第59話
草原の中間エリアにはエマが陣取っていた。
目視できる位置にはリド達が突っ込んでいった林が見えており、木々の隙間を縫うように敵が数人出てきていた。
狙撃屋であるココも後方で敵の姿を捕捉しているだろう。
まだ撃つなと示すように、片手を上げてココを制する。クリードが極力銃を使うなと言っていたことを思い出しての行動だ。
帝国の中でもクリードのことを最も尊敬しているエマは忠実に父の命令を守っていた。
遠くに敵が見えた段階で、既にエマは剣を抜いている。
敵は馬に乗り、5人ほどで草原を進軍するかのように駆けてくる。
立ちはだかるように草原に立つエマを視線に捉えたのか、30メートルほどの距離で馬を止めて騎士たちは地面に足を付けた。
中隊のリーダーらしき男。開会式で真っ先に挑発してきたその男の顔を見て、エマはバレない程度に口元を引き絞る。
「俺の予想通り、やはりここは臆病者の娘であったか」
無警戒と見せるような足取りでエマへと近づきながら、第一声で挑発にも似たことをギルは口にする。
悪意が詰まったような
「……ええ」
一度、構えた剣を揺らしてエマは頷く。
「あやつは変わっていないな。練る策も何もかも……まあいい。どけ、臆病者の倅。剣の腕を失いたくなければな」
小心者らしくみっともなく逃げろ、と取り巻き達とギルは笑った。
エマは表情を固めたまま首を振る。
「申し訳ありません。それは出来ません」
「ほう……この俺と戦う勇気があると?」
返事をするように剣を握り直し、腰をわずかに落とすエマ。
「まあいい、やれ。腕を斬り落としても構わんが、殺すなよ? 後が面倒だ」
面倒くさそうに腕を振ったギルに、取り巻きの4人は返事をして剣を抜く。
「――ハァッ!」
エマは囲まれる前に距離を詰め、一人と火花と共に剣を交える。
「『雷よ』」
「な――ぐあっ!?」
右手で鍔迫り合いながら左手で電撃を見舞い、空いた腹に稲妻をぶつける。高電圧を当てたことにより、鍔迫り合いをしていた相手は意識を手放す。
「やりやがったなガキ!」
地面に倒れる仲間を見て背後から斬りかかろうとするが、エマはそちらに視線を向けない。
取った! そう思った騎士だが、次の瞬間には背中に強い衝撃を受けていた。
そして、ドパァン!! と鼓膜を震わせる音が耳に入る。
「銃か――ぐっ!」
続けて銃声が二つ鳴り響き、二人が地面に崩れ落ちる。
「なに? 銃だと!? こんなに正確に撃てるものなのか!?」
ギルは遥か後方から地面に伏せている小さな影を目視するが、従来のマスケット銃ではまぐれでも当たるはずのない距離に目を見開く。
「ッ!!」
その一瞬の硬直を見逃さず、エマは同じく固まっている騎士の意識を刈り取った。
「……砲兵を置くのは、あの男らしくない……」
「えぇ、下がっていろと命じたのは私です。お父様は緊急時の援護射撃を指示していましたが、撃つのは最終手段と仰っていました」
血で濡れた細剣を振り、血を落としながらエマはあっさりと教える。
そして剣をギルに向けた。
「さあ、臆病風に震えていないで構えろ、騎士団長。ここは戦場だぞ」
「――チッ」
初めてエマが見せる戦意に、ギルは弾かれたように腰へ携えた二本の剣へ手を伸ばした。
〇 ● 〇
「……こっちは外れか」
モーリスと別れたリドは林の中を走っていたが、敵の兵は見当たらず引き返していた。
「もう戦い終わってたりしてな」
若干面白くはないが、それはそれで楽でいいと考える。
林の中を数分駆け抜け、モーリスと別れた集合場所に到着する。
「居ないな……」
場所を間違えたのかと思い周囲を見渡すが、戦闘痕と敵の血が地面に付着しているため間違いはない。
「おいおい、もしかしてマジで終わってるのか……?」
仲間とかくれんぼをしていたら、一人だけ隠れるのが巧すぎて、一言も無しに日が暮れていた子供のような気分になるリド。
「一度戻るか」
もはや前線とは呼べないほど静かな敵陣を後にする為足を踏み出すが、すぐに止める。
「……出て来いよ。気配を隠しもせずに何の用だ?」
横の茂みに声をかけた。
「…………」
がさっ、と茂みが揺れた後、草の中から全身血塗れの女騎士が姿を現した。
その手にはモーリスの槍があった。
「……そうか」
モーリスはやられたのか、とわずかに落胆してその人物と向き合う。
「返せよ、それ。大事なもんらしいからよ」
槍を一度目で見てからそう口にする。もちろん期待はしていない。
戦利品は勝者の物だ。それはどこの世界でも変わらない。
