第64話
アミリット王国の国王から勝利記念の盾と、褒賞を受け取るだけの閉会式という名も凱旋が終わり、リドはアミリット王国のテントを潜った。
中に居た騎士たちからガンを飛ばされるが、無視して目的の人物を探す。
「りど」
「よう、セシリアか。さっきは助かった」
声をかける前に治療を終えた様子のセシリアが、ひょこっと音が鳴りそうな様子で顔を出してこちらに視線を向ける。
どうやらヘルムを被っていないセシリアの顔を見るのはアミリット王国の騎士たちは初めての者も多いようで、頬を朱色に染めてチラチラとみている者も多い。
そんな周囲の様子で居心地を悪そうにしたセシリアがお茶を飲んでいた。
リドとの戦いで破損した重々しい鎧は脱ぎ捨ており、今はインナーの上に軍服のようなものを着ている。
エマと合流する前、たまたま目に入った治癒魔導士達へ預けたため、可愛らしくわずかに頬を膨らませている。
今までずっと顔を隠していたが、今日の騎士団戦で、初めてヘルムを取った。
神聖とも言えるほど整った美しい顔立ちをした女騎士の映像を放映されたため、その人気は爆発的に広がることとなった。
アミリット王国の警備兵が、セシリアを一目見ようと押し寄せる男たちを抑えるのに必死な様子だったのを思い出す。
(まぁオレの家族だから当たり前だがな)
スラムの頃ですら目立っていたセシリアの容姿を今更他人がわーわー言った所で、リドにとってはどうでもいいことだ。
「ウサギの王女は居るか?」
「うさぎ……? 王女様ならあそこにいる、よ?」
国に仕える騎士にも関わらず、主の居所を隠しもしないセシリアは奥の部屋を指す。
「そうか……なあ、セシリア」
「なに?」
奥に進むため踏み出そうとしたリドは足を止めて、お茶を飲んでいるセシリアと向き合う。
「オマエは騎士の生活は楽しくないって言ってたよな?」
エマたちの元へ向かう前、近況報告をしていた時に何気なく問うた質問の答えを確認する。
「そう」
あっさりと肯定したセシリアに、周囲に居た騎士たちがざわっとする。
「今、オレのために全てを捨てられるか?」
「それがりどのためなら」
即答するセシリア。またまた違う意味でざわっとなる。
「また、オレと一緒に暮らしたいか?」
「うん。そのために生きてきたから」
そうか、と素っ気なく答えたリドはセシリアの前から立ち去り、奥の部屋へと歩いていった。
「……?」
残されたセシリアは、何故そんな当然のことを……? と首を傾げるが、すぐに水分補給の作業に戻った。
「――よう、約束を守ってもらいに来たぜ?」
「リ、リド・エディッサ!? 衛兵は何をしているのかしら!?」
急に姿を現したリドに驚愕するが、すぐに表情筋を殺し、鉄面皮を作り出す。
「いえ、その前に……何の話かしら?」
「負けたらなんでもいうことを聞くってやつだ。死ねでも良いって言ってたよな?」
「……覚えてないわよ」
「アリシアから誓約書を渡されてる。ここに書いてある」
そう言って紙の【ペナルティー】と書かれた下の部分を指す。
「ま、間違いよっ!」
物的証拠を見せられても尚食い下がるシルビエ。
リドが手に持っている紙を必死に奪おうとあがいている時点で誓約書の重大さは分かっているようだ。
「何なら、オマエの命で証明してみるか?」
悪魔のような笑みを貼り付けながら、腰の剣に手を添える。
「や、やめてっ! あたくしが悪かったわっ! だから命だけはっ!!」
王女の全力の懇願に、リドは鼻を鳴らす。
「オレからの要求はただ一つだ」
今回の件は、全てリドに一任されている。
流石に生殺与奪までは首を縦に振らないだろうが、些細なものならば要求していいと国の最高権力者であるアリシアは承諾した。
「…………」
どんな要求が来るのか、シルビエは顔を青く染めている。
事実、何でもすると言ってしまったのだ。
貞操だろうと命だろうとなんだろうとリドは要求することができるのだ。
「――セシリアを今日限りで退団させろ」
「……え?」
全くの予想外な言葉に、思わず聞き返すシルビエ。
「だから、セシリアはオレが引き取る。元々オレの家族だ。拒否権はない」
「そんなの……」
出来るわけもない。
セシリアのレベルは7。アミリット王国で一番の剣の腕を持つ。
