第65話


 リドとセシリアは屋台の料理で空腹を満たした後、エルセレム帝国の陣があるテントに向かう。

 

 エルセレム帝国の陣地に入りながら、リドは境遇を淡々と説明していく。

 後について相槌を打っていたセシリアはリドと共にテントを潜った。

 

「おかえりなさいませ、遅かったですがどちらに行かれていたのですか? リドさ……ま? あの、そちらは?」

 

 勝利の美酒ならぬ勝利の紅茶を飲んで盛り上がっている仲間達を見ていたアリシアは、来訪者に気が付き、視線を上げた。

 

「なあ、アリシア。頼みがある」

 

「……え? はい??」

 

 リドの背に隠れるようにしているセシリアに一度視線を向けてから、未だ戸惑っている様子のアリシアに言う。

 

「オレは正式にオマエの側近騎士になってやる。だから、その……住む場所と生活できるだけの金をくれ」

 

「りど……?」

 

 セシリアは瞬時にその意味を理解する。

 自分を犠牲にすることで、リドが守ろうとしてくれていることを。

 

「こいつは……セシリアはオレの家族なんだ。だからこいつが住める場所をくれ」

 

「……っ」

 

 体の内側に熱いものが込み上げてくる感覚をセシリアは覚えた。

 長い間、リドと離れてからずっと心は張りつめていた。

 敵を殺し、上に駆けあがるのが精いっぱいだったセシリアは、数年ぶりに人の優しさに触れたのだ。

 

「……ええ、わかりました」

 

 アリシアは穏やかな表情で、慈しむような微笑を浮かべてしっかりと頷く。

 

「住む場所については何とかします。お金はリド様のお給金、ということで構いませんか?」

 

「あぁ」

 

「シュバリエのお給金は、ひと月に30金貨ですから、生活に不便はしないかと」

 

「30金貨!?」

 

 さらっと口にしたアリシアの言葉を復唱するリド。

 背後でセシリアも目を見開いている。

 金貨3枚で市民の月収くらいあるのだが、それの10倍だ。

 

「そして爵位が与えられますので屋敷を用意いたします。それとは別に、最初の契約金として500金貨ほどを渡させていただきます」

 

「500金貨っ!?」

 

 最高でも銀貨しか見たことのないリドの頭に、どれだけの肉が食えるんだ? と横切る。

 肉どころか、牧場を経営しても余りある大金だ。

 

「……待って」

 

 だが、そんな話に割り込んだのはセシリアだった。

 

「なんでしょうか? えっと、セシリア様?」

 

「その家では、リドと一緒に暮らせるの?」

 

 それはセシリアにとっては一番の問題だった。

 リドが居なければ、どんなにデカい屋敷でも、金があっても意味がない。

 その言葉に、アリシアは困ったように細顎に指を添えて苦笑いを浮かべる。

 

「それは……学園に通ってますので、少々難しいかと……」

 

「なら、わたしもエルセレムの騎士になる。学園に通わせて」

 

「え……っと、その……」

 

 唐突な申し出にアリシアはとうとう頭を抱えた。

 いくら皇帝とはいえ、元老院や宰相であるクリードやロベルト達の決定が無ければ、そこまでのことは出来ない。

 

「学園は、理事長様であるロベルトの決定が必要でして……」

 

「――私なら構いませんよ、アリシア様」

 

 丁度いいタイミングでテントに入ってきた白髪交じりの中年がそう口にする。

 

「用事は済んだのですか? ロベルト、クリード」

 

「ええ、アミリット国王陛下は本国におかえりになりました」

 

 ロベルトの顔は赤く染まっている。酒を飲んで少し酔っているのだろう。

 

「それより、セシリアちゃんだったか? 編入の手続きならしますよ。レベル【7】のウサギ……元アミリット王国副団長が学園に入るのは生徒たちにとっても良い刺激になるでしょうしね」

 

「血塗れ雪兎だよ、ロベール。血塗れ雪兎」

 

 クリードはからかう様にロベルトの言葉を訂正する。

 

「……ま、ともかく、エルセレムにはレベル【5】を超えているの騎士は片手で足りる程度しかいません。貴重な戦力になると進言します」

 

「うん、僕も賛成だね。彼女はまだまだ成長するでしょう。もしかしたらリドくんと共に学ぶことで、同程度まで行くかもしれませんからね」

 

「……わかりました。では、ロベルトは編入の手続きを、クリードは騎士の手続きを進めていただけますか?」

 

 アリシアの言葉に二人は頷く。

 

「なんかよくわからんが、セシリアが学園に来るってことでいいのか?」

 

「はい、そうなります」

 

 簡単に言えば、とアリシアは付け足した。

 

「オレはアリシアの側近騎士になったのか?」

 

「わたくしは今すぐになっていただきたいですが、リド様の本心はどうなのですか? セシリア様の問題が解決しましたが、それでもシュバリエになっていただけますか?」

 

 アリシアの言葉にリドは一拍置く。

 

「……選択権があるなら保留だ。オレにはまだ知らないことが多すぎるからな」

 

 バツが悪そうに頭を掻くリドを見てアリシアは上品に笑った。

 

