第58話


 林の中、モーリスはヘルムの女騎士と向かいあっていた。

 道中で視界に入った騎士を数人倒したところで、真っ白な甲冑を身にまとった女騎士が、ゆらりと木の間から出てきたのだ。


 剣を右手に持っているが、構える様子はまだない。

 敵であるのは確実ではあるが、モーリスは若干躊躇するように槍を下げる。

 

「キミは女性かい? 出来ればボクは女性とは戦いたくない。降伏してくれないかな?」

 

 歯を煌めかせながら目の前の騎士に話しかける。

 正直強いと評判の雪兎と手合わせをしたいと思うのが本音だが、それよりも先に紳士の精神が勝つ。

 もちろん、いつ戦闘に入ってもいいように槍の間合いを取ってはいるが。

 

「…………」

 

 その騎士はなにも話さない。

 顔を隠しているヘルムの中からは呼吸の音すら聞こえてこず、鎧人形か何かといわれた方が納得出来る。

 

 だが、纏うオーラが如実に告げてくる。

 

 この女は圧倒的なまでに強者であると。

 

 モーリスは一度ため息を吐いた。

 

「……じゃあ、仕方ないね。やろうか」

 

 すでに両者は武器を構えている。

 女騎士は右手で剣をにぎり半身を下げていた。

 モーリスは深く腰を下ろして、顔の横に槍を構える。

 突貫する時の構えだ。

 

「ハァッッ!」

 

 モーリスは地面を大きく蹴ることで一気に加速して女騎士の目前に迫る。

 銃弾よりも速い速度で肉薄したモーリスは、そのままの勢いで槍を突き刺そうとする。

 当たればそれだけで胴体に穴が出来上がる。

 

「…………」

 

 しかしその攻撃が当たることはなく、モーリスの目の前から全身鎧は姿を消した。

 

「――がッッ!?」

 

 動体視力を鍛えぬいているモーリスは、一時的な超加速により周囲の時間が遅くなったような錯覚に陥る中、目の前で敵の姿が掻き消える。

 何故だと思う暇もなくモーリスは後頭部に鈍い衝撃を覚えた。

 

 槍を間一髪で回転するように躱され、すれ違う瞬間にその回転力をも利用し、剣の柄でモーリスの後頭部を殴ったのだ。


 「クッッ!」


 衝撃によって視界が一瞬大きくぼやけ、意識が飛びそうになるほどの衝撃を受けるモーリスだったが、本能のみで地面を蹴って大きく距離を取る。

 

 間合いが開いたことを確認すると歪んだ視界を振り払うようにして頭を振った。

 

 無意識のうちに足が動いていたのはリドとの戦いのおかげだろう。

 

 視界を何とかクリアにし、モーリスは後頭部に良いのをお見舞いしてくれた女騎士と再度対峙する。

 その顔からは既に笑顔が消え、余裕はない。

 今の一瞬の攻防だけで、嫌というほどわかってしまう。

 目の前の人物は、リドを相手にしている時のような圧迫感と、身体能力を有している、と。

 

 とはいっても、モーリスのレベルは2から上がって、エマと同じ4。

 

 リドのレベルは9で変わりはなく、攻撃がギリギリ見えるのは精々レベル5の戦士までだろう。

 兵士としての限界を突破したレベル6以上の英雄騎士達の全力は視界に捉えることが出来ない。

 

 つまり、目の前の人物は最低でもレベル6以上となる。英雄騎士ロベルト・ストレイフと同格か、それ以上。

 余裕など持てるはずもない。

 

「名乗り遅れたね。ボクはモーリス・ベーガー。キミの名は?」

 

「…………」

 

「……名すら名乗ってくれない、か」

 

 モーリスは弱さを痛感する。

 自身のことを相手にされていない、障害とすら思われていないのだ。

 

(悔しい……けど憤りは無い。恐怖も無い。それはひとえに今日までリドくんと戦い続けてきたからだ……)

 

「……ふぅ~」

 

 モーリスは息を吐き出す。

 余計な筋肉の緊張をほぐし、ここで全てを出し切る覚悟を決めた。

 何度も中途半端にやり合うくらいなら、体力のあるうちに全てをぶつける。そうしたほうが勝利の糸口が僅かにだがあると気がつけたのだ。

 

「『スピア』」

 

