が豆ばっかなんだ?」

 

 そう聞くとえっちゃんは少し困った顔をする。

 

「それですかー? なんでもー元老院の方々が節約しろって言い出したみたいでしてー。お肉がないんですよー」

 

「ここは城だろ? 国の中心なら一番節約する必要がないだろ」

 

「そうなんですけどー。あ、ヨルちゃんならもっと詳しく知ってるかもですー。今日買い出しに行ってるのでー」

 

 えっちゃんは逃げるようにして去っていった。クレーム受付は面倒なのだろう。

 

「やれやれ」

 

 これ以上文句を言っても仕方ない。さっさと食べて食堂を後にしようと決める。

 

 ふと、野菜が嫌いそうなシャロはしょんぼりしているだろうな。

 そんな考えが頭をよぎった。

 そもそもシャロがどういう立場で城にいるか知らないし、カーラに頼んでも中々会うことはできないだろう。

 周りの反応的にアリシアほどではないが相応に高貴な人物だと予想している。

 あっさりとした味気ない夕飯を腹の中に詰め込んで、オレは食堂を後にした。

 

「ん? あれは……」


 食堂からの帰り道、二階に上がったところで見慣れた人物が、何かを大事そうに抱えて倉庫に消えていくのを発見して後を付ける。

 ヨルは異様に周りを気にしている様子だったので、気になったからだ。決してスカートをめくろうとか、仕事の邪魔をしようなんて思っていない。本当だ。

 

 気配を消して倉庫に入ると、ヨルは目立たない場所に何か袋に包まれたものを隠していた。

 中を確認したいが、隠れているとそれも難しい。

 せめて脅かしてやろうと背後にひっそりと忍び寄る。あと少しで手が触れるという所で、ヨルはビクンと体を震わせて背後のオレに声をかけてくる。

 

「むむ、この邪気は……ロリコン騎士っ!?」


「オレのあだ名のボキャブラリー日に日に増えていくな。淫乱メイド」


「なんの用ですか。私は今いそがしい」


 そう言いながら何かをしまった場所を隠すように背中側に持っていきながら、ヨルはふしゃーっとアリクイのようなポーズで威嚇してくる。全く威圧感はなかった。

 そんなヨルに視線を送りながら問いかける。

 

「何を隠してたんだ?」

 

「何も隠してない。お肉なんてなにも」

 

「ほう、肉だと?」

 

 オレの指摘に「しまった」と口にしたヨルは、アリクイポーズからザンギエフポーズに変えて威圧してくる。たぶん投げ技は使えない。

 ヨル@戦闘モードと化したが、やはり威圧感は皆無だった。

 現在食肉不足のこの城の中で、肉を持っているものがいれば殺し合いが始まってもおかしくないだろう。少なくとも、ヨルを失神させても肉が欲しい。

 

「なんの肉だ? どこで手に入れた?」

 

「……お肉中毒のリドにバレるとは、我ながら浮かれていたようです。バレたのなら仕方ありません」

 

 そう言ってヨルは後ろを振り向いて袋のようなものを取り出す。

 

「お肉屋のおっちゃんがお駄賃代わりにくれました。良い部位なので干し肉にして一人で食べようと思ったのですが、仕方ない。リドにもカケラくらいはあげます」

 

 2、3人分はあろうかという肉の塊が布に包まれており、軽く見ただけでも良い肉だとわかる。前に買い出しに行ってから肉屋の親父に気に入られているヨルだからこそ入手できた代物のようだ。

 軽く霜が降りている上質な肉は、このままかぶりついても腹をこわすことはないだけの鮮度を持っていた。ごくり。

 

「業務上横領をカーラに話してほしくなければ、わかってるな?」

 

 本来は買い出しの途中に貰ったものでも城に献上するのは当然だ。それを隠したヨルのことをカーラに告げ口すれば、恐らく説教くらいは食らうはずだ。体裁上まじめなメイドを演じるヨルにとってそれは避けたいことだろう。

 オレの言葉にヨルは少しだけたじろいて交渉をしてきた。

 

「ぐぅ……、1ブロック……いえ、三分の一でどうですか?」

 

「半分」

 

 譲歩をする気のない確固たる声音で告げたオレの言葉に、ヨルは少し肩を落としてから頷いた。

 

「仕方ありませんね……内緒ですよ?」

 

「当たり前だ。ところで、オマエはこの肉をどうやって食べる予定だったんだ? 肉を焼く設備なんて食堂くらいしかないだろ」

 

 普段調理場には料理人たちがいる。隠れて肉を調理するには、城に火が灯っている間は厳しいだろう。

 オレが城に来てすぐ、春前あたりから夜の調理場には基本的に鍵が掛かっている。食料を盗むものなどこの城にはいないはずなのに、なぜか食料(主に肉)がなくなることが増えたのだ。不思議だなー。

 よって、一般職のメイドであるヨルが調理場に侵入するのは不可能に近い。

 

「リドのお部屋に鉄板と炭を持って行って焼こうかと」

 

「大惨事になるわ」

 

 もしバレれば厳重注意だけでは済まないだろう。部屋の窓から肉の焼ける匂いと煙が噴き出すだけならまだいいが、廊下にまで広がればメイドやら騎士たちがすっ飛んでくる。

 

「やはり無理がありましたか。リドなら何かあっても、またか、で済むかと思ってました」

 

「問題児みたいに言うな。オレほど真面目な人間が部屋で肉を焼くわけがないだろ」

 

「……そうですね」

 

 一拍置いてから頷いたヨルの目は死んでいる。まるでオレを信用していないような目だった。

 城の中で一番関わりがある人物は誰かと言われたら、アリシア達を抜けばヨルがトップに君臨するだろうが、どうにもまだまだ信用を得られていないようだ。いや、逆に信用されているのかもしれない。

 

「まぁ、冗談です。本当は今日、夜に展望室で焼肉でもしようと思ってました。あとで迎えに行きます」

 

 そう言ってヨルはまだ仕事が残っていたのか、そそくさとその場を後にしていった。

 肉が焼けるところを想像して腹が鳴る。

 俺も部屋を後にしようと決めたが、ふとシャロの顔が頭に浮かんだ。

 

「どうせなら誘うか」

 

 そう決めて、ヨルの仕事が終わるまで自室で待機することに決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る