第51話
動揺と歓声に包まれた怒涛の開会式も終わり、待機用テントに移動しようと、舞台袖からはけようとしたリド達だったが、「待ちなさいよっ!」とシルビエの声が聞こえて足を止める。
「今更だけれど、その程度の人数でよく来たわね。その勇気だけは湛えてあげるわ」
薄いエメラルド色の髪を揺らしながら、傲慢な態度でそう言ってくるシルビエ。
ステージ上ではお淑やかな王女様というイメージを作っていたが、裏側に入った瞬間に態度を豹変させている。
面倒だと無視することもできたが、そうする方が後々下手なトラブルに繋がる予感がして話を聞く。
「戦いから逃げるなんて選択肢はオレにはないからな」
「立派ね。でもたった五人で何ができるというの? こっちは精鋭30名よ。今のうちに非礼を詫びて、あたくしの傘下に入るのなら大怪我はさせないように頼むけれど?」
「オマエこそ負ければなんでもやるって言ったんだ。あの言葉を忘れんなよ?」
言い逃れは許さんとばかりに、鋭い眼光でシルビエを見据えるリド。
その視線に臆したのか、シルビエは視線を逸らす。
「あ、アンタに何ができるのよ。アンタこそ今すぐ荷物をまとめる事ね」
「あいにく、オレの荷物は剣くらいだ。負けたらこのままオマエの国まで一緒に行ってやるぜ」
そう言いながら腰の剣を叩く。
実際、リドの私物などほとんどない。
寮ではエマの部屋に滞在し、私物など買ってもらった羽ペンくらいなものだ。
皇城の中に部屋はあるが、家具は皇城のものだし、置いてある本も全てカーラなどから借りている。
ヨルが買い出しのたびに「リド様がご所望なので」と経費扱いで買ってくるクッキーくらいしか私物と言えるものはない。
買ったクッキーの9割はヨルの腹に入っているが。
「じゅ、準備だけは良いようね。手加減はしないから」
「こっちは手加減してやるから安心しろ」
「……ふんっ!」
苛立ったように鼻を鳴らしたシルビエは、そのまま馬車に乗りこんで自陣テントへ向かって去っていった。
それを見送りながら、一歩踏み出そうとしたリドだが、後ろから少し気落ちしたような声が聞こえて足を止める。
「やはり、これは負け戦なのだろうか……?」
リドの後ろに立って居たエマは無意識なのだろうが、そう呟く。
「オマエはどう思うんだよ?」
「無論負ける気などない。ないが……現実は甘くはない。相手は正規の騎士。私たちはあくまでも見習い。リドはともかく、私たちでは力不足だと感じるのは確かだ」
エマは開戦前になって弱気になったのだろう。
無理もないことだ。
初の戦いが国の威信とリドを賭けたモノで、戦力差がありすぎるからだ。
エマとてロベルトやクリードなどを見て育ったこともあり、騎士という職業の人間には慣れているはずだ。
だが、実際に真剣で向き合うとなれば、勝利を手にする自信を持つことなど、一介の学生にとっては厳しいものだろう。
エマの後ろに立って居るジェシカも手が震えていた。
ココは相変わらず何を考えているかわからないが、モーリスもそんな空気を少しだけ気まずそうに感じているのか、微笑を浮かべて頬を掻いている。
「情けねぇな……おいジェシカ!」
「はっ、はい!?」
「オマエもこっちにこい」
「ぇ……は、はぃ……」
怒られると思ったのか、ジェシカは怯えた子犬のように震えながらもリドとエマに近づいてくる。
いつも通りのモーリスとココも、作戦会議か何かと思ったのか輪に加わる。
「いいか? エマ、ジェシカ、ついでに問題がなさそうなモーリスとココも、よく聞け……」
リドは言葉を溜めるように一拍置いて全員の目を順番に見ていく。
「今日のためにオレ達は最善を尽くした。だが、敵の戦力は多い、国同士の戦いにたった5人で立ち向かわなければならない、これに負ければオレはシルビエの下僕に成り下がる……そういう現実が待っている」
現実を思い知らされたのか、皆一様に顔を緊張に強張らせる。
負けるという表現をしたが、真剣で向き合う以上、事故が起きて死人が出てもおかしくない状態だ。
