第67話
ヨルに案内されるまま、皇城内の裏門方面にある中庭へときていた。
中庭には散歩でよく来るが、実は地味に気に入っているスポットである。
誰が管理しているのかは知らないが、舗装された道を囲むようにして満開の花が並んでおり、花畑のような印象を受ける。
中庭の中心にある噴水付近のベンチに座って、暖かい朝方などぼーっとしている。食事やら読書やら睡眠やらヨルの相手やら多忙なオレを唯一癒してくれるのがここの花なのだ。
しばらく進んでいくと、少し離れた位置にある花壇前で座り込むメイドの姿があった。
髪色や体格などですぐにカーラだと気が付く。
すごいな。メイド同士は互いの場所を把握する力でもあるのだろうか。
向こうも近づく人影に気が付いたのか、こちらに視線を向けて立ち上がった。
「リド様、おはようございます。ヨル、来ていただけたのですね」
きれいな一礼でオレ達を出迎えてくれるカーラだが、何故か膝らへんが少し泥で汚れている。
朝方に花壇の手入れをしているのはみかけるが、今もしていたのだろうか。
「お疲れ様です、メイド長。助っ人を連れてきました」
そう言って仕事モードで頭を下げるヨル。
そのままずずいっとオレを押し出して後ろに控えた。
「よう、カーラ。仕方ねぇから喜んできてやったぞ」
「喜んで……? ふふっ、嘘がお上手ですね」
最初こそ全裸から知り合ったカーラという真面目なメイド長だったが、読書仲間となってから歯に衣着せない同年代の女友達のようになっている。
この関係が気に入ってはいるが、そのせいでメイド全般に舐められているように感じるが、まぁ放っておいてもいいだろう。
前など、恐らく入ったばかりのメイドだろう『えっちゃん』という少女に、ヨルの入れ知恵もあって洗濯干しを手伝わされたくらいには舐められている。今度そいつのスカートの中にカエルでも投げ入れてやろうと計画中だ。
「それはオレの唯一誇れることの一つだが、面倒な仕事をきっぱり断る男らしさもオレの良いところだ。それで? なんの用だよ」
「お二人にこんなことを頼むのは申し訳ないのですが、少し見ていて欲しいお方がいます。私は今から所用で外出するのですが、この時間は護衛の方も衛兵の方も手が空いていないようですので……」
一応申し訳なさそうな顔を浮かべてそう口にするカーラだが、言外に今城の中で一番暇なのはオレだろうと思っているようだ。失礼なやつめ、読書とか忙しいんだぞ。
だがまぁ、お方という言葉を使った以上、貴族か何かだろう。
衛兵は昨日の騎士団戦の詳細を聞きたい記者などを追い払うのに必死になっているし、護衛を務められそうな騎士は訓練に汗を流している。
そんな奴らよりも、仮にも皇帝を守る暇な騎士(笑)であるオレを選ぶのは賢い選択と言える。
「やれやれ、まぁヨルの相手よりは楽そうだ。仕方ねぇから引き受けてやる。そいつはどこだ?」
「ありがとうございます。あちらでコチラを見ている愛らしいお方です」
そう言ってカーラは花壇の方を指し示す。
ここは陽当たりが良い為か、花壇にはピークよりも早めに蕾がかった向日葵が立ち並んでいる。一瞬何を言ってるんだコイツは。と思うが、ヨルと違ってこんなしょうもない絡みをしてくる女ではない。
先ほどからチラチラと金色のもふもふした何かが視界の隅に映っており、犬か花の精霊か何かだと思ってあえて無視していた。
カーラに声を掛けられた金色のもふもふは、一度ビクッと身体をこわばらせたが、向日葵の隙間からひょこっと顔を出してコチラを見てくる。
「シャロ様。こちらはアリシア様の護衛をしてくださっているリド・エディッサ様です」
「ぅ……、あうぅ……」
オレの顔を見て、少し怖がっているような素振りで一度向日葵に隠れるシャロとかいう幼女。
後ろに控えるように立つ真面目モードのヨルが、軽く蹴りを足に叩き込んでくる。
どうやら上から見下ろしているのが怖いと忠告しているようだ。
「……はぁ」
このままでは埒が開かない。ヨルに指示されるがまま石畳に膝をつける。
そんなオレを見てカーラは優しく微笑んだ後、幼女に話しかける。
「リド様はお優しい方ですので、大丈夫ですよ。ちゃんとご挨拶出来ますか?」
「ぅ……、で、できますの……」
