Chapter2 閑話休題
第66話 閑話休題
騎士団戦も無事終わりを迎えたが、次の日は全員、疲労からなる倦怠感によって一日を無駄にした。
しかし満足感だけは凄まじく、気持ちのいい疲労感と達成感に包まれながら十分な休息を取ることはできた。
帰りの馬車は行きに乗った人数よりも2人増え、折角だからとアリシアの厚意に甘えるようにして、モーリスとジェシカは皇城に泊まることになった。
軽い祝勝会を行なって、上質なベッドで眠ったおかげか、次の日には気持ちの良い笑顔を浮かべて学園へと戻っていった。
ココは銃の調整がしたいとのことで、そのまま学校のラボにエリスと向かっていき、早々に現地解散となった。
残りのメンバーで軽く食事を嗜んだが、さすがに疲労が濃く、慣れない馬車での酔いもあったために、セシリアを伴って自室に戻ってベットに倒れこんだ。
朝に目を覚ました時はエンハンスの影響で少し体がだるいくらいで問題はなかったのだが、安心しきったように横で眠り続けるセシリアがいたこともあって、騒ぐことなく自室で過ごした。
久しぶりに再会したとはいえ、飯を食うにも散歩に行くにもついて回るので、正直多少なり鬱陶しさを感じ始めていた。たが無理やり突き放しても余計に面倒だろう。何より時間だけはある。
騎士団戦に参加したメンバーは学園から特別に代休をもらっていることもあり、まだゆっくりできるだけマシだ。
次の日、学園の編入手続きでアリシアとエマを伴ったセシリアは、朝も早い時間から馬車で出かけて行った。「リドもきて」などと駄々をこねていたが、休みの日に学園に行くほど暇なオレではない。華麗に口車に乗せてセシリアを学園へと追い払った。一人の時間は大切なのである。
彼女らはそのまま学園に泊まるということで、なんとか今日一日は一人でゆっくりできることとなった。
朝食を取り終わった後、休日を謳歌する貴族のような清々しい気持ちで自室のソファーで読書を始める。
時刻は朝と昼のちょうど中間くらいだろう。開け放った窓から騎士たちが訓練をする掛け声が、落ち着きだした頃、自室の扉が人知れずゆっくりと開いていく。
扉の隙間からひょこっと顔を出した少女の姿を横目で確認して、相変わらず暇な奴だ。と再度本に視線を落とした。
無視したことを歓迎されたとでも考えたのか、そのメイドの少女はそのまま入室してくる。
「あっ、お城に女連れ込んでる男だ」
「人聞きが悪いことを言うな発情メイド。そもそもセシリアを連れる前から、オマエが入ってきていることも噂になってんだから気にするだけ無駄だ」
ソファーでくつろいでいるオレの姿を確認した後、ヨルは休憩でもするかのようにベッドに腰を落ち着ける。そのままスンスンと鼻をシーツに押し付けて匂いを嗅ぐ。
「最低。私だけじゃ満足できなかったなんて」
「乳臭いオマエだけで満足できるほどオレは子供じゃねぇんだよ」
「失敬な。ムンムンのフェロモン出してる」
無駄に乳を寄せたようなポーズをこちらに向けてくるが、長く見ても面白いものでもないので、すぐに視線を本に戻す。
「ふーん。どのへんからだ?」
「θ‥@※Дから」
「せめて人の言葉で話せ……」
相変わらず頭がバグってるやつだ。ぶっちぎりでイカレている。恐ろしくて仕方がない。
だがまあ、騎士団戦ではエマの治療を担当したり、謎に闇落ちしていたジェシカのメンタルカウンセリングに努めたりと、色々大変だったと聞く。
いつもよりも少しだけ優しくしてやろうと寛大なオレは思ったり思わなかったり、思わなかったりしている。
「そういえば聞きました。騎士団戦では大活躍で名誉騎士様になったと」
「名誉騎士ってのがいまいちよくわかんねぇけど。多分オマエよりは偉くなったぜ」
ほれ、敬えよ。と言わんばかりに鼻で笑うオレの返答に意見でもあるのか、ヨルは訝し気な目をしながら顎に手を当てている。そのまましばしこちらを見つめて頭をひねる。
