第52話
周囲にあるものより、一際大きなテントの中に入り、地図が置いてあるテーブルを囲む。
「じゃあ、作戦会議を始めよう」
クリードがそう切り出して、テーブルに赤い石一つと青い石六個を置く。
「その前にクリード一ついいか?」
「なにかな?」
「……この騎士団戦は国の騎士の参加は認められてないって話じゃなかったか? オマエが入って大丈夫なのか?」
そういう誓約があったはずだ、とリドは半眼で見る。
もしこれで反則負け、なんて言われたら最悪だ。
「ハハッ、面白いことを言うね。リドくんは。戦いへの騎士団参加は認められていないけれど、作戦にまで参加してはいけないなんて誓約は無いよ? それに……」
「……それに?」
聞き返したリドに、クリードはお茶目な少年のような笑顔を向ける。
不思議と愛らしさなど微塵も感じない。
「バレなきゃ罪にはならないものさ。わかるかい?」
「「「…………」」」
笑顔でそう口にしたクリードに、リドだけではなく、全ての者がジト目で見つめる。
想像していた反応と違ったのか、クリードは若干焦ったように目を泳がせる。
「あれ? なにかな? この空気……ほら! デュセクくんの参加も誓約には違反していないし、君たちを勝たせたいって思うのは親心として……さ? それに! 向こうだって正式な騎士達ばかりじゃないか! あれ……エマ? パパを助けてくれないかい?」
「……お父様は、少し公務で疲れてしまっているようだ。寛大な心で聞かなかったことにしてください」
「あれ!? 僕ってそんなおかしいこと言っているかい!? ルールの決まった戦いって言うのは、どれだけ誓約の裏を斯くかが重要じゃないか! 諜報部にいる僕の部下なんて、国際問題があると一日中不敵な笑みを浮かべて何度も誓約書を見返すよ!?」
冷めた視線を感じたクリードは「流石に、大砲を使って、一撃で敵兵を吹き飛ばそうって言いだした時は止めたけれどね……」意味のない補足をしたが、無駄だろう。
英雄騎士に憧れがあったジェシカなど、軽く現実逃避気味に頭の触覚を回している。聞かなかったフリ実行中のようだ。
「……はぁ。続けてくれ」
見た目は好青年にしか見えないクリードが必死に弁明する様が、なぜか心に刺さったリドは、話の続きを促すように、深く椅子に腰掛ける。
「うん、じゃあまずはこの戦いの条件からおさらいしよう」
クリードは一通り話していく。
この戦いの決着の条件は降伏負けか、自軍の全滅によって勝敗が決まる。ということを。
フィールドは10キロ平方メートルであり、今回主な戦場になると予想される中心の草原だけじゃなく、フィールド内には林も、大きな川もあると。
「つまり、どんなに劣勢になっても、アリシア様が降伏すると言わない限り、最後の一人になっても試合は続行されるんだ」
「……ほう」
改めて聞いても随分残酷なルールだ。
救護班がどれだけ優秀と言っても、仲間が倒れても、臣下が一人しか残っていなくても、戦い続けるしかない。
「それで、まずはアンリ陛下にお願いがございます」
「は、はい。なんでしょう?」
それまで痛む心を耐えるように下を向いていたアリシアだが、クリードに急に話を振られ、少し驚きながら姿勢を正す。
「今回の戦でアンリ陛下には、全滅負け以外での敗北はしないでいただきたいのです」
「……えっ?」
クリードの真剣な顔を見て、アリシアは言葉の意味を理解する。
つまりは、エマも、リドも、ジェシカも、モーリスも、ココも、コビデも、全てが戦闘不能になるまで、歯を食いしばって耐えなければいけない、ということを。
「……わかりました」
自身を守るためだけに倒れていく。
その重荷は心優しい少女には、想像以上のストレスが積み重なるだろう。
だが、アリシアはそれを承認する。
覚悟のある瞳を浮かべて。
「……ここが一番の難所だったんですが、陛下の英断に、このクリード、敬意を表します」