そう言ってゆっくりと花壇から姿を現した金色のもふもふは、そのままカーラの後ろに隠れてスカートを握っている。
恐らく相当高貴なお方のようだ。
男という存在に対する恐怖が強いように見える。
この歳でここまで男を警戒するのは、虐待を受けてきた子供か、父親がいない環境で育った子供くらいだろう。
ひまわりからカーラの後ろへ移動してこちらを覗き込んでくる幼女は、小さな声で、顔を真っ赤にして視線を泳がせながらオレに言葉を向けてくる。
「しゃろは、しゃろといいますの」
「オレはリドだ。よろしくな」
子供に対する接し方などまるでわからないが、オレはシャロに向けて手を差し出す。
手を出した時に、驚いて一時的にカーラの後ろに隠れてしまったが、またしばらくするとチラッとこちらを見て、嬉しそうに目を輝かせる。
「よ、よろしく……、ですの。りど」
やっとカーラの後ろから出てきたシャロという幼女は、おずおずと近寄ってきて、オレの手を取る。
手の感触を確かめるように、弱い力でにぎにぎとしながら三度ほど視線をオレの顔と手を行き来した後、また目を輝かせて頬を染めた。
どうやら気に入られたようだ。
「流石はリド様です。では、お昼過ぎには戻りますので、シャロ様をよろしくお願いいたします」
そう言って、カーラは時計を確認したあと、少し急ぎながら中庭を去っていく。オレ達の到着がかなり遅れたためか時間が差し迫っていたのだろう。
カーラを見送ったあと、シャロの手を取ったまま立ち上がる。
すると後ろから誇らしげな笑い声が聞こえてきた。視線を向けると、ヨルが腰に手を当てて胸を張っている。
「ふっふっふ。やはり私の目は狂っていなかったようです。カーラメイド長にリドを推薦した私すごい」
「黒幕はテメェか。厄介事ばっか押し付けやがって」
確かに考えてみれば、カーラとの会話には少しだけ違和感があった。
俺を呼んでいたと言っていたが、ヨルに待っていたと口にしていた。
つまり、コイツはオレに厄介な仕事を押し付けたのだろう。抜け目のない女だ。
「リドはなんだかんだ子供に好かれると思ってました。頭の出来が同じくらいなので」
「そんなオレに絡み続けるオマエの頭の中身もガキと同レベルだろうよ。そもそも相手しろって何すりゃいいんだ」
正直こんなに小さな子供と長く接したことがない為、どうしていいのかわからない。
下手なことをすれば泣かせてしまうリスクもある。実に面倒だ。
「リドの好きにすればいいと思う。今回の依頼はただの時間潰し」
当たり前ではあるがヨルも付き合ってくれるようなので、シャロを連れて歩き出す。
とりあえず中庭を散歩することに決めた。
下に視線を向ければ、シャロは楽しげに手を繋ぎながらスキップしている。
「シャロは何歳なんだ?」
「6歳ですの!」
繋いだ手とは逆の手を、親指だけ折った状態で出してくる。愛らしい。
「そうか。オレは16歳だ。シャロは普段なにしてんだ?」
完全に懐いた様子のシャロはオレに話しかけられて嬉しそうに笑う。少し考えたような仕草を見せた後、これまたにっこりと笑って応えた。
「かーらと遊んでますの!」
「ほう。そりゃ楽しそうだな。オレもよくカーラに世話してもらってる」
「りどもしゃろと一緒ですの?」
「あぁ。カーラとは本の話で遊んでる」
週末しか皇城には帰ってこないが、2日間帰省のうち、だいたい1回はカーラの仕事の隙間で茶を飲みながら話している。
ショートスリーパーだというカーラは仕事が終わった後にとんでもない速度で本を読んでいるそうで、いつも新作の方を紹介してくれる。
ネタバレを一切しないにも関わらず、興味を惹かれるような言葉選びをするカーラの説明は卑怯なほどオレを本の虫にさせる。
「しゃ、しゃろは、ご本好きじゃないですの……」
意外にも、シャロはそう言って軽く落ち込んでいた。いや、落ち込むというより少しだけ怯えるような仕草だ。
オレがシャロと同い年くらいの頃は、やっと文字を覚えた時期だったこともあり拾ってきた本ばかり読んでいたが、どうやら最近の子供は本を読まないらしい。
「ふむ……、なんで本が嫌いなんだ?」
読書家の端くれとしては、少しばかり寂しい気持ちになる。
オレの質問にシャロは少しだけ辛そうな顔を見せる。
「しゃろは、お姉様とちがって頭がよくないですの。お勉強ができないですの……」