違和感を覚えるような沈黙が続き、思わず本から視線をヨルに移したところで、ヨルは鼻で笑った。
「……本人に誉もないのに?」
こいつ煽りの天才だな。手がでかけたわ。
メイド服をひん剥いてチューリップにしてやろうかと思ったが、理性でグッと抑え込む。
「ばっかオマエどこに目をつけてんだ。よく見ろよ。褒められるところしかないだろ」
「えー? 例えばー?」
えぇ~ほんとにござるかぁ~? とでも言いたげなムカつく顔を浮かべているヨルにイラっとしながらも、読んでいたページにドッグイヤーを付けて机に本を置く。
オレの褒められる所なんて掃いて捨てる程あるというのに、見る目のない奴だ。
ここらで一度オレの良さを叩き込んでやってもいいかもしれない。頭の緩そうなこの女でも、オレの良さを少しでも理解出来れば、オレを見るたびに嬉ションしてしまう失禁メイドになることだろう。
「まず顔が良いだろ? それから、性格も清いだろ? そもそも金を持っていないから金に困ったことがないし、嘘は得意だ」
「自分で言っててむなしくない?」
むなしい。
自分で言いながら、唯一しっかりそうだと認識できる点は顔が良いくらいだ。そうだよな? そうだな。
「それも怪しい」
「心を読むな」
本当にこいつはなんでもありだな。
余計なことは言わないでおこう。あとが面倒だから。
唐突にヨルが立ち上がって窓に近づいていく。
春ももうすぐ終わりになり、日を追うごとに外の気温が高くなっていく昨今だが、今日は少しばかり冷える。
寒さを感じ始めたのか、ヨルは開け放っていた窓を閉める。几帳面にも施錠をしたところでふと思い出したように「あっ」と口にした。
「そういえばカーラメイド長がリドを呼んでた。早く行って」
カーラが? オレを? 何の用事で? 何のために?
実にめんどうそうだ。時間的に本の貸し出しうんたらでもないだろう。
十中八九厄介なことを持ちかけられるに違いない。これがクッキーを焼いたからお裾分けとかなら喜んで向かうのだが、時間的にそれはないだろう。
考えられる最も可能性の高いものは買い出しの頼みとかだろう。
そういう直感が働いた時は適当な理由を付けて断るのがマストだ。
「生憎だが、今から靴下を片っぽ隠す仕事がはいっている。これは世界を救うために必要なことだから、カーラの予定はキャンセルしておいてくれ」
「私のお気に入りのクマさん靴下を隠したのリドだったか、許すまじ」
「下町を牛耳る変態たちに金貨600枚で売りつけてやったぜ」
「ずるい! 私にも分け前を……いいからはやく準備する」
しょうもないジョークで流そうとしたのだが、急に表情を真顔になったヨルはジト目をむけてくる。ここまで表情を一瞬で変えれるのであれば女優とかやったら大成しそうなもんだ。
「休みくらい休ませろ」
オレのもっともな主張に、しかしヨルはこちらにジト目を向けてくることで反抗する。
「騎士という職業は基本的に休みがないと聞いた」
「それは勘違いだ。オフはオフ。好きにさせろ」
「私が怒られる。だからはやくいく」
抵抗してソファーに寝っ転がるオレの手を引っ張りながら、ヨルは「はやくおきる」と言っているが、そんなことで重い腰を上げるほど軽い男ではない。エディッサの人間は頑固なのだ。たぶん。
「行ってくれるなら、料理長がお肉の破片で作ってくれたおやつ用のジャーキーあげます」
「――それを待っていたんだ」
スタッと立ち上がってヨルからジャーキーを受け取ったオレは、そのまま流れるようにして口に運んでから扉へと向かう。エディッサの家の人間は物によわいのだ。たぶん。
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