例え今回の戦いが模擬戦という形式を取っているとしても、戦が終わるまで所有権は敵にある。
「…………」
だが、目の前の血塗れの女騎士は槍をリドに投げ渡した。
「なんだよ。意外にいい奴だな」
足元に転がる槍を足で拾い、地面に突き刺してからリドは口元を緩めた。
リドの笑顔を見た血塗れの女騎士は、一瞬肩を震わせる。
「っ……返す、つもり、だったから……」
「なら救助隊にでも持たせれば良かったじゃねぇか」
「……たし、かに……」
意外に抜けているのか? と、内心苦笑いを浮かべるリド。
「ま、この事についちゃ感謝してやってもいい。けど、モーリスやったってことはオレの敵だろ? それに女騎士ってことはオマエが血塗れ雪兎だな?」
不敵に笑いながらリドは腰の剣を抜く。
いつ不意打ちを仕掛けてきても対応できるように視線は離さない。
「昔から、目の前の敵を見逃すと後々面倒なことになった。特別に殺しこそしないが、しばらく眠ってもらうぞ」
真っ白の刀身が外気に晒され、日の光を反射させたところで思わぬ言葉がリドの耳に入る。
「――たしかに、スラムだとそうだった」
「……なに?」
剣を構えたリドは睨みながら目の前の女騎士に問う。
「…………」
その返答の代わりというように、女騎士はヘルムに手を伸ばす。
ゆっくりと外されたヘルムの下から腰まで伸びる真っ白な髪が落ちる。わずかに開いた瞼の奥には赤色の瞳。
白兎を思わせるその美貌に、リドは一瞬言葉を失う。
「久しぶり、りど」
鈴のように透き通る声を聞いて、リドは敵に向けて構えた剣を下に落とした。
〇 ● 〇
「なにが……何が起こっているんだ!?」
森の中にはそんな叫び声が響くが、返事は無い。
代わりというように、周囲を高速で移動する風切り音が聞こえるのみだ。
森の中は生い茂る若葉によって太陽から降り注ぐ光は遮断されており、敵の姿すら捕捉は出来ない。
「ち、チクショウ!」
その騎士は悪夢を見ているようにそう呻く。
数刻前に仲間と5人で山に入ったはずなのに、一人、また一人と忽然と姿を消していったのだ。
そして周囲に響くのは「ははっはははっ!」という壊れたような幼い笑い声。
気が触れそうになるような恐怖の中、背中に刺さる視線から逃げるように森の中を走っていた。
「クソ、クソッ!!」
どこまで走っても絡みついてくるような視線の中、男はやっとの思いで遠くに眩しい光――出口を見つける。
「よ、よし……っ!」
ここさえ出れば。
森から出ればこの悪夢から解放される。
間から光の差す、木々の向こうへ、希望を胸に飛び込もうとするが、
「うごっ!?」
突如腰に鋭い痛みが走り、その場に転ぶ。
「――ダメじゃないですか。何勝手に逃げようとしてるんですの?」
地面に流れていく己の血を呆然と見ながら男は声の聞こえた方へ顔を向ける。
そこには鬼のように髪を二本に結んでいる少女が立っていた。
両手に持つ短剣には血が滴っている。今すぐ逃げ出したいが恐怖と痛みで身体が動かない。
コツ、コツ、と足音が鳴るたびに、体の震えが増して行った。
「ぁ……あ……」
恐怖で言葉すらまともに話せなくなった男は、痛む背中に構わず地面を這うように光の元へ進もうとする。
「心配することは無いですわ。あなたもすぐ楽にして、お仲間のもとへ送ってさしあげますわ」
口元を歪めながら、少女は「かいたい、かいたい……」と口にする。
もはやここまで追い込まれれば来世に逃避を馳せるしかない。
「う……ぅ、ぅうぅううわぁああぁああああああ!」
森に絶叫が響く。
そしてすぐに消えた。
「……なんて……殺しはしませんわ。そういうルールですもの」
顎に蹴りを見舞うことで男の意識を飛ばし、2本の角を持つ悪魔――ジェシカはため息を吐く。
「ですが、これが本当の戦場であれば……もっと楽しませてあげますのに」
そう言って瞳孔の開いた小さな獣は次なる獲物を探すため、その場を後にした。
この光景は勿論すべての国、村に放映されているためジェシカの父も見ている。
今にも倒れそうに、愛娘の姿を心配そうに見ていたのは開始数十分。その後は娘の残虐さで泡を吹いていた。
この映像を見た者達から、ジェシカ・ヴラヒムは『狂犬(パピヨン)』という異名を手に入れ、並びに領民に慕われる優しい領主であるヴラヒム家へ畏怖を覚えさせることになるが、それはまた別の話。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます