第47話
リドを保健室に運んだあと、
「そういえば主席。一週間後にアミリット王国騎士団と戦うという噂を聞いたんだけれど、まだ枠は余っているかい?」
「ん?」
モーリスが、リドの寝顔を見て困ったように微笑んでいるエマに問う。
「空いているぞ。というよりは空きすぎている。モーリスが入ってくれるのなら安心してリドと私で突撃できるな」
「……残念ながら、ボクも突撃しか能が無いんだ。それでも良いなら、リドくんの騎士団に僕を入れてくれないかな?」
エマに頭を下げるモーリス。
一瞬エマは微笑んで顔を上げるように言って、
「リドなら、おまえが嫌だと言っても誘うだろう。私はライバルにはなれなかったが、コイツの言葉の代弁くらいは出来るつもりだ」
エマは預かっていたリドの剣をベッドの脇に音を立てないよう慎重に置く。
モーリスは、エマのその表情を見て、エマの恋心などの事情を理解し、口元に笑みを浮かべた。
「……ちなみに、騎士団の名前は何というんだい?」
今回の騎士団戦が、エルセレム帝国騎士を使うことが許されていないため、『エルセレム騎士団』、とは言えないんだよね? とモーリスは付け加える。
「まだ決めてはいない。個人的にはビヤンヴェイアンス・フラム・サクレと名乗りたいと思っている」
「炎の優しさ……いや、慈悲かな? 炎はリドくんのことだよね?」
「あぁ、髪も綺麗な炎髪だろう?」
エマは優しくリドの髪を撫でる。
何よりも愛おしそうに。
『ビヤンヴェイアンスは、確かに『慈悲』という意味になるけど、≪好意≫という意味もあるけれど。主席の思いは関係はあるのかな? フランムにも『炎』の他に、≪燃えるような恋心≫という意味があるけれど、それも関係あるのかな?』
などとそんなことを言いそうになるモーリスだが、笑顔で言葉を飲み込んだ。
主席が知らないわけがないからだ。
「確かに、主席の思いのこもった良い名前だと思うけれど、少し長くないかい?」
「重いって言うな!」
「……いや、そっちのおもいじゃあないよ?」
どうやら何かの地雷を踏みかけたようだ……とモーリスは苦笑いを浮かべる。
「では、『フラムサクレ』などはどうだ?」
エマの命名に、あぁ、主席は恋心を外すことは無いんだな、と呆れ半分で笑いながらモーリスは口にする。
「……炎の聖剣かな? うん。良くリドくんを表しているね」
「では私から頼もうモーリス。『フラムサクレ』に入って、リドの力になってやってくれ」
そう言って頭を下げた。
「当然だよ。この槍は主君を守る柱。アンリ様のためにも、ボクの友人……好敵手のためにも、鍛え上げたこの槍術を預けよう」
モーリスの堂々とした宣言に、エマは静かに笑う。
「助かる」
それ以降、エマとモーリスは何も喋らなかった。
互いに、静かに寝息を立てる想い人と、友人の目覚めを静かに待っていた。
それから数時間後、日が暮れるという頃にリドは目を覚ました。
「起きたか、リド。モーリスが騎士団戦に参加してくれるそうだ」
「ん、そうか……っ、いっててて」
リドは無理に体を起こす。
「……全く……」
口では文句を言いつつも、エマはリドの身体を支えた。
いい加減、無茶をするなと言っても無駄だと分かったのだろう。
「やはり、対価無しに法外の力を行使することは出来ないのだな」
「……あ?」
肩を貸し、リドの腕をゆっくりと首に回したエマは、
「『身体強化』のことだ。アレは禁術だと私は思う。身体能力が劇的に上がるだろうが、わずかな時間で肉体が崩壊してしまう。一分も使えば、まともに立てなくなるかもしれない」
「……かもな」
いくらリドの肉体が人外じみているとしても――人外じみているからこそ、能力が上乗せされれば肉体は持たない。
それをエマに言われずとも、リド本人も十分に自覚はしていた。
倒れそうになるリドの体を支えながら寮に戻る途中、
「……そういやさ、エマ。オマエってなんか武器とかをカチャカチャ出来る知り合いは居ないか?」
そんなことを聞いてきた。
「カチャカチャ? 技工士や鍛冶師のことか? まあ、学内にも騎士科生徒で開発部門に携わっている人間なら何人か心当たりはあるが……」
「なら、明日紹介してくれ。ココの銃のことで頼みがあるんだ」
「頼み……?」
エマはリドの言葉に首を傾げる。
「モーリスの技を見て、ちょっとな」
「……わかった。だが、今日はもう何も気にせず休め。疲れただろう」
ため息を吐いて、リドの頭を軽く弾く。
「いてっ……でも、飯はともかく、風呂はどうしような……」
「しっしかたのないやつだ。コホンッ……私が……」
エマが赤面しながら何かを言いかけたところで、
「――ボクが来た! 寮から見えたからねっ! 飛んできたよっ!」
「……ココ。撃て」
「……ん」
エマの指示でいつの間にか付いてきていたココがモーリスに射撃する。
「一週間で間に合えばいいんだが……」
ココの持つマスケット銃を見ながら、リドはそんな意味深なことを呟いた。
――そして、騎士団戦当日に戻る。
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