これは一見シルビエには何の関係もない要求だが、国にとっては甚大的な損失だ。
本来なら出来るわけもない。
出来るわけがないが、誓約にある以上引き受けなければいけない。
シルビエは下唇を噛む。
「わかったわ……」
自身の命と天秤に賭けた結果、そういう答えになる。
父親である国王や姉妹達から責められるだろうが、自分の撒いた種だ。
引き受けなければ、それこそエルセレム帝国に莫大な借りが出来てしまう。
仮にも王女として、それは出来ない。
「それでいい」
あっさりとその場を去ったリドの背中をシルビエは消沈した顔で見送った。
「……会場に居る父に伝えて。副団長の退団の事を……」
「はっ!」
近くに居た騎士に指示を出し、テントの外に消えて行ったのを見送った後、自身の爪を噛む。逆らえば本当に殺されていただろう、という恐怖から逃げるための自傷行為から来るものだった。
テントから活気があふれる屋台の通りを二人の男女が手を繋いで歩いていく。
その人物たちを見た人間たちは思わず足を止めるが、声をかけようとはしない。
先ほどまで見ていた光景が頭をよぎり、その絶対的な強者に対する畏敬の念の方が強いからだ。
「どこに行くの? りど……」
腕を引かれているセシリアは、前で手を引いているリドの背中を見て声をかける。
リドは振り返らず、足も止めず、前を向いたまま言葉を口にしていく。
「オマエは今日から自由だ。アミリットの騎士じゃなくなった」
「え……? でも、お金が無いと……」
「それはオレの雇い主に何とかさせる」
そう言って開会式前からロックオンしていた串焼きの屋台に入る。
肉の焼ける香ばしい匂いがお腹を鳴らさせる。
「おっちゃん。5人分くれ」
リドは銀貨を数枚ポケットから取り出す。
「あいよっ! ……って、あんちゃん、もしかしてリド・エディッサかよ!?」
大量の肉を紙の皿に置いたところで、屋台のおっちゃんはリドの顔を見て驚いたかのように声を出した。
「そうだが、なんだ? オレには売れないのか?」
スラム生活での経験上、屋台で物を売ってもらえないことはままあった。
旧貧民街出身というだけで窃盗殺人強姦野郎扱いされるからだ。
だが屋台のおっちゃんは快活な笑顔で首を振った。
「とんでもねぇ! 戦いを見たよ。すげぇなあんちゃん! おっちゃん久々に胸が躍ったよ。これくらいしか渡せねぇが、よかったら貰ってくれ! 戦勝祝いだ!」
興奮冷めやらぬ様子で、5人前どころか10人前はあろうかという串焼きを渡してくる。受け取った手にズシッと重みが伝わる。
「……いいのか?」
こんな歓迎をされた試しがないため、珍しく戸惑うリド。
だが屋台のおっちゃんは清々しいほどの笑みとサムズアップをしてくる。
「おうともっ! これからも応援してるからなっ!」
その後も様々な屋台の店主に声をかけられ、貰った紙袋もいっぱいになってしまった。
そして、活気溢れる通りから離れた人気のないベンチに二人で座る。
「……なんかすげぇ沢山貰えたな。ラッキーだ。腹減ったし食うか」
「クレープ、ゴーフル、パンケーキ……沢山」
リドが持っている紙袋には肉やフライドポテトというカロリーが高いものが多めに入っている。
逆にセシリアが持っている紙袋にはサンドイッチや甘いモノなどの軽食が多かった。
肉をガツガツ言いながらリドは食べていく。
量は多いが、それでも全てリドの胃袋には入る量だ。
「…………」
紙袋を落とさないようにしっかりと抱いているセシリアは黙ってその様子を見ていた。
これはリドが貰った物であって自分が手を付けていいものではない、という認識から来るものだ。
戦利品は勝者のモノであり、それを奪うのは宣戦布告だと幼い頃から身に染みて理解していた。
必死にお腹の音を抑えている。
「んぐっ。何してんだ? オマエも食えよ」
その様子を見ていたリドは、肉を飲み込んでから促すように顎を上げる。
「……いい、の……?」
「当り前だろ」
しばらく沈黙したのち、おずおずと紙袋の中を探るセシリア。
何度もリドの横顔と紙袋の中を交互に見ながら物色していく。
「甘いモノは、りどが食べれる、から……やさい……やさい……」
無意識なのだろうが、セシリアはそんなことを呟く。
「……ほらよ」
