第68話
昼食の時間になったこともあり、メイド業務で離れたヨルを見送った後、オレはシャロを肩車しながら食堂に向かっていた。
初めての肩車で大はしゃぎしているシャロを落とさないように足をガッチリホールドして歩く。
城の中に入り、廊下を進んでいくと、これから食事に向かう使用人や騎士達の姿が目に入る。
普段なら目があっても無視されるか、目があった途端舌打ちをされる程度の知名度を誇っているオレだが、今日に限っては別だった。
肩車をしながら歩くオレに神々しさでも感じているかのように、人と目が合うたび、地面に片膝をついて道を譲ってくれる。何があった。
そうか。騎士団戦だ。
騎士団戦で活躍したからこんな扱いをされているのかもしれない。神にでもなった気分だ。
視線の先はオレの上にいっているような気がするが、たぶんオレがすごいからだ。
そんな能天気なことを考えながら食堂に向かっていく。
シャロはご飯の匂いが漂ってきている為か、ぐぅ〜とお腹を鳴らす。
「は、はずかしいですのっ」
「フッ。恥ずかしいことあるか、元気な証拠だ」
そう言っている間にオレの腹も鳴り出し、シャロと笑い合う。
まだ出会ってから1刻ちょっとくらいしか経っていないが、シャロは既に妹みたいに感じる。
愛嬌があり、甘え上手な面もあるので将来が楽しみだ。
そんなこんなで食堂の前にたどり着いて、メイド達の挨拶を受け流していく。
「リド、シャロ様連れてきたの?」
「あぁ。どこの家の子かはしらねぇが、貴族の娘かなんかだろ? 流石に飯くらい食わせねぇとな」
「どこの家の子ってシャロ様は………いい。シャロ様は普段別の食堂で食べてる」
「そういうのは先に言えよ」
何か言いかけたヨルだったが、オレの顔を見た後に言葉を封じた。
よくわからないが、シャロのご飯が用意されているのはオレが使っている食堂ではないらしい。
聞けば1階の端にあるこの食堂から、5階の食堂まで歩かなければならないらしい。さすがに面倒だ。
「シャロ。オマエの飯ここにはないらしいけど、どうする? 別々で食うか?」
「やっ! りどと食べるのっ!」
はなさない! とでも言いたげにガシッと頭に抱きつくシャロ。服が目に入って地味に痛い。
目を塞がれた状態でヨルの方へ体を向ける。
「ここにはシャロの飯ないのか?」
「ふむ……ちょっとここで待ってて、リリさんに聞いてくる」
リリさんとは料理長のことらしい。
ついこの前までいじめられていたというのに、いつのまにか仲良くなっているヨル。
聞けば、いじめを受けていた頃から料理長だけは何かと都合して助けてくれていたらしい。
食事を摂らせてもらえない時などにもう一つ用意してくれたり、携帯食を持たせてくれたり。
あいにくと面識はまだないが、出来た人物なのだろう。
そんなことを考えながら、シャロに髪を弄ばれること数分。ヨルは足音を立てず走りながらオレ達の元に戻ってきた。
「リド、シャロ様。お席のご用意ができました。ご案内いたします」
仕事モードに切り替えた様子のヨルは、目を伏せながら先を歩き出した。
急にどうした? と思うが、食堂内に入ったことで態度を変えた理由がわかる。
中にいた騎士や元老院の連中が、一斉にこちらに視線を向けていた。
シャロが思わず「ふぇっ」っと臆したような声を出して俺の頭にへばりつく。
「何見てんだコラ。ウチの子がビビってんだろうが、あぁ?」
反射的にそう威圧すると、途端に視線を外す。本当になんなんだ今日は。
周りからは噂話をするように「なぜシャロ様がこのような場所に……?」「シャロ様のお相手をしているのはエディッサか?」「ヤツばかりなぜ……」などと聞こえてくるが無視してヨルの後を追う。
周りを威圧して歩くオレを先を行くヨルがゲシゲシと蹴ってくる。
そんなことをしているうちに一番景色のいい席に案内された。VIP用か何かなのか、あまり普段から使われている形跡はない。