「では、セシリア様? 女子寮のお部屋はわたくしと同室で構いませんか?」

 

 そして、リドの後ろにいるセシリアを覗き込み、尋ねる。

 

「リドと同室が良い」

 

「えっと、それはもうエマが居るので難しいです……」

 

「エマ、えま……」

 

「いってぇ!?」

 

 急に腕を握る力が強まり、声を出すリド。

 

「誰か呼んだか? ……ん? なんだ、帰っていたのか。遅かったな、リド」

 

「あなたがエマ?」

 

「そうだが……ん? だれだ?」

 

 リドの背中から飛び出たセシリアは、エマと向き合う。

 

「わたしはリドの家族。将来のお嫁さん。だから寮の部屋を変わって」

 

「嫁!? どういうことだリド!」

 

 家族というのは事実ではあるが、とんでもないことを言い放ったセシリアの言葉に、エマは青筋を立てて詰めかかる。

 

「家族だ」

 

「もう籍を入れているということか!?」

 

「……ちげぇよ」

 

 首をカクカク揺らされながら、さらに騒がしい学園生活になる予感を感じ、溜め息を落とすリドだった。


 〇 ● 〇

 

 エマの誤解を解いた後、リド達は円卓を囲みながら戦果や雑談に花を咲かせていた。

 

「そういえば、【フラムサクレ騎士団】はどうするんだい?」

 

 祝勝会もほどほどに、クリードはリドに今後の方針を問う。


「どうするってなんだ?」

 

「ほら、これだけ有名になったからね。エルセレム帝国の宰相としては大々的に広めたいんだけど。団長はリドくんが務めてくれるのかな?」

 

 今回の戦いを見た同盟国関係者はリドくんのことを知ったと思うからね、とクリードは付け足す。

 

「もちろんレベル【9】なんてことは公表できない。とりあえず非公開ということにしておいて、リドくんが率いるアリシア陛下直属の親衛隊という形にしないかい?」

 

 ニコニコしているクリードとは裏腹に、リドは苦々しい顔を浮かべる。

 

「オレはリーダーなんてガラじゃねぇ。歳的にいったら、コビデが団長になればいいんじゃねぇか?」

 

「はぁ!? 今回は特別に参加しただけだぜ? 大体、俺はもう騎士じゃねぇっての」

 

 手をひらひら振りながらお茶を口に含むコビデ。

 

「うーん……でもリドくんの話にも一理あるよ。この際、デュセクくんにも復帰してもらいたいな。元々免罪だしね。アリシア様直轄の親衛隊なら、騎士団とは別の組織となるし、気まずい間柄の人たちとは会わないと思うよ?」

 

 クリードの説得を受けても、コビデはバツが悪そうに頭を掻く。

 

「……アリシア様に仕えるのは光栄なことだと理解はしておりますが、俺は……」

 

「じゃあこうしようか」

 

 クリードはコビデの言葉を遮る。

 

「リドくんが団長。エマが副団長。でも二人とも学業があるから、リドくんの代理でデュセクくん。エマの代理で僕がしばらく引き受けるよ。騎士団の団員は厳正な審査の上で採否を決めようか」

 

「……え? 私が副団長ですか?」

 

 聞き流そうとしたエマが、自身を指さす。

 

「ダメかい? 副団長は言ってしまえば組織の中核だからね。奔放なリドくんを制御できるのはエマくらいじゃないかな?」

 

 確認を取るように周囲を見ると、リドとモーリス以外が頷く。

 

「確かにエマは苦労ジワが多いからな」

 

「ハハッ、その通りだねっ!」

 

「誰のせいだバカモノッ!!」

 

 渾身の鉄拳がリドとモーリスの頭頂部に叩き落とされる。

 その様子を見ていたジェシカたちは楽し気に笑う。クリードも苦笑いを浮かべつつも確信したように頷いた。

 

「ま、まあそういうことで。便宜上は皇帝陛下直属の親衛隊という形でどうでしょうか?」

 

「わたくしは構いませんが、皆さんはよろしいのですか?」

 

 ジェシカやモーリスは光栄だ、と首を縦に振る。ココは興味なさそうにクレープを頬張っているが異論はなさそうだ。エマは額を抑えている。

 

「リド様は……」

 

「セシリアの住む場所が確保できるなら好きにしろ」

 

 仕事は全部コビデに振るが、と付け加える。

 

「分かりました。では、今回の戦いに参加してくださった方々は名誉騎士の称号を与えます」

 

 名誉騎士。

 国の名誉を守った騎士たちに贈られる称号であり、砦などを管理する騎士と同等の権威を持つ騎士を指すものだ。

 

「【フラムサクレ騎士団】も正式に王室保有の物と元老院の方々には説明いたします」

 

 胸に手を当てて、アリシアはしっかりと頷いた。




 王国歴 538年 初春。

 この日に起きた騎士団戦。

 なし崩し的な親衛隊、後の【聖火騎士団】が創立。

 後に世界中が注目し、名が知られることとなる歴史上最高戦力と言われる騎士団が出来上がった。

 誰もが絶望の中、その騎士団の名前を口にした。

 希望を託された英雄達が集う【騎士団】の名を。

 


 2章 騎士団戦 完

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