第56話

 騎士団戦が開戦し、リド達は草原を駆けていた。

 アミリット王国騎士団はの面々は一様に馬を従えていたが、エルセレム帝国側に騎馬隊はいない。

 なぜかといえば、リドが馬に乗ったことがなく、乗馬に対して多くの不安が残ることも理由の1つではあるが、大きな理由は他にある。

 敵軍の数30に対してこちらは実質5名だ。

 決着の条件が全軍の全滅か、敵の敗北宣言となれば接敵の度に馬から降りて戦うには不便だからだ。

 この戦力差であれば否か応でも相手をする数は増える。

 馬を使って敵地に早く向かうまでもないのだ。

 

 草原を駆け抜け続け、ちょうど中腹に到達した頃、エマは足を止めた。


「リド。私はここで待機をする。ジェシカはあそこの森が担当だ」

 

「わ、分かりました!」

 

 エマの指示を聞いて暗い表情で頷くジェシカ。

 ココもすぐ近くにちょうどいい狙撃地点を発見したのか、地面に寝転ぶようにして迷彩を施しながらライフルを設置を始める。

 新しい武器ということで、ココは見てわかるほどではないが、少しだけワクワクとした様子だった。


 反対にテキパキと指示を出すエマの表情は硬い。

 リドとモーリスが突貫する場所からくる敵兵の数は少ないだろうが、今回のフィールドは非常に広いため、一番敵兵を相手にするのは自分だろうからだ。

 何よりまだ士官学園の学生であるエマは実戦経験が圧倒的に足りない。

 その差で何が起きるか予想しても追いつかないのだ。


 だが、作戦指揮を任された以上、その不安を出さないように気丈に振舞っていた。

 

「前線は任せたぞ。リド、モーリス」

 

「あぁ。暴れてくるぜ」

 

「任せておくれよっ!」

 

 そんなエマの心中など知らず、能天気なリドとモーリスは軽く手を上げて、先へ進んでいく。

 

「……頼んだぞ」

 

 エマはそう呟くが、その声は遠くなった二人の背中に届くことは無かった。


「エマ先輩!」

 

「……ん? どうした、ジェシカ。森に行かないのか?」

 

「いえ、すぐに向かいます……ですが、その……」

 

 ジェシカの体はわずかに震えていた。

 恐らくまだ緊張が抜けていないのだろうとエマは判断する。

 

 無理もない。元々リドが来るまではそこまで実力のある少女ではなかった。

 

 一週間前まではどちらかといえば、実力が伸び悩んでいる学生だったのだ。

 隣国の正規の騎士と戦うのは年若い少女にはまだ怖いだろう。

 

「大丈夫だジェシカ。おまえは強い。少し肩の力を抜け」

 

 エマは先を読んで不安こそ感じているが、緊張はさほどしていない。

 いざ始まってしまえばそんなことを気にしなくなるタイプなため、ジェシカの手を握って微笑みを向ける。

 

「え? あの、いえ……」

 

「……ん?」

 

 手を握られたジェシカはキョトンとした顔をした。

 

「あぁ、すいません、心配をかけて。緊張とかはしてないですよ。ただ……」

 

 近くの頭上に浮かんでいる白い球体をジェシカは見上げる。

 投影魔法のカメラだった。今の戦場の様子を会場や国内の主要施設にLive配信で届けている。

 

「父上はこの戦いを見ていただけてるのかな? と思いまして」

 

「そうか。ヴラヒム公はお身体を悪くされていたな……大丈夫だ。アンリ様のお話を聞く限り、この戦はエルセレム、アミリット両国にある全ての村に放映されるらしい」

 

 そう言いながらエマも頭上の球体を見上げる。

 エマとジェシカのやり取りを映しているのか、その場から動く気配はない。

 

「私のお母様も、ジェシカのご両親も、見守ってくれているはずだ」

 

 今回の騎士団戦は、リドのお披露目も兼ねているため、エルセレムとアミリットのみならず、同盟国全てに放映されている。

 この戦いに世界中が注目しているといっても過言ではない。

 ただ、賭けにならないほどの戦力差があるため、親族は心臓を鷲掴みにされるような気分だった。

 

 自分が手塩に育てた娘達が斬り刻まれる映像など、耐えられるものではない。

 

 事実、ジェシカのご両親のヴラヒム公からは参加を考え直せという内容の手紙が何度も送り届けられていたくらいだ。

 

「……父上は、あたしが物心つく前から身体が弱かったんです。幼少期は自分の病弱が遺伝していないか、と気が気じゃない様子でした」

 

「お優しい方なのだな」

 

「はい……でも、あたしがルイ・カルメン学園に来てすぐの頃、父上が倒れたという手紙が来ました」

 

 そうか……とエマは頷く。

 まだ接敵には時間がある、そう思い、ジェシカの話を聞く。

 

 ……尚、ここで見逃した一人の敵がコビデの所に行くが、今は関係のない話だ。

 

