第54話


 草原にて、リド率いるフラムサクレ騎士団は、フェーべル草原にて開戦の祝砲を待っていた。

 まだ開戦まで少しだけ猶予があった為、なんとなしに周囲を見渡せば、エルセレム帝国の救護班が担架などの準備をしているところが目に入る。


 ふと見慣れた背中を見つけて声を掛けた。


「よう。働いてるか? ヨル」


 リドの声を背中に浴びて、ビクッと肩を動かしたメイド隊のヨルは、振り返ることなく眉間に指を当てて悩んでいるような雰囲気を出す。

 

「むむっ、この邪気は……覚えがありますよ……シド!」


 ズビシッ! と振り返りながら人差し指でリドを指すヨル。

 

「シドって誰だよ」

 

「おや? どこのホームレスかと思ったらリドじゃないですか。こんな所まで空き瓶拾いですか?」


 露骨に肩を落として呆れたような表情を作るヨル。

 少しだけイラっとした。

 

「わざわざ帝都から馬車で2時間かかる距離まで空き瓶拾いに来るくらいなら、もっと違うことで金貰えるな」

 

「やれやれ仕方ない。さっき露天で買ったコークを飲み切るので、空き瓶あげます」

 

「頭に叩きつけんぞ姉ちゃん」


 ポケットからコークという飲み物が入った瓶を取り出そうとするヨル。

 いや、どんだけ収容力あるんだと呆れ気味になっているリド。


「冗談は置いておいて。とうとうやってきましたね、騎士団戦」


「おう、きっちり働けよ」


「うむうむ。リドの死体は私が回収してあげます」


「死体になる前に助けろよ」


「それは無理。生きてるリドに触ったら貞操の危機」


「ふっ、賢いな。オマエの秘め事を全国放送してやる予定だったんだがな」


「馬に蹴られて四肢がへし折れて内臓飛び出して、意識はあるけど、肋骨が肺に突き刺さって激痛の中、呼吸困難で死ねばいいのに」


「ちょいと辛辣すぎないか」


 グロすぎるだろ。

 どこからそんな語彙力が出てくるだ。

 最近の女は怖い。


「いいから早くいく。私は忙しい。アンリ陛下に傷一つ付けたらお尻にモップ突き刺す」


「持ち手の方か?」


「モップの方」


「……どうやって入れるんだよ」


 リダが疑問を口に出したところで、ヨルはリドの背中を押してエマ達の元へ送り出す。

 辿り着いたところで、リドの曲がったネクタイを直してから一礼して戻っていく。


「全く、相変わらず仲がいいな。緊張感のないやつだ」

 

 少し呆れた様子で二人を見ていたエマは、少しだけ嫌味を込めてそう口にするが、リドは気がついた様子なく草原を見てあくびを噛み殺す。

 

 頭の中にあるのは終わった後の屋台くらいなものだ。

 

 今日は騎士団戦がメインイベントとはいえ、会場は祭りを開催している。

 

 スラム時代のリドは祭りを遠目から見ていたことはあったが、貧民街の人間には参加をする権限がなかった。そのため、参加するのは初めてだ。

 

「オレこういうちゃんとした戦いとかは経験ないからな。緊張も何もよくわかってねぇのが本音だ。目があった瞬間に殺し合うってのは腐るほどやったが」

 

 死体がな、とぼそっと付け加えるリド。

 

「とんでもないことが聞こえた気がするが……まあいい」

 

 顔を青白くしたエマは前を向き、草原を見る。

 リドも特にすることもないため、リラックスするように目を閉じて首を回す。

 

 その背中にコビデが声をかけた。

 

「おい、リド。話がある」

 

「なんだ?」

 

 背後でアリシアを警護するように前に立っているコビデにリドは視線を向けた。

 スラム時代に着用していたフード付きのコートは脱ぎ去っていて、今は貴公子という言葉が似合う白いシャツ。その上にベストを羽織った執事のような格好になっていた。

 

 執事と違う所は、背中にはリドの剣よりも遥かに長さのある長剣を背負っている事だろう。

 

「ここ一週間、アミリット王国騎士団について俺個人のパイプを使ってそれなりに調べたんだがな。団長のギルより、副団長の女騎士の方が腕が立つそうだ。あだ名は『血まみれ雪兎』って言うらしい。気を付けろよ」

 

「なんだそのファンシーな渾名は、やっぱアミリットってのはウサギの国か? 特徴は?」

 

「公の場では二つ角のヘルムを外さないから顔は不明。名前も出身も不明だが、五年ほど前に入団試験を異例の成績で合格してのし上がってきたらしい。女だというのは胸部の兵装で判断したものだ」

 

 随分と秘密主義だな、とリドは呆れたように鼻を鳴らした。

 記憶を遡れば、開会式前に熱い視線を向けてきたヤツだと思い至る。

 

「腕が立つ、か……確かに雰囲気はあったな」

 

「見たのか?」

 

「開会式前に随分ガン見されたからな。オレの所に来たら相手をするが、そんだけ強えーならコビデんとこに攻めてくるんじゃねぇか?」

 

 口元に笑みを浮かべながら「ま、頑張れよ」と口にするリド。

 そんな彼を見てコビデは確信したように薄く笑みを浮かべた。

 

「……それはどうだろうな?」

 

「あ? どういう意味だ?」

 

 意味深な発言をしたコビデに尋ねたところで、遠くからトランペットの音が聞こえてきた。

 そしてすぐに、パァンッという開戦の号砲と、観客の喧騒が響く。

 

「……時間、か。じゃあ行くか、オマエら」

 

 リドの言葉に、エマ達は口々に返事をする。

 開戦前は気後れしている仲間も多かったが、今では皆先を見据えている。

 頼もしくなった仲間を見て、リドは軽く笑みを浮かべた。

 

「俺はここでアリシア様を警備するから、お別れだな。せいぜい頑張れよガキ共」

 

「コビデこそ、ブランク長すぎて背中の剣振り回せなかったら笑ってやるよ」

 

 リドはコビデと一度拳を合わせてから仲間たちと共に走りだした。

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