「そうか」
どうやら、シャロには姉がいるようだ。
それはどうでもいいが、どうやら本=勉強という認識らしい。
そりゃ確かに周りに強制されれば子供が嫌がるのは当然だ。
この年頃の子供ならば、同年代の遊んだりする方がよほど楽しいことだろう。本を読んで自分だけの時間に浸るのは、考えてみればまだ少しだけ早いかもしれない。
せっかく知り合えた縁だ。
数刻という時間ではあるが、暇つぶしがてら話でもしてやろう。
ちょうど中庭を一周してところで近くのベンチに腰掛ける。
シャロもその横に座ろうとするが身長が足りないようだ。
「よっと……」
シャロの腰を持って抱き上げると、オレはそのまま自分の膝の上に乗せる。
横からシャロに聞こえないくらいの声量で「ロリコン……」と呟くヨルの声が聞こえたが無視する。
抱き上げられたシャロといえば、初めて男にこんなことをされたのか、一瞬驚いたように身を竦めていたが、次の瞬間には楽しげに笑いながら体重を預けてくる。
歳の離れた妹がいればこんな感じなのだろうか。
セシリアとは兄妹同然で育ったとはいえ、同い年だったからか、こういう触れ合いはあまりしてこなかった。
懐かれて嫌な気分のないため、そのままシャロとのんびり花を眺める。
「りど、あそこのお花は知ってますの? シャロが大好きなお花ですのっ!」
そう言って向日葵を差す。
「アレは向日葵だ。こっちの言葉だとソレイユと言われる夏の花だ」
「ソレイユ……良いお名前ですわ! りどは頭がいいですの」
「頭は良くねぇ。ただ、この前カーラが貸してくれた本にソレイユが出てきたから覚えてた」
「ご本ですの? シャロの読んでるご本には出てこないですの」
不思議そうに顔を上に向けて話してくるシャロ。
「本って言っても、オレが好きなのは娯楽小説だ。そうだな……ソレイユが出てきた本をわかりやすく話してやろう」
少しだけ興味を持ってくれている様子のシャロに、オレは本の話を始める。
一人の女神が天界から誤って落ちてきてしまう。
なんの因果かソレイユに魂が入ってしまった女神は、空を見上げた。
そこには陽の神と呼ばれる恋人の象徴でもあった太陽があった。
天界には太陽がないことの珍しさや、恋しさもあって、その女神は毎日ずっと太陽を見ていた。
蕾のうちは毎日見ることができたが、花が開いていくたびに段々と視力が無くなっていくように感じ始めた。
まだ、まだ太陽を見ていたい。
あの美しい光を見ていたい。
愛おしいあの人の暖かさを感じていたい。
だが、日を追うごとに、女神の目は色を失っていく。
しばらくして、何も見えなくなった女神は、ひたすら日が昇る東を見続ける。
陽の神である恋人が、やっと女神を見つけて助けに来た時には枯れる寸前だった。
慌ててソレイユから魂を引き出して救出すると、その女神は言った。
「下界でも、ずっと貴方がくるのを待っておりましたわ」
いつまでも待ち続けた慈悲深い女神の物語。
「噛み砕いたが、こんな感じの話だ」
小説の話を終えて、シャロの顔を見下ろす。
少しでも興味を持ってくれるといいな。とそんな気持ちで始めた話だったが、どうやら成功だったようだ。
目をキラキラと輝かせて、ソレイユを見ている。
「あのソレイユにも、女神さまがいらっしゃるのかしらっ!」
膝の上でぴょんぴょんとはしゃぎながらそう言うシャロの頭を撫でて落ち着ける。
「フッ。どうだろうな。だが今ソレイユ達はシャロを見ている。女神が入ってたとしたら、シャロが太陽みたいに見えてんじゃねぇか?」
ちょうど太陽が背中側だったこともあり、向日葵達はこちらに蕾を向けている。
思わず口説き文句みたいになってしまったが、喜んでいるシャロを見て杞憂かと考える。
ヨルはジト目で「もう少しシャロさまの歳が言ってたら恋に落ちてた。罪深い……」などと言ってきたが無視する。
「うれしいですのっ! シャロはお日様みたいにずっと元気でいますのっ!」
ソレイユに向けてそんなことを元気いっぱいに大声で伝えるシャロ。
落ちないように身体を支えながら、しばらくベンチでソレイユを見ながら過ごした。
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