そこは戦争となんら変わらない。
「だがな……別に負けてもいいんだ。怪我は治るって言っても常人には耐えられないほど痛いだろうしな。やばいって思えば降伏すればいい」
救護班が優秀とはいえ、何が起こるかわからないのが戦場だ。
無理して戦い続けるよりは、降伏してもらえた方が仲間を失うよりは断然良い。
「……それでもだ。オマエ等が血の滲むような努力でこの一週間鍛え抜いた心は、戦う前の空気にすら臆するほど弱いものなのか?」
「「……ッ!」」
リドの言葉に、エマとジェシカは気が付いたように目を開く。
今日この日のために、短い時間ではあったが、リドは全力で四人を鍛え抜いたのだ。
決して空気などという曖昧なものに負けるほど弱いものだとは思っていない。
「敵がどんなに強力だろうと、後ろには地獄を一緒に乗り越えた仲間がいる。一人じゃねぇ。目の前の敵を倒し続ければ仲間の背中は守れる。もし降伏したとしても、他の仲間がそんなに易々と負けるわけがねぇ。どうしてもダメな時は特別にオレが助けてやる。そうすりゃオレ達はあいつらに負けねぇ」
「地獄に叩き落としたリドが言うか?」
エマが苦笑いを浮かべて肩の力を緩める。
ジェシカも同じように笑っていた。
「そうだ。この戦いは一人じゃねぇ。その地獄を生み出したオレも出るんだ。危なくなったら空間捻じ曲げて助けに言ってやる」
「リド先輩なら本当にしてきそうですね」
「ははっ! そうだねっ!」
「ん……」
ジェシカ、モーリス、ココの順に頼もしそうに頷く。
今更リドが空間を捻じ曲げたところで驚くことはないだろう。
そんな絶対的な信頼を持てるほど、この1週間は濃かった。
「オレ達は負けねぇ。負けるわけがねぇ。オマエらが一週間で学んだことを全力で発揮すれば必ず勝てる」
「ああ、そうだな」
「が、頑張ります!」
「頼りにしているよ、リドくんっ!」
「……ん」
「そうだね。まさにリドくんの言う通りだ」
「お前、しばらく見ねぇうちに『仲間』とか言うようになったのか……涙が出てきたぜ……」
「ああ、頼もしいぜオマエ等……ん? 最後誰だ?」
エマ、ジェシカ、モーリス、ココといった仲間達の声に混じって変な声が聞こえてきて、思わず視線を周囲に巡らせるリド。
「密偵かっ!?」
エマは一瞬で腰の剣を抜いて、声の聞こえた方に剣を突き出す。
「うおっ!? なんだなんだ!? なんで俺剣向けられてんの!?」
「ははっ、血の気の多い娘でごめんね。デュセクくん」
リドが視線を向けた先には、エマに剣を突きつけられ両腕を上げているフードを被った男と、クリードが居た。
そのフードの男の声はなぜか随分懐かしく感じる。
「おい、お前……」
「よう。久しぶりだな。リド」
そう言いながら、フードの男はゆっくりと顔を晒す。
いつも暗がりでしか見ていなかったその顔は、日差しの元で見ると随分と若々しく感じた。
「……コビデ、か?」
「おう。クリード参謀に呼ばれて、今回助っ人で入ることになったデュセク・ヴァン・コーネリアだ。コビデで良いぞ」
「コーネリア……?」
エマがその家名に首を傾げる。
「一応実家は南にある港町。コーネリアス領を治めている」
「やはりっ!? 失礼いたしました! 帝国随一の港町を管理しておられる方とは知らず、失礼な真似を!」
「ははっ! いやいや、俺は当に実家から勘当食らった身だ。気にするなよ」
コビデは快活に笑いながらエマをなだめる。
「いや、え……はっ!?」
だが、リドは絶句していた。
「ちょっと待て! オマエ、スラムの情報屋のコビデじゃねぇの!?」
「そのコビデだぜ? あの頃は訳あって偽名……つっても昔ロイさんに付けられた渾名を使ってたけどな」
そんなことを平然と口にするコビデ。
もう隠す必要も無くなったのだろう。
「意味わかんねぇよ! つかクリード知ってるってことはオマエ騎士だったのか!?」
「おう、昔の話だけどな。免罪で投獄されて騎士の称号は剥奪されたんだ。一応、ルイ・カルメン学園のOBだぜ」
「初耳だっつの!」