 代々家に伝わる超短縮詠唱の、魔法を口にした途端、槍にわずかな振動と風の刃の鋭さを感じる。

 全てを貫き、全てを屠る最強の矛。

 どれほど精巧な鎧でもこの槍だけは誰にも止められない。

 

「いくよッッ!」

 

 モーリスはランサーである自身にとって一番戦いやすい間合いを取る。

 肉弾戦はリドに仕込まれたが、まだまだ付け焼刃。

 戦うのなら十年以上、子供の頃から学んだ槍で勝負を決める。

 

「…………」

 

 モーリスの怒涛の攻撃を、少女は僅かな動きだけで躱す。

 剣で弾こうとは最初から思ってはいないように――空気の乱れから剣で受け止めてしまえば壊れると気付いているのだろう――体捌きだけで回避していく。

 

「フッッ!」

 

 モーリスは攻撃を仕掛ける箇所を探すために、周囲を回ることで自身のスピードを上げていく。その勢いを利用し、槍を大きく横払いした。

 

「……っ」

 

 速すぎて見えないほど、風を切り裂く音すら風圧を伴って遅れて聞こえてくるほどの横一線の攻撃は、女騎士の鎧を少しではあるが掠めた。

 

「――ハァッッ!」

 

 女騎士がわずかによろめいたところを見逃さず、片手だけの突きを連続で加えていく。

 

「…………」

 

 その攻撃を冷静に躱していく女騎士だが、ついに均衡が崩れる。

 身体だけでは到底躱しきれないのか、剣で弾くようになったのだ。

 交差する度に剣と槍の先端が火花を上げ、鋭い風の刃によって剣が刃こぼれしていく。

 

「トドメだッッ!」

 

 モーリスは足元を払うようにして攻撃を繰り出す。動けなくすればこの試合は勝ちだからだ。

 だが、そんなに甘くはなく、女騎士は読んでいたかのように後方に飛ぶことで躱す。

 

「『ろ』」

 

 そして、初めて口を開いたかと思えば、凛と響く声音でそう口にした。

 

(ろ……?)

 

 モーリスが発した言葉に疑問を覚えるが、その言葉の意味を理解する時間より現象起こることの方が早かった。

 

「――ぶあッッ!? なんだっ!?」

 

 突如地面から大量の水が溢れ出し、モーリスの下半身を水に浸らせる。

 

 上級魔法の超々短縮詠唱。

 

 たった一文字で完結する神話の領域の魔法技術。それを目の前の女騎士はおこなったのだ。

 単純にスピードを落とすためか、と判断したモーリスだが、槍の先端に渦巻く風が水を巻き込んで、大きな渦になっていることを確認する。

 

(……ボクの『スピア』は水も、炎も巻き込むっ!)

 

 水の中だろうと、炎の中だろうと、モーリスの速度は変わらない。

 内心で高揚しながら、同じく水に浸かっているであろう女騎士を見ようと視線を彷徨わせる。

 だが、相手を視界にとらえたモーリスは目を見開いて驚いた。

 水の上に浮いていたからだ。

 

「なんで……?」


 水に浮く魔法など聞いたことが無い。

 そもそもそれは重力魔法のようなもので、そんなものはこの世界には存在しない、というのが常識だ。

 

(浮く……? いや、違う……足場だけを凍らせているのか……!?)

 

 一瞬で全てを理解したモーリスは、女騎士の足元に集中する。

 そして同時に脳に警鐘が鳴った。

 槍を手放し、瞬時にその場から飛びのこうとするモーリス。

 

「『ジーブル』」

 

 跳躍とほぼ同じタイミングで女騎士は感情の篭っていない口調でそう口にする。

 パキッ!! と空間全体がかち割れそうなほど大きな音が鳴り、流れ出ていた水は瞬く間に凍りついた。

 

 本来23節も詠唱する必要のある上級氷魔法『氷結』。それの短縮詠唱。

 

 暖かかったはずの気温は、一気に身を刺すような冷たさに変わる。

 周囲を見渡せば、先ほどまで水があった場所は凍っている。

 飛びのいたとはいえ体に水を浴びていたモーリスは、体こそ無事ではあるが、服が凍りついていた。

 

「……くッ!」

 

 足を思いきり振ることで、ズボンの関節は曲げることが可能となる。

 だが、濡れた上半身に張り付いている上着だけは脱ぐこともできない。強引に剥がそうとすれば皮膚が裂けるだろう。

 

「……ふぅ。リドくんで慣れたとはいえ、とんでもない人もいたものだね」

 

