第63話

 草原の中央で、ギルとリドは鍔迫り合っていた。

 

「団長のリド・エディッサか……? 何故ここに居る」

 

 ギルはせっかくのお楽しみを邪魔されたためか、怒りを露わにしている。

 目の前でエマを胸に抱いて剣を受け止めているリドを睨む。

 

「聞こえなかったか? オマエの騎士団の負けだ。団長さんよ」

 

「……なに?」

 

 ギルは剣を更に押し込もうとするが、リドの腕は微動だにせず、剣に火花が咲くだけだ。

 

「終わったんだから剣を下げろよおっさん」

 

「降伏負けなど俺は認めんッ! 何より、臆病者の属する騎士団に負けたなどッ!」

 

 身体を前のめりにして全体重を剣に乗せるが、やはりリドの手は動かない。

 大岩に木の棒を押し込んでいるような感覚だったが、それでも力技で押し込もうとするギル。

 

「……つまり、これは私闘ってことか?」

 

「ッ!」

 

 リドの言葉にギルは何も答えないが、剣の火花が散る。

 

「エマ、離れてろ」

 

 胸元からうっとりとリドを見上げているエマの肩を離して地面にしっかりと立たせる。

 

「……え? あ、あぁっ!」

 

 はっとして首を縦に振り、赤い顔で離れる。

 

「させんッ!」

 

 ギルは左に持つ剣でエマを切ろうとする。

 正確に言えば、エマの手首を切断しようと振り下ろした剣だった。

 リドはその剣筋からエマを守るように左手を剣の軌道に差し出す。

 馬鹿めッ! と、ヤケクソからの行為だと思ったギルはほくそ笑むが、直後にギィンッ! という甲高い音が鳴り、剣が止まったことで自身の正気を疑った。

 

【金剛】リドの持つスキルだった。

 体の一部の強度を上げる。任意で発動が可能なため魔法に近いが、詠唱の必要が無く、感覚で覚えるものだ。

 今までの戦闘で、拳闘などのインパクト時に自動で発動していたことをリドはまだ知らない。

 

「フッッ!」

 

 そしてリドは左手で止めた剣の柄を左足で蹴り上げる。

 蹴られた剣は破片を飛ばしながら根本から叩き折れてしまった。

 

「化け物かッ!?」

 

 そう言いながらギルは左手の折れた剣の柄を捨てて鍔迫り合っていた右の剣で攻撃を加えようとする。

 

「――おやめくださいっ!」

 

「アンリ様!?」

 

 背後からエマが驚く声が聞こえる。

 だが、ロベルトと戦った時と同じ真似はしない。

 リドは剣から視線を外さず受け止め、腹に蹴りを叩きこむ。

 

「グッ!?」

 

 ギルは鎧に靴跡を残して吹き飛んでいった。

 追い討ちをかける為にギルへと肉薄したリドは、胸ぐらを掴んでギルを宙に吊し上げる。

 

「リド様!?」

 

 制止の声を聞かずに戦闘を続行したリドを見てアリシアは驚きの声を上げる。

 

「……これはもう試合じゃねぇんだ。茶々を入れるなよ」

 

「っ……」

 

 背中を見せているリドの言葉に、アリシアは息を呑んで黙った。

 久しぶりに見るリドの戦闘中の圧に当てられて声が出せなくなる。

 

「おいリド、おまえ何を言っている?」

 

「エマこそ何を聞いている? これは殺し合いだぜ」

 

 とっくに騎士団戦なんてものは終わっている。

 まだ続行すると言ったのはギルだ。これはもう命を奪わない試合なんかではなく、命を取り合う死闘に変わっていた。

 瞳孔の開いた瞳でリドは後ろにいるエマとアリシアをチラリと睨んだ。

 

「――リドくん、エマを守ってくれてありがとう。君は充分役目を果たしてくれた。悪役になる必要はないよ」

 

 だが、そこでクリードが馬に乗ってやってくる。

 

「なんで来た?」

 

「騎士団戦が終わったからだよ」

 

 馬から降りながら苦笑いを浮かべて、リドの視線を受け止めるクリード。

 

「お、お父様……!?」

 

 居るはずのない人物が現れ、エマはその背中に声を掛ける。

 

「聞こえていたよ、全部」

 

 リドの横に並んだクリードは背後のエマに笑顔を向ける。

 

「エマ、そしてリドくん。僕みたいな臆病者の言うことを信じてくれてありがとう」

 