そう言って、胸に右手を添えてクリードは頭を下げる。その行動には最大限の敬意が含まれているように感じる。
先ほどまでの気安い態度を崩し、今は国に使える忠君といった様子で、ジェシカは目をキラキラと輝かせてクリードを見つめていた。
「良いのです。わたくしに出来るのはそれくらいですから」
「アンリ様! そんなことはありません。我らの剣、槍、砲は帝国の為、アンリ様の為のみに振るう。それが騎士を目指す我々の誇りです!」
エマの言葉にリドを省く全員が頷く。
「……オレはオレのために剣を振る」
「おいリド」
またいつもの駄々っ子が始まった……と、エマは嗜めようとするが、
「だが、ま、今回は敵を倒せば倒すだけアリシアが守れるわけだし、オレの剣で勝手に守られるのは好きにしろよ」
「リド……」
ぶっきらぼうに答えたリドの言葉を聞いて、一度怒りを見せようとしたエマだが、その優しさに気がついて言葉を止める。
リドが目の前を倒し続ければアリシアが傷つくことはないからだ。
クリードもそんな様子を見て仲裁するように苦笑いを浮かべる。
「うん。そうだね。この作戦は敵陣に向かうリド君に掛かっている」
「お父様、やはりリドは斬り込み、ですか?」
「もちろん。今回の戦いで最強戦力を出し惜しみしている余裕はない。じゃあ、そうだね。まずはアンリ陛下の護衛から行こう」
クリードはテーブルの地図の上に赤い石を置き、その横に青い石を置く。
「この赤い石は皇帝マーク、つまり陛下で、青い石、つまり護衛の兵は……」
全員が息を呑む。
一番重要なところだからだ。
最後の一兵になる可能性が最も高い護衛。
弱くては話にならない。
「――デュセク君だね」
「……俺、ですか? 参謀」
覚悟はしていた、と言うように冷静に聞くデュセク。
「うん。君にはスキルで『
クリードが口にした『背花闘心』は、この世の何よりも主を敬い、崇拝する従者のみが習得できるスキルだ。
主のために戦うときに、身体能力を向上させる。
魔法の『身体強化』ほどの向上は望めないが、自動発動なため、十分にスペシャルなスキルではある。
「はっ、謹んで、その責務を拝命いたします。」
デュセクはその場で膝を折り、軽く目を閉じて胸に右手を添える。
とてもスラムにいた遊び人の風格は無い。
熟練の騎士の姿だ。
「なんか、そうしてるとコビデもまともに見えるな」
「おいおい、俺だってアリア様……はわかんねぇか。アリシア様のお父様のミカエル様と、お母さまのアリア様。二世代の先代アンリエッタ皇帝陛下の側近として仕えてたんだぜ?」
「お、おいコビデ、アリシアが聞いてるだろ。気を遣えよ」
「あっ……」
自身の過ちに気が付いたコビデは慌てて口を抑える。
亡くなった両親の話を持ち出すのは失言以外の何物でもない。
珍しく気を利かせたリドがコビデの言葉を止めた。
「ハハッ、久しぶりに聞くね。ミカエルとアリア様か……優しい方々だった」
「えぇ。自慢の父上と母上です」
穏やかに話しているクリードとアリシアを見て固まる。
(おやっ? アットホームだぞ……どうなってんだ? コビデ?)
(わからねぇよ。ミカエル様が無くなったのは五年前。アリア様が無くなったのは二年前だ。俺はその時には騎士じゃなかったから、皇城の様子は知らない)
「ん? どうしたんだい? デュセクくん、リドくん」
「え? あ、いや、何でもないぞ? その、両親が死んだことをアリシアは……その……」
気まずく、珍しく言い淀むリド。
「あ、わたくしを気遣って頂けたのですね。大丈夫です。わたくしは、立派に国を支えた後、天の父上、母上に褒めていただきたいのです。そのため、今回の戦は負けたくありません……」
アリシアは手を組んで目を瞑る。
(やっべ、別ベクトルにめちゃくちゃ重いんだけど……負けられねぇじゃん……)
(おい、それを言うなら俺の方だぞ。最後の一兵になったら俺が負けた時点で終わりなんだぜ? せめてリド、お前は生きててくれよ?)
