第57話


 草原からしばらく先、森の中にあるすこしだけ開けた場所で2つの影が動いていた。

 影が動くと同時に白刃が煌めくようにして木々を照らす。


 森の中には獣たちの声とは違う絶叫のような悲鳴が鳴り響き続けていたが、その声も白刃が輝くと同時に消えていった。

 

「ヒャッハー! 最高に楽しいぜおい!!」

 

「そうだね! リドくんっ!」

 

 馬鹿二人の周囲には、クマに襲われたようにアーマーを斬り裂かれて血を流している者。長い棒のようなもので横腹を殴打されて鎧が凹み、意識の無い者。木に顔面をぶつけた態勢で、背中に足跡のある哀れな者が、意識がない状態で転がっていた。

 一目死んでいるように感じるが、何とか呼吸をしているのは確認している。

 


 エマと別れたリドとモーリスはまっすぐ森に入った。

 

 林を抜けると、幅20メートル程度の川の向こうに武装した集団を発見した。

 

 二人は視線を合わせると、モーリスは風魔法でシャツをなびかせながら飛翔し、リドは自身の脚力のみで跳躍し、奇襲を仕掛けた。まさに阿吽の呼吸というような見事な連携だった。

 

「3人川に逃がしたが、まあいい。それより、ここ真ん中くらいだろ? シル……何とか居ねぇぞ?」

 

「確かシルビエさんだったと思うよ、多分」

 

「シルフィーじゃなかったか? ともかく、アイツ居ねぇじゃん」

 

 リドとモーリスは考えるように顎を触る。

 そうしている間に、治癒魔導士隊が到着し、騎士たちの手当てを始める。

 

「なぁモーリス。もしかして、もしかしてだ……」

 

「なんだい? リドくん?」

 

 魔導士隊には目もくれず、リドはモーリスに真剣な顔を見せる。

 

「もしかして……シルフィアは中央じゃなくて、端の方に居るんじゃないか……?」

 

「なっ!? 確かに……そっちの方が守りやすいかもしれない。左右どちらから来るか考えるより、端っこに陣取ったほうが一方向の警戒で済む……リドくん! 君は頭が良いねっ!」

 

「まぁな。クリードを超えると言われるオレだ」

 

 一個中隊を一瞬で蹂躙した二人はカラカラと笑い合う。

 黙々と作業を続ける魔導士隊は思う。こいつらはアホなのか? と。

 

「よし、効率優先だ。オレはこのまま右を走っていく。モーリスは左だ」

 

「一旦お別れだね。見当たらなかったらここで集合にしよう。健闘を祈るよ」

 

 リドとモーリスは互いに背を向け、林の中に消えていった。

 


 その様子を会場のモニターで見ていた観客たちはもの凄い熱気で盛り上がっていた。

 

 エルセレム国民の子供はリドの20m跳躍キックを真似し、大人は酒を飲んでグラスを天に掲げる。

 

 アミリット国民は予想もしていなかったまさかの光景に、口を開き驚愕を露わにする。

 

「よっしっ! まだ序盤で10人の戦力を削った!」

 

 大きなテントの中、クリードはモニター前で拳を握る。

 

「やっぱ規格外だなリドは。ベーガ―のせがれも中々やるじゃないか。こりゃあ酒場の賭博屋は大儲けだ」

 

 ロベルトも腕を組み、笑みを露わにする。

 

「街が潤うのは良いことだね。でもロベール。胸ポケットの賭け札くらい隠そうよ」

 

「……バレてたか」

 

 事前に酒場で身元を隠して賭博屋で多額を賭けてきたロベルトはバツの悪そうな笑みを浮かべる。

 

「ロベートの時は倍率ってどのくらいだったの?」

 

「俺が顔出した時には50倍ってところだったな。開会式の人数差を見て、開戦前くらいに70は行ってた思うぞ」

 

「そっかそっか。このまま順調に行ってほしいね」

 

 クリードは笑みを浮かべながら、自身のポケットに手を入れ、カサッ、と札を触る。

 ダメな大人の典型である。

 この国の英雄騎士達は賭け事が大好きだった。

 

『この展開を誰が予想したでしょうか! アンリ・シャパーニ皇帝陛下のシュヴァリエ候補、リド・エディッサ! そして士官学生のモーリス・ベーガー! 一瞬でアミリット王国精鋭騎士を撃破! このまま快進撃を続けるか!?』

 

 二人の居るテントにまで、実況の興奮入り混じる声が響く。

 

「快進撃、ね……このままいくと思うか?」

 