「ッ!?」

 

 何気なく呟いたモーリスの言葉を聞き逃さなかったその女騎士は、今までの沈黙が嘘であったかのように問いかけてくる。

 

「りどがどこにいるか知ってるの?」

 

「え? うん、もちろん」

 

「教えて」

 

 有無を言わせない口調でそう言ってくる女騎士。

 その切迫したような様子にモーリスは目を見開いた。

 尋常な反応ではない。敵以上の何か特別な理由があるだろうことは理解できる。

 

「いや、それは出来ない。レディーの頼みは聞きたいけど、ボクは仲間を……ライバルを裏切らない」

 

「……ライ、バル……? 貴方が……?」

 

「うん。リドくんがそう言ってくれたんだ」

 

「そう……ならいい。りどが決めたのならいい。でも、貴方程度をライバル認定なんて……やっぱり、アンリとか言う女のせいで、りどは弱くなった? それはいい……でもりどが……悲しい」

 

 脈絡のないことを次々に口にしていく女騎士。

 話し慣れていないようで、言葉の辻褄が合っていない。

 

「キミは……リドくんのなんだい?」

 

「わたしは、セシリア・ローラン。もう1つはセシリア・エディッサ。りどの、家族」

 

「……リドくんの家族?」

 

 まさか、とモーリスは頭を振る。

 訓練の休憩中に、モーリスはリドの強さの原点を知るため、過去について尋ねたことがある。

 その時に『オレは物心ついたときにはもう、殺し合いの世界で生きていた』と語った。

 

 殺し、殺されの世界で生きていたということは、リドは今までに何人も殺めてきたのだろう。

 

 そのことにモーリスは偏見を持たないし、言いふらす気など微塵もない。それほどに劣悪な環境で生き抜いてきたことを尊敬すらできるくらいだ。

 

 だが何気なく、そこには今も家族や友達はいるのかい? と尋ねたのだ。

 

 今思えば、気を使えない考えなしの自分に腹が立つ思いのモーリスだが、それにリドは、少し寂し気に顔色を落とした。

 

『……昔は、居た。だが急に居なくなった。あそこではそれは死を意味する。だから、もう居ない』

 

 そう言ったのだ。

 つまり目の前の人物は嘘をついているということになる。

 だが、一考の余地はまだ残っていた。

 モーリスは顔を上げ、女騎士のヘルムを見据える。

 

「キミは、リドくんに会ったらどうするんだい?」

 

 ただ会いたい。敵意が無いというのならボクは見逃そう、と目で伝えるが、返ってきた答えはモーリスの敵意を煽るのに十分だった。

 

「わたしはりどをエルセレムから連れ出す。例えりどが嫌がっても、なにをしてでも」

 

 今までで一番決意のこもった回答だった。

 譲る気は一切ないというように。

 

「……そうかい。なら、ボクは最後まで足掻こう」

 

 モーリスは凍ったシャツを強引に脱ぎ捨て、拳を構える。

 皮膚が裂けて血が出ることと引き換えに、腕の自由を得る。

 

「なんで……? 貴方はりどの何を知っているの?」

 

「ボクはリドくんの友人……と言っても、まだ日は浅いからね。全ては知らないよ、でも……」

 

「でも?」

 

 張りつめた表情を浮かべていたモーリスは、ふっと笑う。

 

「彼が居なくなると、ボクも、みんなも悲しむ! だから戦うだけさ!」

 

 モーリスは氷塊の上に乗り、一気に距離を詰める。

 

「……そう」

 

 淡白に相槌を打ったセシリアは斬り捨てる覚悟を決めたように剣を構え直した。

 

「『ドゥ・スピアッッ!』」

 

 突貫するモーリスは自身の両手にスピアを纏わせる。

 それによって腕だけでなく上半身の皮膚が次々と裂けて風の渦には赤い血が混じる。

 

「……正気?」

 

 確かに拳に風の刃を纏えば剣とも打ち合えるかもしれない。

 だが、諸刃の剣だ。その状態は数分と持たないだろう。

 肉が裂け、骨が剥き出しになり、いずれ骨も砕けて何も残らない。

 

「この状態なら三分で腕がなくなると思うよ。だけどボクはキミと一分で決着をつける」

 

 リド仕込みのモーリスの双拳がセシリアをわずかに後退させる。

 

「ボクのライバルに対抗するため編み出したものだけどね」

 