(あ、ああ……)
アイコンタクトだけで会話をするリドとコビデ。
そんな二人の様子に気がついているものはいない。
スラムで過ごした人間特有のコミュニケーションだ。
「じゃ、じゃあ、とにかくコビデはそこでいいとして、時間もないし、他にいってくれクリード」
「そうだね。反論……は、多分あると思う。けれど、こればかりは僕の見る目を信用してくれるかい?」
「「「はいっ」」」
エマ、ジェシカ、モーリスは返事を返し、リド、ココは頷く。
「よし、じゃあ防衛隊の編成だ。と言っても敵が来ないわけじゃない。むしろ今回はアタッカーもディフェンダーも少ないため、待ち構える防衛隊が相手をする数の方が多いだろう。ここに配置するのは2人」
クリードは地図の中間地点の森と草原に青い石を二つ置く。
「エマ、ジェシカくんだ」
「え……私が防衛隊ですか……? お父様」
「うん。エマの場合、もうリドくんに教えられてわかったと思うけれど、突き刺し払うその剣は、大人数を相手にすることに適しているんだ。一人を相手にしている時間が短いからね」
「そ、そうなのですか……?」
エマは腰に吊るしている細剣を見る。
「うん。そのため、エマにはフェールドで戦ってほしい。もちろん敵が全く来ない場合は前線の援護に行ってもいい」
「わ、分かりました」
エマは驚きながらも頷く。
「そしてジェシカくん。君を選んだわけはね……」
「は、はいっ!」
クリードはジェシカの駒の置いてある位置を指す。
「君の武器はリーチが短い。でも近接戦、ゲリラ戦では無類の強さを誇る。4日前、リドくんと訓練をしている時、1撃だけリドくんのお腹に当てられたよね?」
「あ、はいっ。でもなぜクリード英雄騎士様が……?」
「見ていたからね。最近は仕事の合間を縫ってリドくんの指導を見ていたんだ」
クリードはリドを見て、微笑む。
リドは気まずそうに目を逸らした。
「話を戻すと。森の遭遇戦では長剣を使うに適さないんだ。生い茂る木々で視界が悪いため、5メートル先でバッタリ遭遇。って言うケースが多いからね。だから、君の二本の短剣は森での遭遇戦。ゲリラには最適なんだ」
「そ、そんなに細かく……頑張ります!」
「うん。でも、肩の力を抜いて良いよ。敢えて森を進む兵は少ないだろう。決して小さくはない森だからね? 恐らく来ても数人程度だ」
「わ、分かりました!」
ジェシカの返事を聞き、満足そうに頷いたクリードは再びテーブルの地図に視線を向け、石を二つ掴む。
「そして、待ちに待ったアタッカー。突撃兵はリドくんとモーリスくんだ」
「ああ」
「光栄だっ!!」
不敵な笑みを浮かべながら肩を回すリドと、待ってました! と槍の尻を、カーンッと地面に叩きつけるモーリス。
「君たちの場合は説明は不要だね。地上最強の隠し玉であるリドくんと。一対一も複数戦も、広範囲で相手に出来る万能のモーリスくん。君たちに贈る言葉はただ一つ……」
リド以上に不敵に笑った、完全に悪役顔のクリードは握った右手の親指を立てて、首の前を斬り、親指を下にする。
「目に映ったものを殲滅しろ!」
「ふっ、簡単で良いぜ」
「ボクの槍と風魔法で敵を翻弄しよう!」
頭が幼稚園児レベルのリドとモーリスにはよく通じたようだ。
クリードの応対力、一人一人に分かりやすく説明する力は本当に天才的だ。
いや、天才だからこそ、策士として英雄騎士になるほどの力があるのだろう。
「よし、じゃあ最後の一人。ココくんだね。君に任せたいのは前線、後方の遠距離狙撃だ」
ココは頷きもせず黙っている。
「なぜなら…………アレ? ココくん。そう言えば、君、銃は持っていないのかい?」
異変に気が付いたクリードが原因を率直に聞く。
「……ん」
それにココは悲しそうに頷いた。
「お父様、実はですね――」
エマはココの銃を改造に出しているため、今は無い。と説明する。
「えっと……もう40分程度で開戦するんだけれど……大丈夫かな? ほら、僕の知っている銃騎士って点検に1時間は掛ける人たちが多いんだけれど……」
「それは……大丈夫……」
ココは首を振る。
「感覚で……撃つ……から……」
「そ、そうか。その言葉は信用しよう……でも、まだ銃は来てないんだよね?」
「……ん」
悲しそうに頷くココ。
ここ最近、替えの銃しか触っていないため、ずっとそわそわしていたからな。
「困ったな……実は君が今回の作戦で一番の砦だったんだけど……」