「お父様は臆病者なんかではありませんっ!」

 

 エマはそう口にするが、クリードは首を振る。

 

「臆病、ではあるよ。剣を握れなくなった時に、僕は少し安堵したんだ」

 

 手袋を外しながらクリードは口元に笑みを浮かべた。

 

「僕はロベルトやアイシャ、ロイ達には剣術ではどう足掻いても勝てなかった。現場指揮になったのも誰より仲間の死に耐えられなかったからだ」

 

 過去を思い出しながら苦笑いを浮かべるクリードは手首に視線を向けていた。

 リドは手袋を外したクリードの手首を見て鼻を鳴らすと、ギルに背を向けてエマ達の元へ歩き出す。

 

「不甲斐ない父を持って辛い思いをさせてきたと思う。でも、ケジメは僕がつけるよ」

 

 リドと交代するように、クリードはギルに歩み寄っていった。

 

「貴様は……トリエテスッ!?」

 

「久しぶりだねスケージくん。こうして向かい合うのは20年ぶりかな? あまり会いたくは無かったよ」

 

 リドの前に出て、ギルに近づいていくクリードは無表情だった。

 怒りを内包したその形相は、リドですら背筋を濡れ手で触られたような気分になった。

 

「な、何の用だ。なぜ貴様がここに居る? 復讐にでも来たのかっ!?」

 

「復讐って、心当たりでもあるのかい? もうそろそろ借りを返すべき時だと思っただけだよ」

 

「な、なに……?」

 

 地面に剣を刺して膝立ちとなっているギルは、クリードを見上げていた。

 

「あの頃、僕の命令を聞かなかったことは許すよ。君にも何か考えがあったんだろう。僕に刃向かったことも許す。そうしてまで叶えたい目標があったんだろう。僕を臆病者と笑うのも許す。実際に臆病だしね」

 

 クリードは左の手袋を脱ぎ捨てた。

 

「……でも、僕の娘の騎士の道を途絶えさせようとしたのは、どれだけ気を落ち着けようとしても許せないっ!」

 

 その叫びは草原に響き渡る。

 クリードが初めて放つ覇気に、エマどころか、その場の全員が魅せられて固唾を飲んだ。

 

「け、剣すら握れない、貴様ごときがなにを……」


「……おい、エマ」

 

「な、なんだ? リド」

 

 そのクリードの後ろ姿を見ていたリドは、アリシアに治療されているエマに話しかける。


「オマエのその剣、また借りるぞ」


「な、なぜだ? 自分の剣があるだろう」

 

 純粋に疑問だと言うように頭の上に謎マークを浮かべているエマだが、素直に差し出してきた。

 リドは屈んでエマの手から剣を受け取る。

 そして、それをクリードに投擲した。

 

「なにっ!? 何をやってるバカモノッ!!」

 

 家宝の剣を放り捨てられたと勘違いしたエマはリドに食ってかかろうとした。

 

「まあ、見てろよ」

 

 エマの拳を避けながらリドはクリードの背中を見るように顎で促す。

 

「……え?」

 

 渋々視線をクリードに向けたエマは信じられない光景を見て目を見開いた。

 

「ありがとう、リドくん」

 

 左手で剣を受け止めて、笑っているクリードが居たからだ。

 

「な、え? お父様は剣が握れなかったはず……」

 

「そいつはどうかね? 手袋で普段は隠してるが、あの腕は未だに剣を握っているヤツのもんだ。初めて見たときにも出来るヤツの雰囲気は感じてたしな」

 

 ――クリードを初めて理事長室で見かけたとき、直感で強者だとリドは判断した。


「この通り、剣くらいなら握れるよ」

 

「ば、馬鹿な……確かにあの時……」

 

 そう口にしたギルは、言ってからしまったと視線を逸らした。

 

「あの時、なんだい?」

 

「チッ! 握れるようになったからなんだ!? 俺はレベル6だぞ!」

 

 胸の前で細剣を立てているクリードに笑みを浮かべ、ギルは地面から剣を引き抜く。

 

「再度その腱、斬り落としてくれるッ!」

 

 そして、クリードに肉薄した。

 

「あーあ、馬鹿が」

 

 クリードと一緒に来ていたロベルトがため息を吐く。

 

「――ハァッ!」

 

 クリードは身が霞むほどのスピードでギルの脇を横切る。

 

「運よく避け、た……か――がっ!?」

 