 モーリスは一気に肉薄する。

 

「『この身に纏え、この身を包め、この身は風の刃。自身を切り裂き、敵を穿つ』」

 

 詠唱しながらモーリスは双拳を振るう。

 それにセシリアは悪寒を覚たように一歩後退り、初めて自分から攻撃を仕掛ける。

 だがその剣は風を纏う双拳に阻まれた。

 

「『友のため、血のため、敵を討つ。この身に纏うは風の乱舞。風精霊ヴァンよ、ボクの声に耳を傾け、力を貸し与えたまえ』」

 

 セシリアの大振りの薙ぎ払いの一閃をモーリスは瞬時に沈むことで避ける。

 

「『風よ踊れ……ダンス・ドゥ・ヴァン』」

 

 そして、詠唱が完成する。

 

「なにが――っ!?」

 

 突如胸部の鎧に鋭い切り傷が入り、セシリアは思わず声を出してしまう。

 攻撃を避けるために身を低くしていたモーリスの全身に無数の風の刃が纏りついていた。

 その風圧によりセシリアを大きく吹き飛ばされる。

 

「一分……その間に決着を付けよう。副団長さん。あと、もう一度名乗らせてもらうよ」

 

 吹き飛んだセシリアに、風を纏って宙に浮くモーリスは体を傾けるように倒して、猛スピードで肉薄する。

 

「僕の名前はモーリス・べーガーだッ!」

 

 風と一体になったモーリスは、接近する勢いを利用してセシリアに飛び蹴りを見舞う。

 

「く……っ!」

 

 間一髪で横に飛び退き躱すが、寸前まで背後にあった木には、渦巻くドリルに抉られたような大きな穴がポッカリと空いていた。

 セシリアの目から光が消える。血液に染まった赤い風を纏うモーリスを今初めて障害だと認識した。


 自身の剣に氷の外装を施すことで剣の切れ味を取り戻す。

 

「『壁よ』」

 

 またも短節詠唱を唱えたセシリアは、モーリスの風のように氷の壁を纏っていた。周囲の気温がマイナスにまで落ちたからか、周囲には霜が降りていた。

 

「ハハッ、リドくんの炎の壁。その氷バージョンか、恐ろしいねっ!」

 

 こんな絶望的な状況にあっても、モーリスは笑う。

 負けるのなんて分かっている。本当にリドと幼い頃を共にしていたのなら、今の自分が及ばないことくらい。

 でも、楽しい。とてつもなく楽しい。

 過ごした時間はわずかな間だったけれど、リドの戦闘狂が移ったのかもしれない。

 

「ハァッッ!」「フッッ!」

 

 モーリスとセシリアは互いに、目の前の敵に疾走する。

 進んだ地面を抉る二人の攻防は観客を熱狂させるほどの戦いになっていた。

 

 モーリスの風の鎧をセシリアの氷の剣が切り裂くが、双拳によって打ち返される。

 

 セシリアの氷の鎧をモーリスの拳が破るが、剣に打ち返される。

 

 周囲を木々を斬り倒しながら戦う二人は、一瞬の油断も許されない死闘を繰り広げていた。

 

「グッ!?」

 

 だが、時間の流れは残酷にも迫ってきていた。

 次の攻撃を繰り広げようとしたモーリスは、宙に浮いていられず地面に落ちた。

 大量出血によるふらつき、意識の混濁だ。

 

「モーリス・ベーガー。貴方は確かにりどの好敵手になるかもしれない。だから、わたしもわたしの持つ最大の魔法で敬意を払う」

 

 もう息も絶え絶えとなりながらも、モーリスは気合いだけで立ち上がってきていた。

 前すらもしっかり見えていないのだろう。その右手には風の刃を纏わせながら、何もない空間に攻撃を仕掛けていた。

 

「ボクは……リドくんの、ライバルなんだ。やっと、やっと……はじめて……だれかに、認めてもらえたんだ……」

 

 右手は風の刃に切り刻まれ続け、白い骨が見えてきている。肉はもう少ししか残っていない。

 にも関わらず、モーリスは魔法を消そうとはしなかった。

 

「絶対に、リドくんを……守るんだ……」

 

 その様子を横目に見て、セシリアは魔力を練り上げた。

 薄い青色の光がセシリアの全身から溢れ出す。

 

「『白い夜よ・来たれ・ソレイユ・ドゥ・ミニュイ』」

 