『――キミの意見なんて聞いていない。早く入れたまえ!』
クリードが顎を触り、再度編成を考え出したところで、外から女の子の声が聞こえる。
『申し訳ありません。一般の方はこの先には……』
『りどとここにあわせたまえ!』
『申し訳ありません。親御さんはどちらに……?』
『いい加減にしたまえ! 子ども扱いするなぁーーー!!!』
魂の咆哮がリド達のいるテントまで木霊する。
子供が騒いでいるのかと思ってスルーしようとしたが、聞き覚えのある声だと感じて出入り口に視線を向ける。
「あ? この声は……」
「エリスだ! 間に合ったのだな!」
「よし、早く銃を受け取りに行ってくれ! 作戦はもう佳境だけど、時間が差し迫っているからね!」
クリードの言葉にリドとエマは返事をして、ココと共にテントの外に出る。
そこには何やら揉めている様子の警備兵と紫色の髪をした少女の姿があった。
「時間が無いのだ! 負けたらキサマが責任を取るのかね!?」
「申し訳ありません。関係者以外を入れるわけにはいかず……」
警備兵が止めているようだ。
大きなケースを背負って大きな声で話す、小さな小さな少女は、通路を通る人たちの注目をこれでもかと集めている。
「やっと来たかエリス! ……すまない。この者はエリス・ヴィヴーレ。騎士団戦の関係者だ。私はエマ・トリエテス。今回の副団長を務めさせてもらっている。入れてあげてくれないか?」
「クリード参謀のご息女!? エリス・ヴィヴーレ!? もしかして、その、技工士のヴィヴーレ様でしょうか?」
「そうだと言っているだろう! まったく、サインなら後で書いてやるから早く入れたまえ」
「し、失礼しました!」
警備兵は敬礼をした後、警備に戻っていく。
不機嫌になりながらもそれを見送ったエリスは、一度鼻を鳴らしたあと、リドたちと向き合う。
「さあエリス、入ってくれ」
「うむ。だがその前にフェーベル。これがキサマの銃だ。いい加減重いため、自分で持ちたまえ」
「……んっ!」
ここまでずっと馬車を乗り継ぐ間も背負ってきたのだろう。鬱陶しそうに背中のライフルケースをココに差し出す。
それを嬉しそうに受け取ったココは辛抱ならんとばかりにケースを開く。
目当ての銃を持って点検にかかる。
「今作戦会議中だ。見てくか?」
邪魔してもあれだろうと、ココを放置したリドはエリスをエントに招き入れる。
「……ふむ。此処の設備も見たい。見学をしよう」
そのまま中に入ったエリスは、テント内の通信設備などを見て顎に手を当てて思考を巡らせる。
「クリード、ココの銃が届いたぞ。ココの役割を話してくれ」
テントを潜りながらリドはそう伝える。
「銃は問題ないのかい? なにか、不具合とか……」
「安心したまえ。ココのクセも計算して組み直してある」
クリードの質問に、エリスがリドの代わりに答える。
自分の技術に絶対の自信がある様子のエリスを見て、クリードは安心したように頷いた。
「君はエリスくんかな? 間に合わせてくれて本当にありがとう。作戦を練り直さなければいけないところだった」
「トリエテス英雄騎士かね? 時間が無いのだろう。私のことは気にせず早く始めたまえ」
クリードに視線を向けることなく、通信設備を見つめているエリスの背中にクリードは軽く会釈をする。
「そうだね。そうしよう」
相変わらずエリスは態度がデカいな……クリードはぶれないな……とリドは思いながら、再度話に耳を傾けた。
「ココちゃんは遊撃兵だ。前線、後方のフォロー。可能ならば敵兵を撃ち抜いてほしい。あ、もちろん今回は頭は無しだよ。流石に死人が出るのはやりすぎだ。胴体や、足などを撃ち抜いてくれれば、治療が出来るから」
「……久しぶりの……私の……銃……」
(だめだ。話を全く聞いていない)
クリードはそう思う。
ココは銃を取り出し、猫のマーキングのように頬を擦りつけている。
「まあ、なんだ。実のところ、僕は銃をあまり信用していないんだよ。弾は当たらない時が多いし、味方を撃ってしまうこともある。将来的に、銃は剣を凌ぐだろう。距離や殺傷力でね。でも今のマスケット銃は貫通力に乏しく、まだ実用性は……」
「――それなら問題ない。トリエテス英雄騎士」
エリスがクリードの話に割り込む。
「フェーベルに持たせた銃は今までのマスケット銃とは違うのだ」
「どういうことかな? エリスくん」