 モニターをにこにこしながら見ているクリードにロベルトが声をかける。

 

「どうかな? アミリット王国は昔から練度が高い。でも、練度が高いということは、才覚のある人間が少ないということでもある。そこが唯一の欠点だった」

 

 これは公式のデータだけど、とクリードは続ける。

 

「騎士団の平均レベルが3。団長のギル・ファン・スケージのレベルは4。最近の新兵のレベルが2だから、そこそこ高いと言える。けど……」

 

「……副団長か?」

 

「うん」

 

 ロベルトの低くなった言葉にクリードは首を縦に振り、肯定する。

 

「セシリア・ローラン。11歳で一般公募から兵士ペイジになり、13歳で紛争地での戦績から騎士に叙任。現在、アリシア様と同じ16歳にして、アミリット王国騎士団副団長を務める女傑。渾名は『赤き死神』『薔薇の野兎』色々あるけど、本人希望は『血塗れ雪兎』らしいね」

 

「何度聞いても頭が痛くなる渾名だぜ」

 

 頭を抑えるロベルトにクリードはまあまあ、と苦笑いを返す。

 

「あの子のおかげで、ここ3年間の親善試合でエルセレム帝国側に勝ちは無い。策を練っても力技で押し切られるし、囲んでも全滅させられるし……参謀として陛下に顔が立たない」

 

「英雄騎士は参加できないからな」

 

 残念そうに鼻を鳴らすロベルト。

 言外に、セシリアは英雄騎士と戦えるほどの力があると言っているのだ。

 

 決してエルセレム帝国騎士団が弱いわけではない。

 むしろ個性でバラツキこそあれど、他国の中では群を抜いて練度は高い。


 それなのに、たった一人の少女に力技で押し切られているのだ。

 策士としては頭の痛い話であった。

 

「愚痴はこの辺にしておいて、この子は過去の経歴が無いんだよね」

 

「兵卒なんじゃないのか?」

 

 クリードの言葉に何を言ってるんだお前は、という疑問顔を浮かべるロベルト。

 

「……言い方が悪かったね、兵になる前の経歴だよ。公募に入る前、どこの家の子なのか、どこの出身なのかが分からない。ただ、ローランという家名は……」

 

「――アイシャの旧姓だな」

 

 ロベルトの言葉にクリードは神妙に頷く。

 アイシャ・エディッサ。旧名アイシャ・ローラン。

 

「元貴族の『エディッサ』と違って、『ローラン』は北部地方によくある家名ではあるけど、あれほどの強さを持つ家系なら、アイシャの血筋に関係があると僕は睨んでる」

 

「本当にアイシャの血筋なら、なんでアミリット王国に――」

 

 ロベルトが疑問を口にしようとしたところで、実況の興奮した声が入る。

 それに当てられた観客たちも盛り上がるのが分かった。

 

『おぉっと!? 林エリアの空けた場所にて『フラムサクレ騎士団』モーリス・ベーガー君が敵騎士と遭遇! また魅せてくれるのかっ!? 会場では、モーリス君の美貌に、応援する女性から声援が上がっています!』

 

 会場から「モーリスくぅ~んっ! 頑張ってぇ~!」や、「逞しい筋肉を惜しげもなく……ウホッ!」というアレなものまで聞こえてくる。

 

「……はぁ、下らん実況だな」

 

「まあまあ。非モテの嫉妬は見苦……」

 

「非モテって、非常にモテるの略だよな?」

 

 言葉を止めて、モニターに目が釘付けとなっているクリードにロベルトが詰めかかる。

 

「冗談はここまで、百聞は一見にしかずだよ。モーリスくんがジョーカーを引いたみたいだ」

 

 含み笑いを浮かべたクリードは、ロベルトへ促すようにしてモニターを差す。視線をモニターに向ければ、今まさに噂していた相手とモーリスが向かい合っている現場だった。

 距離を測るように、互いに見合っている。

 

『んん!? この特徴的なヘルムの二本の角は!? モーリス君がアミリット騎士団副団長、血塗れ雪兎と遭遇! 次世代最強の呼び声も高い雪兎との戦い! 果たしてモーリス君はどこまで喰らいつけるか!?』

 

 会場の盛り上がりが更に膨らんだのか、騒音がデカくなる。

 

「さあ、お手並み拝見と行こう」

 

「…………」

 

 目を輝かせるクリードと、腕を組みながら苦い顔で足を組むロベルトは半裸の男と、ヘルムと鎧で全身武装した少女に注目した。

 

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