 振り返ったギルはクリードを挑発しようとするが、自身の鎧に小さな穴が開いていることに気が付き血を吐き出す。

 

「……奇遇だね、僕もレベル6だよ。5年前からね」

 

 クリードは剣を振って血を飛ばし、ギルへと一歩踏み出す。

 エンハンスによるレベル6のギルと、常時からレベル6のクリードでは肉体の操り方が違う。

 高レベルの動きを完全に使いこなすには、普段から高次元の駆け引きに慣れなければいけない。

 

「クソッ!」


 ギルは油断していた自身に舌打ちする。

 クリードの纏う雰囲気は普段の優し気なものから、捕食者が纏うおぞましいものになっている。

 思わず地面を這って後退するギル。

 

 まともに体が動いていないところを見ると、恐らくエンハンスの時間切れなのだろう。

 

 肉体の酷使による倦怠感も伴っていると見える。

 クリードは表情を殺し、ギルに歩み寄る。

 止めを刺すかとその場の全員が思ったが、クリードはギルの胸に手を置き、治癒魔法をかける。

 

「……気が触れたか?」


 その行為に意味を見出せないギルは疑問を口にする。

 

「どうかな? 決闘を受けてよ、ギルくん」

 

 一通り治癒も終わり、クリードはギルから離れて剣を構える。

 

「……断る」

 

 臆病風に吹かれたのはギルの方だった。

 騎士団戦は終わったが、今も映像は全ての国に放送されている。

 レベル6のクリードに、エンハンスの切れたギルが勝てるわけがない。

 プライドの高い彼が、自身の敗北する姿を晒す真似はしない。

 

「――決闘を受けよ。ギル・フォン・スケージ」

 

 だがその草原に威厳のある声が響き、周囲の空気は変わる。

 

「国王陛下!?」

 

 ギルは目を見開いてその人物の名を呼ぶと、地面に片膝をついて頭を垂れた。

 

「我は立会人として呼ばれたまで。もう一度言うぞギル・フォン・スケージ。決闘を受けよ」


 アミリット王国の国王は、感情の読めない目でギルを見下ろしている。ある程度全ての内容を聞いた後なのか、拒否すれば斬ると言わんばかりに怒り狂っているようにも感じた。

 

「くっ……承知いたしました」

 

 国王の命令には逆らえないのか、ギルは嫌々ながらも剣を手に取り、立ち上がった。



 決闘が始まるということで、会場の人たちで人の柵を作ってクリードたちを囲む。

 その中にリドたちも混ざってクリードたちの決闘開始を待っていた。

 

「……エマ、君は騎士になるんだね?」

 

 クリードはエマへと振り返ってそう問いかける。

 女として生まれたエマに騎士の道を選ばせるような真似はしなかった。

 

 初めてエマが倉庫にしまってあった剣を持ってきた時、取り上げてやめさせることもしなかった。

 

 怪我をしないように扱い方を教えはしたが、クリードから剣術を教えたことは無い。

 

 口癖のように、いつでもやめていいよ、とそう口にしていた。

 

 女の子なんだから、もっと年頃らしく生きても良いんだよ。

 

 ルイ・カルメン学園に入学する前夜にもそう言った。

 

『私は、お父様を馬鹿にする人たちを見返したいのです』


 エマはそう言って、家を出て行ってしまった。

 親として、その言葉は嬉しいと思う反面、情けなくも感じていた。


「私は……」

 

 エマは一度言葉を止める。

 クリードは、また同じことを言われるのだろう。と寂し気に笑みを浮かべるが、

 

「私は、お父様のようになりたいです。下の者にも好かれ、対等に話ができ、同じ目線で話してくれるお父様のように」

 

「っ……ははっ。全く、君はお母さん――ニアにそっくりだ」

 

 僕がプロポーズした時に同じことを言われたよ、と鼻声で言ったクリードは頭を掻く。

 

「わかった。なら、今初めて僕からこの剣の使い方を教えるよ」


「リハビリ中の貴様が俺に勝てるとでも? まあいい、かかってこい。返り討ちにしてくれる」

 

 剣を構えたギルは、クリードと向き合う。一部も隙は無い。


「そうさせてもらうッ!」

 

「――なっ!?」

 

 一瞬で身を霞めたクリードは、瞬き一つのうちに肉薄し、三発もの突きを繰り出していた。

 到底剣で防ぎきれるものではない。

 

「クソッ!!」

 

 ヤケクソ気味に薙いだギルの剣は、剣の腹に細剣を叩きこまれることで破壊される。

 