クリードの言葉に頷いて、エリスはポケットに手を入れる。
ふふんっと胸を張りながら、小さな丸い鉄の塊を取り出した。
マスケット銃の弾だ。
「これを見たまえ。今までの銃は玉が丸く、銃口から弾と火薬を入れ、それを内部で爆発させることによって発射されていた」
リドとモーリス、ココ以外が頷く。
ココは銃に頬擦りしているため、話を聞いていないからだ。
……リドとモーリスは単純に話に付いていけていない。
「だが……」
エリスは別のポケットに手を入れ、別の細長い鉄の塊を取り出す。
「これがココの使う弾だ。そして、これを組み込んだものが『これ』になる」
そう言って、ポケットから先端が尖ってはいるが、ケツは円形型の者を取り出す。
どんだけポケットあんだよ。
「従来のマスケット銃のように、銃弾と火薬を銃に装填するのではなく、元々火薬と銃弾が一緒になったものを薬室に押し込むタイプのものだ」
「ん? どういうことかな?」
流石のクリードもよくわかってはいない様だ。
そのため、エマをはじめとしたココ以外の全員が首を捻る。
ココは……前略。
リドとモーリスは、『あ、ここはわからなくていいんだ……』という周囲に同調したものだが。
「全く、説明が面倒だな……つまりだね? 今までの弾は鉛のムク弾というやつで、ラムロッドでそれを押し込み、黒色火薬で敷き詰めていたのだが、これは薬莢というもので火薬と弾が一個セットになっている。一々弾を入れて、火薬を入れて……としなくても、トリガーを入れて、これに穴をあけることにより、真空包装だった銃弾に膨大な空気が入り込み、その変化によって火薬が熱され、弾が発射されるのだ。訓練が必要ではあるが、ココの火魔法『アリュマージュ』で内部の火薬に着火すれば、引き金を引かなくても弾は発射することも可能だ。元々は薬包というものを開発したのだが、薬莢にした方が……」
ペラペラペラ。
エリスは自慢話のように鼻を膨らませながら話していく。
「……ごめんね、全く理解できないよ」
ペラペラと話しているエリスの話にクリードは付いていけない。
「ふむ。やってみたほうが早いかもしれないな……フェーベル。外に出たまえ」
「撃っていいの……?」
「うむ。今までとは勝手が違うからな。ボルトを引けと言ってもわからないだろう?」
ココは銃を触って、棒のようなものを触ったり、先端に付いた長い棒を触るが、
「……わから……ない……」
首を傾げた。
「それを教える。早く来い」
「……ん」
エリスに続き、外に出るリド達。
草原エリアに付き、50メートルほど先に木の板を5枚並べて立ててもらい、ココは地面に寝そべる。
「ココ、まず弾薬が五つほど入ったマガジンを下に出来た溝に先端だけ填めたまえ」
「……ん」
ガチャンッ、と音が鳴り見事に填まる。
持ち上げても落ちない。
「な、なぁ、コビデ、モーリス」
「な、なんだ? リド」
「なにかな?」
一様にそわそわしている、真剣な顔で銃の動作を見ているクリードを省く男性陣。
「今のガチャン……って音、ものすごく心に来たのはオレだけか?」
「……俺も同じだ」
「ボクも同じく」
変形するものが大好きな男性陣は、『オレもやってみたいっ!』という切実な願望を必死に抑える。
「そうだ。次に、ボルトを手前にゆっくり引いてみたまえ……うむ。それで弾は薬室に入れられ、装填が終わる。元に戻して、取り付けてある望遠鏡の要領で作った小型スコープで目標を確認したまえ……違う、もっと頬を付けるくらい……そうだ。真ん中の木に目標を付けたな?」
「……ん」
エリスはしっかり確認した後、
「キサマら、耳を塞いだほうが良いぞ」
「……ん?」
何かエリスが言った気がするが、リドは呆然としている。
「フェーベル、撃ちたまえ」
「……ん」
ドパァン!!
もの凄い爆音とともに、50メートル先にある板に穴が空く。
「あ、あぁ……」
リドの耳はキーン、と甲高い音が鳴っている。
後方にいた客たちは、祝砲か? と見に来るが、全く違う。
横を見ると、コビデは無事のようだが、モーリスも地面に転がって耳を抑えている。
「ボルトを引き、薬莢を吐き出し、次の弾を入れたまえ……よし。狙いを付けたら発射」
「……ん」
ドパァン! また爆音が鳴る。というよりココの耳は平気なのだろうか?
「連続で狙いを付けて引いて見るといい」
ドパァン! ドパァアン!! ドパァアーン!!!