「初めて話したからな」
そんなある意味兄弟にも似た気安いやり取りをするリドとコビデをみて、エマ達は固まっている。
「あ、あの、コーネリア殿。リドとはお知り合いでありますか?」
「ん? あぁ。あれ、俺と会ったこと覚えてない? エマちゃん、だよね? ほら、あそこで」
自分を右手の人差し指で指しながら、コビデは笑いかける。
敢えて言葉を濁しながら片目を閉じたコビデを見て、エマは軽く考えるように顎に手を当てる。
しばし思考を巡らせたところで、一つの可能性に思い当たったのか顔を上げた。
「もしかして、アンリ様の居場所を教えてくれた……?」
「そうそう」
記憶を探るように、ゆっくり言ったエマに、コクコクと頷くコビデ。
「こ、これはっ! 度重なる失礼を!! アンリ様の命の恩人でもあるお方に剣を向ける無礼を!!」
「だから気にしないで良いって……とにかく、俺はそれなりに腕に覚えがあるから、戦力として数えてくれていい」
言いながら背中に背負った長剣の柄を叩く。
スラムにいた頃は武器らしいものを装備しているところを見たことがなかったリドだが、剣を装備しているコビデの姿は堂に入っていると感じた。
「デュセクくんは史上最年少で先帝の側近騎士になった天才だからね。これでも昔は尖がってたんだよ? 触れたら傷つくぐらいにね? 例えば初めて会った時なんて、『クリード・トリエテスパイセンっすか? ちーっす。俺、今日から側近騎士になったデュセクっすわぁ~。まぁ適当によろしくぅ』とか言ってきたもん」
クリードは楽し気に笑いながら、昔を懐かしむようにコビデの肩を叩く。
少しだけ恥ずかしそうに頬を染めるコビデ。
「ちょっと、参謀! そういう事言うのやめてくださいよ。しかもそんな失礼な態度取ってないでしょう!?」
「いやいや、『俺が倒せない相手? エンシェント・ドラゴンくらいですかね』とかさ」
「それ、は……言いましたね。その後ロイさんにボコボコにされましたけどね……」
苦い思い出を思い出してしまったように遠い目をするコビデ。
「コビデ、親父と知り合いだったのか……?」
「色々あってな。側近騎士の不祥事として、帝国の威信を貶めないため、ひっそりと幽閉された俺を牢獄から出してくれて、冤罪の証明を掲示してくれたのもロイさんとクリード参謀。ロベルトさん達だ。各国を捜査して犯人を捕まえてくれた」
……人に歴史あり。
その言葉をリドは初めて実感した。
「なんでスラムにいたんだ? いや……何のために、オレに近づいてきた?」
そして、同時に目の前の男を疑う。
三年ほど前にコビデはリドに接触してきた。『仕事をやる』と言って。
牢屋から出たばかりの世間知らずな人間がそう簡単に、それも貴族の息子が、あのスラムで情報屋になんてなれるわけがないからだ。
「……頭の回転が速いのも相変わらずだな、リド。そうだ、俺はロイさんの指示でリドに仕事を回していた」
「ロイの場所を知ってんのか!?」
コビデの暴露にリドは詰めかかる。
「残念ながら、俺が牢屋から出たのは3年と少し前。2年前からは消息がつかめなくなった。情報屋の俺でもわからないってことの意味はわかるな?」
「……チッ、エルセレムには居ない。ってことだろ……」
早くあのバカ親父に会って一発殴ってやらないと気が済まない。
そう思いながら、腰につるされた母の形見の剣を触る。
驚くほどスッと感情が落ち着くのを感じて、息を吸い込んだ。
「……さて、もうそろそろ作戦会議と行こう」
あまり時間が無い、とクリードは付け加える。
「あぁ……」
素直に頷いたリドを見て、クリードは軽く微笑んでからテントに向かって歩き出す。
「じゃあ、みんなこっちに来てくれ。開戦まで一時間しかない。アリシア様もお願いいたします」
「あ……はいっ」
今までずっと静観していたアリシアを誘い、リドたちはエルセレム帝国の仮設テントに移動した。
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