「『トリガー・イカヅチ』」


 そう口にしたクリードは、左手に握った剣に右手をかざしている。

 瞬間、剣に紫色の稲妻が走り出す。


 その状態のまま、ギルに剣を突き出す。


「ぐっ!?」


 避けに徹するギルだが、わずかに剣が鎧に触れる。

 その瞬間、鎧に無数の稲妻が走ってギルは動きを鈍らせる。


「……強いな」


 リドは思わずうそう呟いていた。

 最近はエマやモーリスと手合わせをする多いが、元はスラムの覇者たちと戦い続けていた。

 今でこそ派手な魔法で敵を屠るのがメジャーではあるが、クリードのように地味に行動を制限させる魔法というのが一番厄介だと経験で感じている。

 一瞬の攻防の中で、わずかに、けれど確実に敵の手を痺れさせることができれば早々負けることはないだろう。


 素直に感心しているうちに、早くも戦闘は終盤に入る。

 

 易々と武器を破壊したクリードは、ギルの腰を見る。

 

「まだだ」

 

 ギルはその視線に応えるように、腰から短剣を取り出して構えた。

 

「懐かしいね。剣術を変えたのかと思ったけど、本丸は昔と変わらずそっちだね? 確かに君の速さは目で追えなかった」

 

 楽し気にクリードは口元を緩める。

 やっと自身の手首を斬った過去の亡霊と再会できたからだ。

 

「その余裕を消し去ってやるッ!」

 

 ギルはとてもガタイの良い体に似合わない素早さでクリードに接近しようとするが、

 

「――でも、僕も手数が武器だったよ『トリガー・ブースト』」

 

 それよりも数段上の俊敏さで、突きを二発、そして左手首に剣を突きつける。

 今この場で見ている者たちは、恐らくクリードの魔法は、イナズマを纏わせる魔法と、剣術の速度を上げる魔法だろう。

 そう思っているだろうが正確には違う。

 トリガー・イナズマで一度攻撃した相手には、違和感を感じないレベルの電流が常に流れ続ける。

 それをトリガー・ブーストによって電圧を上げつつ発生した磁場に吸い込まれるように剣が敵を差し穿つのだ。


 つまりは、初手で一撃でも貰えば反応できない速度で突きをいつでも叩き込めるということ。

 使い方によっては周囲一帯に電撃を放つことも可能だろう。

 エマがこの境地にたどり着くまで、一体どれだけの修業が必要か考えれば気が遠くなるような思いだった。


 どれだけレベル差があっても、相手にしたくないと思えるほどに強力な魔法だ。

 

「グッ……」

 

「終わりだね」

 

 クリードは剣を下げ、ギルに背を向ける。

 

「……なぜ」

 

「ん?」

 

 地面に崩れ落ちたギルは自身の利き手を見下ろす。

 

「なぜ、俺の腕を落とさない……」

 

「…………」

 

 クリードは答えに迷うように、細い剣を揺らす。

 

「……確かに、腕を鍛え直したのは復讐のためだよ」

 

 今も跡が残る手首を握って、クリードは顔を落とす。

 

「でも、今は僕も君も軍を指揮する立場になった。僕達を慕い、従ってくれる者達が居る。君の剣術を失うのはその人たちの人生を狂わせるも同然だからね」

 

「だが……だが俺は……罪を犯した。一時の激情、出世欲に駆られた。教える資格など、もうない」

 

「それを決めるのは君自身だ。このまま投獄されるか、贖罪として後進を育成するか、ね」

 

「そうか……だから今現れたのか。そこのリド・エディッサという次世代の若者を守るために」

 

 全てに納得したようにギルは頷くが、

 

「……ん? 何を言っているんだい? それについては君の勘違いだ。僕はスケージくんを守るために来たんだよ」

 

「どういうことだ?」

 

「さっきまで戦っていたリドくんの剣を見なかったのかい?」

 

「……?」

 

 意味が分からないと思いながらも、ギルはリドへと視線を向ける。


「……あ?」

 

 リドは退屈な見世物を見させられているような顔で、剣で肩を叩いている。


「その剣は……ローランの聖剣!?」

 

 今や肩たたき棒と化しているその剣を見て、ギルは目を見開いた。

 

「やっと気づいたかい? 彼はロイとアイシャの息子だ」

 

「なっ、そんな馬鹿なッ!?」

 

「……エディッサって家名で気づこうよ全く。ちなみに、性格はアイシャ譲りだよ」

 