「一度は村に戻ろうと思ったのですが、もう一通実家から手紙が来ていて、差出人はお父様でした。内容は、『パパは大丈夫だから、ジェシカは好きな道を選びなさい』というもので、手紙の文字だけではなく、目で、父上に無事を伝えたかったんです」

 

「……そうか」

 

「す、すいません。急に、しかも戦場でこんな話をして。すぐに森に向かいます!」

 

「あぁ、いや……口下手ですまない。だが、気持ちは分かるぞ。私の母もお身体が弱い方だからな」

 

「そうなんですか?」

 

 あぁ、とエマは頷く。

 

「この戦は真剣を使用している。お父様の説得があったとはいえ、私のお母様もジェシカのお父様も、心配しているだろう。怪我をしたのなら、無事なうちにジェシカは……」

 

「――え? 何言ってるんですか? エマ先輩。動けなくなるまで戦いますよ」

 

「……え? あ、あぁ」

 

 急に凛々しくなったジェシカに、エマは目を丸くした。

 てっきり怖がっていると思っていた下級生の少女は、意外にも据わった眼をしている。

 

「この双剣は帝国に……アンリ陛下に捧げると誓っています。まだまだ騎士を目指している身ですが、心構えはエクスワイアの先輩方に負けません」

 

「あ、あぁ。素晴らしい向上心だ!」

 

 ぐっ、と引きつった笑顔でサムズアップするエマ。

 

「……まあ、一つ不安があるとすれば……」

 

 ジェシカは腰から短剣を抜き、戦闘中のリドに負けず劣らずの凶悪な笑みを浮かべる。

 

「――人を戦いで斬りつけたことは無いので、どうやって致命傷を負わせないようにしようか考えています。純粋な命のやり取りなら楽なのに……」

 

 もの凄いオーラに、あぁ、流石はリドの弟子だ……とエマは現実逃避気味になる。

 どうやら心配するなど烏滸がましかったようだ。

 

「う、うむ。そうか! 互いにがんばろう! 勝とうな!」

 

「はい!」

 

 これ以上話を続けると、可憐な少女だったジェシカがオルタ化しそうだったため、エマは強引に話を断ち切った。


 手を振りながら離れていくジェシカを仏のような顔で送り出したエマは、ふぅ~、と息を吐きだした。

 

「……ジェシカは危ないな。危うく死者を出しかねん」

 

「同……意……」

 

「ぬわっ!? 居たのかココ!? 黙っていたから気が付かなかったぞ!」

 

「狙撃手……だから……」

 

「う、うむ?」

 

 それは言い訳になるのか……? という言葉をエマは飲み込む。

 

「それより、敵、来たよ……」

 

「む? 案外早い接敵だ。前線の二人は何をやっているんだ?」

 

 ココに言われて視線を草原の向こうに向けたエマは3人の敵を捕捉する。

 

「……撃つ?」

 

「あぁ、そうだな……いや待て下がっていてくれ。どうやら様子がおかしい」

 

 言いながら腰の剣を抜いたエマは、敵三人に向けて駆け出す。

 見間違いかもしれないが、剣を持っているようには見えなかった。

 

「……む?」

 

 距離が近づくにつれ、やはりこちらに走ってくる敵の様子がおかしいことにエマは気が付く。

 

「はっ……はぁっ……うわぁああ!」

 

「ぅ、はぁ……クソッ! 聞いてねぇよ!!」

 

「いやだいやだ死にたくない死にたくない悪魔がくる…………っ!!」

 

 3人の立派な鎧を着ている大男たちが、泣きながら逃げるように走り回っていた。

 やはり手に剣を持っていない。

 

「……アミリット王国の騎士……か?」

 

「うわああ敵だ!? 降参っ! 降参するから殺さないでぇ!!」

 

 剣を手に持つエマがすぐ近くに迫っていることを理解した騎士たちは、その場で手を上げ、地面に頭を付ける。

 

「な、なんだ急に!? 何があったのです!?」

 

 思わず心配そうに、素で聞いてしまうエマ。

 

「え、炎髪の……男と……金髪の半裸に……中央部隊が……」

 

(あ、リドとモーリスの被害者か……)

 

 瞬時に理解したエマは、剣を持っていないほうの手で頭を抑える。

 恐らく地獄のような惨劇から逃げ出してきたのだろう。

 

「降伏すると口にしたのなら、私が手を出すことはありません。早く場外に移動してください」

 

 青い髪を靡かせているエマは敬意を払った口調で、剣を腰に収めて元の草原を見渡せる場所まで戻る。

 

「敵じゃ……ないの……?」

 

 逃げ出す騎士たちを見て、ココはエマに尋ねる。

 

「あぁ、もう敵じゃない。被害者だった」

 

「被害……者……?」

 

 苦労ジワが出来そうなほど眉根を寄せるエマにココは首を傾げる。

 

「……前線のバカ二人は何をやっているんだ?」

 

 その『バカ』を思い、深々とため息を吐いた。

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