 五節詠唱で、唱えたセシリア。

 

 瞬間、空気自体が凍りつくように、何かが瞬時に固まるような凄まじい音が戦場に鳴り響いた。

 モーリスの『ダンス・ドゥ・ヴァン』が自作上級魔法ならば、超上級魔法『白夜』氷魔法の頂点に位置し、世界で使える者は指折りで足る。

 

 本来は40節以上の詠唱が必要の神話ランクの大魔法だ。人一人の魔力では到底足りない為、数人から魔力を奪う必要がある禁忌魔法。

 この放送を見ている世界中の賢者たちは泡を吹いて失神しているだろう。

 

「…………」

 

 悲鳴を上げる間もなく氷に包まれたモーリスは、手を伸ばした格好で物言わぬ彫像と化した。

 

「……あ、殺しちゃダメだった……『氷は水に、吹雪はそよ風に』」

 

 モーリスの心臓が凍る前に、セシリアは氷塊を大量の水に変える。

 意識を失い、全身を切り傷だらけにしているモーリスは、一刻も争う状態で地面に転がる。

 誰が見ても重傷とわかる彼を手当てするため、大急ぎで治癒魔導士隊が駆けつけてきて治療に当たる。

 未だヘルムを外しておらず、鎧全体にモーリスの血が付いているセシリアは、脅える魔導士隊員に構わず、近くに落ちていたモーリスの槍を拾った。

 

「――お、終わったの?」

 

 林の中から赤いドレスを着た少女と鎧を着た数人の騎士が顔を出した。

 シルビエとお付きの騎士たちだ。

 この戦いではセシリアがシルビエの護衛を務めていた。

 近づいてくるモーリスの気配を察知したセシリアに指で避難するよう指示されて、今まで別の場所で隠れていたのだ。

 騎士たちは隙を見て加勢しようとしたが戦闘の壮絶さを目の当たりにし、加勢したところで邪魔にしかならないと判断して一緒に息を潜めていた。

 

「……用事が出来た……」

 

 言葉少なに護衛から離れる旨を伝えたセシリアはモーリスが来た方向へ向かってゆっくりと歩き出した。

 

「ちょっと! あんたはあたくしの護衛でしょう!?」

 

「……なに?」

 

「――っ」

 

 ヘルムの下から睨まれ、シルビエは何も言えなくなる。

 この場に居る全員を敵に回しても、数秒とかからず氷の彫刻にされることをセシリアの逸話をよく知るシルビエは理解している。

 怯えて何も言ってこなくなったのを確認したセシリアは、視線を前に向けて再度歩き出す。

 

「届けないと……」

 

 モーリスの形見の槍を持って、ゆっくりと林の中に消えていった。


 〇 ● 〇


『モーリス・ベーガー、全力を出すが惜敗! しかし、アミリットの雪兎をここまで追い詰めたのは記録上彼が初めてだ! エルセレム帝国騎士団の未来は安泰だ!』

 

 実況が煽るようにそう口にする。

 

「安泰どころじゃねーな」

 

 ロベルトは口元に笑みを浮かべている。

 

「ははっ、モーリスくんは現時点でも即戦力だね」

 

 国の参謀であるクリードも同意する。

 

「にしても、半端じゃないな野兎は」

 

「血塗れ雪兎だよロベール」

 

「……血塗れ雪兎は……」

 

 苦々しい顔で言うロベルトを見て楽し気に笑う40代悪戯小僧。

 

「リドといい、ベーガーの倅といい。これが黄金時代ってやつか?」

 

「うちの愛娘を忘れてるよ」

 

「エマちゃんと言い……」

 

 ロベルトは終始ペースを握られっぱなしだ。

 結婚していたら確実に尻に敷かれているタイプだろう。

 

『戦いの熱気が冷めやらぬ中、【フラムサクレ騎士団】副団長、エマ・トリエテスがアミリット騎士達と接敵!』

 

 実況の声が耳に入り二人は和やかな雰囲気のままモニターに視線を向けるが、クリードとロベルトは視界に入った光景に顔を強張らせた。

 

「……ギル・フォン・スケージ」

 

「ベーガー以上の最悪のカードじゃねーかよ」

 

 エマと向き合う騎士団長、ギル・ファン・スケージ率いる精鋭達の姿がモニターに映っていた。

 

「エマ……リドくん……」

 

 クリードはモニターから視線を外さず、顔をしかめながら両手を握った。

 

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