中々見つからないのか、まだ紙袋を漁っているセシリアにリドは肉のみが刺さったブロシェットを差し出す。
「え?」
リドの手にある物を信じられないのか、受け取ろうとはせず見つめ続けていた。
何の目的で? 何かの間違い? と頭の中で思考するが答えは出ない。
「……ん」
困惑するセシリアの手へ強引に持たせたリドは、何事も無かったように肉を食いだす。
「…………」
そんなリドとは逆に、セシリアは受け取った時から動いていない。
ただ肉を見ているだけで、食べてもいいのかわからないのだ。
「りど、これ、なんで……?」
好きな食べ物だよね? と言外に聞く。なんで自分なんかに渡してくれるのかと。
「別に、オマエとオレは……アレ、えっと、家族なんだし。好きなもんくらい正直に言え」
「……いいの?」
「あぁ」
素っ気なく、呻くようにそう言ったリドはそれ以上言葉を発することは無かった。
「…………」
ゆっくりと、セシリアは串を口に近づけていく。
騎士団に居たときも肉は手を付けなかった。
一度味を知ってしまえば、リドと再会したときに我慢が出来なくなってしまうと思ったから。
「……はむっ」
震える手で肉を口に入れる。
「…………」
そして固まる。
リドも手を止め反応を伺う。
もしかして本当に肉が嫌いだったのか? 無理をさせてるのか? と心配になったからだ。
「……はむっはむっ」
しかし、それは杞憂だったようで、ものすごい勢いで食べだした。
「おい、しい……」
全部食べ終え、串まで舐めたセシリアは本当に嬉しそうな笑みを浮かべてリドを見た。
「ありがとう。りど」
「……ん」
お礼を言ってくるセシリアの膝の上から紙袋をどかし、その上に紙をひいて成人男性が食べる三倍はあるか、という量の肉を置く。
「はむっ」
もうその意味が分かるセシリアは、黙って肉を食べていく。
「りど……わたし……」
大量の肉を食べ、口元を油で濡らしながらセシリアは微笑んでいた。
「なんだ?」
「わたし、ね……」
一瞬言いよどむが、セシリアははっきりとした口調で言う。
「お肉好き。嘘ついてごめんなさい」
「……ああ、知ってた」
「知ってた、の?」
油とタレで濡れた指先を舐めながら、リドはスイーツ系に手を伸ばす。
「クッキーとか、甘いモノが好きなのもな」
そう言ってパンケーキを頬張る。
「なん、で?」
常に無表情で感情を隠していたつもりのセシリアは目を丸くする。
「まだ感情が分かりやす過ぎるからだ」
痛み、恐怖、欲を顔に出さないのは戦いに身を置く者として最初に教わることだ。
張りつめた戦いの中で、戦闘慣れしている人間は目の動きにも反応する。
痛覚に目を細めればそれだけで絶好の攻撃チャンスなのだ。
それはセシリアもマスターしている。
だが、家族の前でそんなやせ我慢は顔を見なくても理解できてしまう。
「オマエは一生オレに嘘はつけない」
仮に、今よりもずっとポーカーフェイスが上手くなろうが、そんなことは関係ない。
ずっと一緒に居るなら理解できる。
「そっか」
「おう」
「……そっかぁ……」
ベンチに軽くもたれ掛かったセシリアは空を見上げる。
目からは涙が出ていた。
今、この瞬間にようやくリドと再会できたことを実感したのだ。
長く辛かった5年間だったが、それでも今の身に余るほどの幸せの対価だと思えば、短く感じる。
「よく泣くヤツだな」
「……うん。ごめん、なさい……」
「気にすんな」
リドも手を止め、空を見てみる。
いつもと変わらない青空だ。
どこへ行っても高い空だけは変わらない。
日が暮れて夜になって、落ちてきそうな星空になっても、空というものが変わることは無い。
スラムだろうと、異国の地だろうと。
「わたしは、りどが好き。何よりも好き」
「ああ」
「……お肉よりも」
「そりゃすごい。食い物より好きってのは相当だ」
ふふっと笑った後、セシリアはリドの横顔を見る。
「だから、これからは、なにがあってもずっと一緒」
「……ん」
リドは家族と、セシリアは想い人と再会を果たした。
まだ昔のように気安い空気は作れないが、この先どうなるかは二人の微笑みが全てを物語っていた。
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