第50話


 


 開会式の会場に到着する。

 ステージの上にレッドカーペットが敷かれ、エルセレム側とアミリット側は睨み合うような格好で向き合っている。

 観衆の前ということもあり、エマはいかにも騎士然とした様子で胸を張って立っている。

 ココは相変わらず何を考えているのかわからない表情で空を見上げており、ジェシカは若干萎縮したように目線を下に向けていた。

 無理もないことだろう。

 つい数日前までは学園で落ちこぼれではないものの、中間程度の成績だったジェシカだ。

 騎士達を遠目に見たことはあっても、ここまで近くで、尚且つ圧をかけられたことはない。

 その心の深いところまでは読み取れない為、エマは時々心配そうにジェシカに視線を向けていた。


 両者が司会の進行待ちで待機を喰らっている時、唐突にアミリット王国側の騎士団長が口を開く。

 

「私がアミリット王国騎士団。団長のギル・ファン・スケージだ。学生の代表は貴様か?」

 

 その視線はアリシアの横に並んでいるリドに向けている。シルビエの横に並ぶように立っていた重騎士のギルは、威圧的な空気を醸し出している。

 少しだけジェシカの肩がぴくりと跳ねるほどには、その圧は強かった。

 

「…………」

 

 だが、声をかけられた張本人はといえば、話しかけられたことに気がついていない様子……いや、聞こえてはいるがどうでも良い様子で、周囲をキョロキョロとしている。

 まるで何か重要なものを探しているかのような様子だった。

 

「……オイ、貴様がシルビエ様のご寵愛を受けている生徒なのだろう?」


 無視されていることに苛立ちを隠そうともせず、ギルは更に圧を増してリドに声をかけた。

 

「……ん……?」

 

 そこで唐突に視線をギルの方に向けるリド。

 やっと話を聞く気になったのだと思ったギルは再度、

 

「貴様がリド――」

 

「おーい! モーリス!! こっちだ! 何やってんだ優男!」

 

 言葉を発しようとしたが、それを遮ったリドは、ギルの遥か後方で制服のボタンを全開にしていたモーリスに声を張り上げた。

 

 集まる民衆に揉まれるようにしながら、槍を片手にキョロキョロと首を迷わせていたモーリス。

 リドの声を受けたことで、自分の居場所が分かり、手を振った後に全力で走って向かってくる。

 

 100メートルほど、民衆を避けながら全力疾走してきたモーリスは、さらけ出した上半身に汗を滴らせている。

 自慢のブロンドを靡かせながら、ステージ上に現れた。


「みんな、すまない! 待たせたかいっ!?」

 

 ステージを見ていた村娘達は、モーリスを見て若干引いているのが半数。もう半数はその美貌にうっとりとした様子だ。


 エルセレム帝国側の列に近寄りながら髪をかきあげる。

 よく晴れた日差しでキラキラと反射した汗が少し飛び散る。

 

「待ったわ。すっげぇ待ったわ。ビビッて逃げ出したのかと思ったぜ」

 

「ハハッ、親友の戦いから逃げ出すなんて、そんな真似はボクの槍に懸けて出来ないよ!」

 

 槍を持った手で拳を差し出してくるモーリス。

 その拳に自身の拳を当てたリドは、そのあと少し渋い顔を浮かべる。

 

「ま、オマエが間に合ったのはよかった……問題はあと一人だ……アイツがこねぇとココの銃がな……」

 

「ん? あぁ、ヴィヴーレさんかい? 開発は間に合ったのかい!?」

 

「……しらねぇ」


 ぶっきらぼうにそう答えながら、少し前の記憶を思い出す。

 


 ――一週間前、モーリスとの戦いから一夜が明けた日、リドはエマの紹介で一人の少女と出会った。

 

 エリス・ヴィヴーレという白衣のようなものを着た、リドの半身ほどしか身長が無いチビっ子だった。

 リド自身もそこまで大柄ではないのだが、その半身なのだから、控えめに見て子供にしか見えない少女。

 

 なんでも、技工士、開発者としての腕は、技術大国として名を知らしめる帝国の中でも随一の発明家と言われる少女。

 

 騎士課技巧学部の主席にして、一部授業の講師も引き受けているその少女にココの銃の改造を頼んだのだ。


 さして銃器に興味がなかった様子のエリスだったが、リドの無茶振りを面白く思ったのか、溶接メガネをあげてサムズアップしていた。

 

『任せたまえ! キミの言った通り、やってみよう! なに、騎士団戦には必ず間に合わせるよ』

 

 ――頼もしい笑顔でそう言っていたのだが……姿は無い。

 日時を伝え忘れた可能性も考えたが、ここまで大仰になったのなら、嫌でも日時くらいは知っていたはずだ。


「ま、そのうち来んだろ」

 

「それならよかったっ!」

 

 ハハハッ! と快活な笑い声をあげるリドとモーリス。

 狙撃屋が実践前に銃を触るできないことの重さを理解していない様子の二人。

 暴れ馬を制御する役目のエマは、痛む頭を抑えながらモーリスに視線を向ける。

 

「モーリス。貴様、なぜ遅れたのだ?」

 