先にたどり着いたヨルが椅子を下げて待機しており、ヨルの同僚のえっちゃんも反対側で椅子を下げて待っていた。
机には2席しか用意されておらず、どうやらオレとシャロの分だろう。
シャロを地面に下ろしてヨルが引いてくれた椅子に腰掛ける。シャロもそのまま反対側へ……行くかと思ったが、オレの膝の上に座ってくる。
まぁいいか。
えっちゃんは少しショックを受けながら椅子を戻した。
「シャロ様。本日は使用人食堂でお食事を召し上がるとお伺いしましたが、本当でしょうか?」
いつの間にか横に来ていたコック服を着た女性がシャロ、つまりオレの方を見て問いかける。
「ぅ、うん……ですのっ」
人が怖いのか、先ほどから常にオレの服を掴んでいるシャロは、目を合わせないようにしながらそう答えた。
「すぐにお持ち致します。リド。君の分もな」
突然そう声をかけられて、頭を捻る。
妙に親しげだが面識はないはずだ。
「……ん? あぁ、そうか。ヨルから話をよく聞いていたが、私のことは知らないよな。私はリリィ・エンペルゲン。ここで料理長をしてる」
どうやら件の料理長らしい。
「あぁ、あんたがリリさんか。よろしく頼む」
「あまりヨルをいじめてくれるなよ?」
そう言って快活に笑いながら食堂の方へ戻って行った。配膳でもしてくるのだろう。
それにしても失礼なヤツだ。オレがヨルをいじめているわけがないだろう。普段どんな嘘を吹き込んでいるのか気になる。
そう思ってヨルに視線を向ければ、
「シャロ様。これあげますヨルちゃんばっちです」
「うわぁ! ありがとうヨルちゃん!」
卑怯な手でシャロを懐柔していた。
この場で一番立場が上であろうシャロに気に入られることで、オレからの攻撃を避ける腹づもりのようだ。こざかしいヤツめ。
シャロは膝の上でるんるんと跳ねている。よほどヨルからのプレゼントが嬉しかったのだろう。
ふふんっとドヤ顔を浮かべるヨルに呆れ混じりのため息を吐いた。
悪態の一つでもついてやろうかと思ったが、リリさんが料理を片手に顔を出してテーブルに並べていく。
「お待たせいたしました。本日の昼食はレンズ豆と野鳥の肉を煮込んだスープと、修道院の皆様から頂いた白パンです。デザートにタルトがございます」
一個一個説明しながら料理を置いていく。
シャロはそれをぼーっと見ながら姿勢を正していた。恐らく内容の半分も理解していないだろうに真面目なヤツだ。
今日の昼食は野菜や豆を中心としたものだ。どうやら城下町の農家や修道院への扶養の一環で大量購入したものを使っているらしい。
エルセレム帝国の名産は野菜を中心とした農作物が多いので、城に献上されるものは自然とそういうものも多くなる。
国の中核である城の食事であってもそこまで豪勢ではないのだ。
シャロは少し残念そうに肩を落としている。
幼い子供なのだから好き嫌いは多いだろう。オレだって野菜より肉の方が良い。
「では、ごゆっくりお楽しみください」
皿を並べ終えたリリさんは裏に消えて行った。
残ったのは食事と周囲の好奇を含んだ視線だけ。
「じゃあ食うか」
「は、はいですのっ」
シャロと二人で昼食をつつく。普通に美味い料理を食べ進める。
料理長の腕がいいからか、野菜好きなものにとっては至高の美味しさではあると思うが、オレ達お子様舌にはイマイチ良さはわからなかった。
「わたくし、こういうところでご飯食べるのはじめてですのっ! 楽しいですのっ!」
味はともかく、雰囲気は楽しいのか、シャロはニコニコしながら食べている。厳しく育ったのか、膝の上でも食べ方は非常に綺麗だった。オレとは大違いだ。
二人で食べ進めていき、料理はみるみる消えて行っ
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