 ギルの耳元に顔を近づけ、クリードは囁く。

 その言葉を聞かされたギルの顔は真っ青になる。

 戦争経験者の中で、アイシャ・ローランの名前を知らない者はいない。

 知る人ぞ知る英雄のロイ・エディッサと違い、アイシャは世界中にその名を轟かせている。


 曰く、一人で万の軍勢を相手に勝利をもぎ取った死神。

 曰く、世界地図を塗り替える特大魔法を一節で完結する大賢者。

 曰く、戦争を終結せざるを得なかった雷龍を相手に単騎で立ち向かった女傑。


 体力的に女が食べていくのが難しい騎士という職業だが、アイシャが存在したことで性別差別という門が無くなったのだ。

 そしてなにより、売られた喧嘩は借金をしてでも買う女としても有名だった。


「スケージくん、君は彼に喧嘩を売った。そして私闘を認めた。君に待っていた未来は悲惨だったんだ」

 

「…………」

 

 今にも卒倒しそうなギルに淡々と告げるクリードは口元に笑みを浮かべている。

 

「だから僕が代理でけじめを付ける必要があった。そして、今から行うことは、決して僕の私怨じゃあない」

 

 両手をパキパキと鳴らしながらクリードはこめかみに青筋を浮かべる。

 

「エマを斬ろうとしただとか、僕を臆病者呼ばわりし、尚且つそれを周囲に広めたことで作戦指揮が取りにくくなっただとか、エマを斬ろうとしただとか、腕の腱を斬ってくれただとか、エマを斬ろうとしただとか。全く関係ない。けじめを付けるために行う愛の鉄拳だ」

 

 先生怒らないから言ってみなさい、並みの建前でクリードはその足で深々と地面を抉る。

 

「やめっ――」

 

「吹っ飛べッッ!」

 

「ぐああああああッッッッッ!?」

 

 クリード、渾身の左ストレートがギルの右頬を捉え、キリモミしながら吹き飛んでいく。

 

「…………」

 

 そして、三度地面に叩きつけられた後、何も言えず地面に伏せった。

 

「愛娘を傷つけたのは我慢ならなかった。でも、これで全部チャラだ」

 

「……」

 

「なんて、聞こえてないよね」

 

 そそくさと治癒魔導士隊がギルを回収していく。

 

「……ふぅ。今回はご足労痛み入ります。アミリット国王陛下」

 

 剣を地面に置き、胸の前で拳を握って敬礼をするクリード。

 

「なに、気にする必要はあるまい。元は我が国の不始末だ。なにより、ミカエルとは良き友であった」

 

 アミリット国王は空を見上げる。

 

「あの男の友人の頼みとあれば、何をおいても駆けつけるわい」

 

 アミリット国王はリドとアリシアをチラリと見る。

 

「失った者もいれば、こうして『再び』目にすることが出来た者もある」

 

 懐かしいものを見るように、アミリット国王は目元を緩める。

 

「今後ともエルセレムとアリシア様の導きを、よろしくお願いいたします」

 

「……我が息子が良い歳だ。どうかね?」

 

「娘はすでに先約済みでして……同盟国として、これからもよろしくお願いいたします」

 

「ハハッ! 喰えない男だ、全く」

 

 言外に今回の一件を水に流す代わりに、無条件で強固な同盟を結んでくれ。というクリードに、アミリット国王は苦い顔を浮かべ、かすかに肩を上げた。

 交渉においては数段上のようだ。

 

「うむ、わかっておる。まだ若き王なれば、我の知る国益の土台を教えることはできよう」

 

「えぇ。では、今夜は祝い酒でも飲み交わしましょうか。ロベールとデュセクくんもね」

 

 今までずっと黙っていたロベルト達にクリードは話を振る。

 

「……あぁ、やけ酒だ」

 

「参謀の奢りですか?」

 

「ハハハッ、それはよい。公務を投げだしてきたのだ。それくらいの褒美は受け取ろう」

 

「えぇ? 僕が奢るの確定!?」

 

 大人たちは楽し気に笑いながら、馬に乗って去っていく。

 リドとすれ違う時、

 

「約束を果たしてくれてありがとう、リドくん」

 

 クリードはそう言ってきた。

 

「帰り道に見かけただけだ。気にすんな」

 

「ははっ、そうかい。なら運に感謝しておくよ」


 こうして、長いようで短かった騎士団戦は幕を引いた。


 

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