 ビクッ。

 最高最悪に不機嫌な様子のエマの、ドスの効いた声が聞こえて身体を震わせるモーリス。

 先ほどとは種類の違うドロドロとした冷や汗を流しながら、モーリスは引き攣った笑みでエマに顔を向けた。

 リドは藪蛇だと言わんばかりに、少しだけアリシアの方に近寄って我関せずと言った様子になった。


 ここ数日の体術訓練で、エマはモーリスをコテンパンにし続けていた事もあり、体も心もエマには逆らえないモーリスは、嘘偽りなく素直に答える。

 

「いやぁ、今日が楽しみ過ぎて遅刻しないように昨日の早めに寝たら……逆に寝すぎてしまってね! 今朝は身体と頭が重く、体調が良くなかった……そのため、馬車をキャンセルして、学園からここまで走って体を慣らしてきたんだっ! 見て分かる通り、今の体調はボタンを振り切っているよ!!」

 

「……何十キロあると思っているのだ……まあいい、早く並べ」


 雷が落ちるかと思ったが、流石に観衆の前で声を張り上げることはしないのか、呆れた様子のエマは肩を落とす。

 

「うん! そうさせてもらうよ」

 

 モーリスはそれを幸運と捉え、悠然とココの左横、最後尾に並んだ。

 

 アミリット王国の騎士達は、『なんでこいつは裸なんだ?』という変質者に向ける類の視線をモーリスに向けている。

 しかしウチの変態はそういう視線にはとっくに慣れているのだろう。特に気にした様子もなく、笑顔で槍を立てていた。

 

「……ん?」

 

 今更になって、目の前に立つ大柄の騎士が、こめかみに青筋を浮かべながら視線を向けてきていることに気が付いたリド。


 額に浮かんだ血管が今にも爆ぜそうなほど顔は真っ赤に染まっているが、何かあったのだろうか。

 

「あ? なんだその目は? 喧嘩売ってんのかコラ! 何睨んでんだ全身鉄板野郎! そのご立派な鎧に熱した炭押し付けんぞゴラァ!!」


 相手に何があろうと関係ない様子のリドは、ポケットに両手を入れながら眉を寄せてガラの悪い酔ったおっさんのような口調で恫喝する。

 鎧男のこめかみにもう一つ血管が浮き上がるのがわかった。

 

「……貴様が、リド・エディッサか?」

 

「あ? だったらなんだよ? 様を付けろ金属野郎が」

 

 喧嘩腰のリドから視線を外したギルは、後ろに並ぶ者たちを見て、嘲るように鼻を鳴らす。

 

「見たところ、随分と数が少ないが、我らを馬鹿にしているのか?」

 

「バカになんかしてねぇよ。妥当だと判断しただけだ。忠義だ栄誉だ下らねぇもんぶら掲げてるオマエらを潰すには十分な数だろ?」

 

 口元に歪んだ笑みを浮かべるリドはどう見てもチンピラという様子だ。

 それを見てギルは呆れたように嘆息する。

 

「……まあいい。この怨みは戦場で晴らす」

 

「だったら一々睨んでくんなよ。お綺麗な鎧にうんこの落書きすんぞゴラァ?」

 

「……フンッ」

 

 苛立ったように視線を外すギル。

 事の成り行きを後ろからハラハラと見守っていた保護者――エマは、取り繕うように会話に参加した。

 

「リド、おまえはどこまで礼儀を知らないんだ……? すみません、ギル・ファン・スケージ騎士団長。私はエマ・トリエテスと申します。この者の無礼をお許しください」

 

 リドの頭を抑え、試合前に面倒はごめんだと仲裁しようと前に出たエマ。

 しかし、

 

「ほう、貴様があの『臆病者』の娘か……気にするな。戦場で晴らすと言っただろう? ……フハッ、そうさな、忠告してやろう。せいぜい腕には気をつけろよ『臆病者の娘』。騎士の家の人間が、二代揃って剣が握れないなど、笑い話にもならんからな」

 

「――っ!?」

 

「……おい、おっさん。今すぐ口止めろ。殺すぞ?」

 

 思わぬ飛び火。

 

 突然そんなことを見下しながら言うギルに、リドは目を見開き、瞳孔が開いた瞳で威圧する。

 エマもまさかそんなことを言われると思っていなかったのか、驚いた表情で固まっていた。

 

 しかし、すぐにその驚きを隠して、笑顔を取り繕う。

 

「いいんだ、やめてくれリド。忠告感謝しますギル団長。そうさせてもらいます」

 

「…………」

 

 その対応が予想外だったのか、一瞬拍子抜けしたように口を開くギルだが、「ハッ、やはり、臆病者の血筋か」と口にしてからヘルムを被った。

 眼中にないとばかりに、視線を前に向けて待機する。

 

「……よかったのか? エマ。なんならこのおっさんをぶった斬っても良いんだぞ?」

 

「私怨でこの祭りを血に染めることは出来ない。お父様が戦場で汚名を背負ったのなら、私が戦場でそれを返上のみだ」

 

「ふっ、そうかよ」

 

 随分成長したな。と上から目線で思い、それ以上何も話さず、開会式の始まりを待つ。

 司会進行が拡声器を持ったことで、開会式が始まる。

 静かに終わりを待った。

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