「うぅ……」「ぬっ……」
リドとモーリスは弾を受けていないのに呻いている。
急に来た大きな音にびっくりする猫レベルだ。
「……大丈夫かリド、モーリス」
いい加減に見かねたのか、エマが手を差し伸べるが、
「あぁ!? なんだってぇええ!?」
聞こえなかったのか、大声で聞き返すリド。
「……はぁ」
エマの苦労ジワ増えること必至である。
「これは凄いな……的にも正確に当たっている……」
クリードは運営方法を一瞬で理解したのか、感嘆の息を漏らす。
「まだまだこんなものではないがね」
「どういうことかな?」
「必中距離は撃つ人間によって変わるが、ノズルを加えることで回転力が増して貫通力が上がったため、100メートルまでは当てられるだろう。フェーベルの目ならば2倍の200メートルまでなら当てられるはずだ」
「なっ……」
流石に絶句するしかないクリード。
もはやオーバーテクノロジーだ。
エリスを敬うのでは足りなく、畏怖すら覚える。
「安心したまえ、まだ量産体制は整ってはいないし、弾も15発用意するのが限界であった。後10発しか残ってはいない」
「……アリシア様、これは有用です。ですが、今の人類には危険すぎる。魔法が使えない人間でも、簡単に魔法と同等の力を使えてしまう兵器です。ココ・ファーベルくんは特例として、量産はしないほうがよろしいかと、このクリード、進言いたします」
早く来すぎた剣の終わりと、銃の朝日に、クリードは恐怖する。
「ええ、わかりました。わたくしもその様に判断します。エリス様、決して外部の者にこの兵器のことは……」
「うむ、わかっているよアンリ皇帝陛下様。この研究は自分がラボでやったものだからね。フェーベルの練習のために弾薬の量産は続けるつもりだが、銃身自体の生産はやめるつもりだ。正直、自分の手にも余る兵器だからね」
「お願いいたします」
「うむ」
エリスによってもたらされた研究は、意外なところで事件になるが、それはまた別の話。
「だから聞こえねぇよ!!」
「大丈夫か!? と言っているんだ!!」
こんなシリアスな場面ではあるが、未だにリドの耳は治らない。
その後、テントに戻るまで耳鳴りがやむことも、エマの怒声がやむことも無かった……。
テントに戻り、作戦会議を進める。
残りの時間は移動時間を考えると、残りは20分程度だ。
「さて、ココくんが仕留められる敵は最大で10人となったから、それを踏まえて作戦を決めよう。まずココくん?」
「……ん?」
肩に撃鉄の衝撃を受けて、頬がつやつやした火薬臭いココは首を傾げる。
「銃を撃つときは、最終手段としてくれるかい? 銃の改造中はリドくんに体術を鍛えられたんだよね?」
「……ん……わかった……」
それに少し残念そうに頷いた。
「よし、作戦は以上だね。とにかく、上手くいけば、前衛のリドくん達で敵を撃破、撃ち漏らした敵をエマ達が二次包囲網で撃破。それを超えたらココくんが撃ち抜く。それすら抜けた敵はアリシア様の方に向かうため、これをデュセクくんが護衛をしながら撃破。いいね?」
クリードの全員が言葉に頷く。
「あくまでこれが基本だけで、戦いは予測が付かないことがあるから……その時は、そうだね、エマ。現場指揮を任せたいんだけどいいかな?」
「は、はい。お父様」
少し緊張した面持ちで頷くエマ。
「大丈夫。これだけ濃いメンバーだ。各自自由に動くだろうからね」
「……ふふっ、そうですね」
「任せたよ、エマ。さて、もうそろそろ時間だね。みんな、草原エリアに行って準備を始めてくれるかな? 僕もここで映像を見させて応援させてもらう」
「「「はいっ!」」」
クリードは全員を笑いながら送り出すが、
「あぁ、リドくんだけは残ってくれるかな? 少し話があるんだ」
「……ん?」
視線でエマを見ると頷いたため、リドは「先に行っててくれ」と言ってテントの中に引き返す。
「なんか用か?」
椅子に座るクリードにリドはテーブルに腰を当てながら聞く。
「うん。時間はあまりないけど、これだけは伝えておこうと思ってね。お茶、飲むかな?」
「いや、時間が無いんだろ? 話の方を進めてくれ」
提案をリドは手で断り、クリードは話疲れたのかお茶を飲みながら、微笑みかけてくる。
「僕の過去の話だ。『臆病者』になる前の、ね」
「今言ってくるってことは相当大事な話なんだな?」
「……そういうことだね」
リドの言葉にクリードは苦笑いを浮かべる。
「短くまとめてくれよ?」
「うん。そうするよ」
クリードは自身の利き腕の握力を失う前の話を語り始めた。
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