第46話


 話は一週間前に戻る。

 

 午後の訓練の時間にオレにエマ、ジェシカとココは実技場の後方を陣取り、自主練という名の『スパルタ訓練』が始まっていた。


 今のところ四人しかメンバーが集まっていないので、このまま戦場に行くなら戦力強化は必須だった。


 せめて自衛できるくらいになって貰わなければ前線に飛び込むことができないからだ。


 エマへの指導はこの1週間でほとんど終わりつつある。

 あとは体の動かし方に慣れるだけの段階に来ているので、あと1週間は放置でも問題はない。

 問題はジェシカとココの方だ。


 残り1週間で急成長を遂げるかどうかは素質もあるが、賭けだ。

 人の骨格の数だけ戦闘スタイル変わってくる。


 一番体が動かしやすい体制を見つけるのは、割と苦労する作業なのだ。

 

「じゃあまずジェシカ。オマエの使う武器はなんだ?」

 

「ダブルダガーです! サー!」

 

 ジェシカはビシッと音が鳴りそうなほど、姿勢を正す。

 

「二本の短剣ってことか?」

 

「サー! イエス、サー!」

 

 胸に右手を当て、忠誠を誓う構えでそんな意味不明な言葉を口にする。

 

「なんだその掛け声、バカにしてんのか?」

 

 そんな調子で始まった訓練は、順調に進んでいく。

 

「まずだ。二刀流なら珍しくはないが、二本の短剣ならかなり珍しい。身軽だという長所を活かせ。オマエの武器にはどんな魅力がある?」

 

「……え~っと……軽い? ですかね?」

 

「自分の武器のくせに大雑把だな……小回りが利くだろうし、超近接戦なら剣より早く振れるだろ」

 

 ジェシカの持つ武器は、エマとは違って特殊な剣ではなく、良いモノなのだろうが、あくまで普通の短剣だ。

 それもリーチが短いため、剣を教えるようにはいかない。

 

 剣の扱い方というよりは、どちらかと言えば徒手格闘の知識を教えていく。

 

「なるほど、体術も取り入れていくわけですね?」

 

「そうなる。タックル、肘打ち、蹴り、膝蹴り。短刀はとどめを刺す用にして、体術を鍛えろ。今はエマと戦って、足運びから学べ」

 

 エマに剣を教えるとき、徹底的に拳闘を叩き込んだ為、急造ではあるがジェシカの講師くらいは務まるだろう。

 

『剣を学ぶ前に体の動かし方を学べ』


 これはロイ流の教え方だ。

 

 教えられている時はよくわからなかったが、今にして思えば実に理にかなっていると思っている。

 

「はいっ!」

 

 いい返事だな……と思いながら、ぼけ~っと暇そうに、間合いを覚えるために地面に印を作っているエマに走っていくのを見送った。

 

 そして、もう一人の暇人、マスケット銃を背に構えてじっとこちらを見ながら突っ立っているココに視線を移す。


「じゃあ、次はココだな」

 

「……ん」

 

 実を言うと、ココの武器が一番わからない。

 スラムには無かった近代兵器だからだ。

 銃というものが作られたのは前回の大戦後だと言う。

 まだせいぜい製造されてから20年ほどしか経っていない。

 戦い方も何も、弾を込めて撃つということくらいしか知らない。

 

「あー……まず長所はなんだ?」

 

「……どこでも……寝られる……」

 

 だめだ、話にならん。


「オレの聞き方が悪かったな。『武器の!』長所はなんだ?」

 

「……遠くを……狙える……?」

 

 何故疑問形なんだ? という疑問は次の質問で吹き飛ぶ。

 

「短所は?」

 

「……当たりにくいところ……」

 

 遠くを狙えるけど当たらないって、武器として欠陥ではないか? という考えが頭をよぎる。

 

「う~ん……」

 

 どうしたものか……ますます頭を抱える。

 

「なんで当たりにくいんだ? 原因とか無いのか?」

 

「火薬を入れる量によって飛び方が変わる。整備を欠かさずやらないと中が湿気でさびて着火不良が起きる。持ち運び中とか装填の時に、弾に傷が付いたりするとそれだけで空気抵抗が乱れて逸れていく、遠くになると貫通力がなくなる……」

 

 わらわら出るな……。

 

 とても無口のココの口から発せられたと思えないほどスラスラ出てくる。

 不満が溜まっているのだろうか?

 

 貫通力ねぇ……この手の話はオレには理解不能だと、匙を投げる。

 

「う~ん、この手のは技術者に頼むしかないなぁ……」

 

 上を向きながら腕を組んで、うんうん唸っていた時だった。


「――君がリドくんかい?」


 突如上空に爽やかな男の声と、長い竿のようなものを持った影がオレの頭の上を通った。「とうっ!」と言って前方に着地する。

 

 手に持っている独特の長さの棒と、先端に日の光を反射する刃物が付いていることで、槍兵なのだと認識する。

 

「だれだオマエ?」

 

「騎士科Aクラス所属。モーリス・ベーガーという者さ」

 

 キランッ!

 槍を構えて、歯を煌めかせるモーリスなるヤツ。

 だが、オレの視線はモーリスの顔より下に集中していた。

 

(なんで制服のボタン4個外してんだ……?)

 

 なぜか胸どころか、鍛えられて綺麗に割れている腹まで見えている。

 ファッションにしては少しばかり奇抜すぎるように思える。

 

「君は今、なぜボクが制服のボタンを外しているのか気になっているんだね?」

 

「……あ? あぁ、まあな」

 

「それは……調子が良いからさっ! 調子が良くないときはボタン二個! 普通の時は3個! 良ければ四個! そして、絶好調なら……」

 

「「……ごくりっ」」

 

 オレとココは思わず息を呑む。

 ちなみに、ルイ・カルメン学園の制服のボタンは全部で七つある。

 かくいうオレも、首元が苦しいという理由から上から二つ外してエマによく怒られていた。


「――全ボタンかいほぉ~うっ!!」


 5個じゃないのかよ。

 

 目を瞑って腰をくびれさせるモーリスとやらをジト目で見るオレとココ。

 これは色々な意味でぶっ飛んだ人間が来てしまった。

 

「よし、ココ。撃て」

 

 変態を指さしてココに合図する。

 

「……ん」

 

 それに素直に頷き、鷹のように鋭くなった目でモーリスを捉えて銃を構えるココ。

 

 パァン!

 

「待って待って! 待ってくれないかい!? 攻撃に移るには少し早計過ぎるとは思わないかい!?」

 

 槍を右手のみでグルグル回して弾をはじきながら、モーリスは必死の形相で弁解する。

 

 ……つかすげぇなその技術。

 

「一応聞いてやる。何の用だ?」

 

「ボクと戦ってくれないかな? この前のリィンくんとの戦いで血が騒いでね!」

 

 汗を流しながらも、歯を輝かせるモーリスなる人物。

 

 リィン……? 誰だっけ。


 もはや記憶にない。

 

「――断る。ファイアー!!」

 

 パン……パンッ!!

 

 キンッ……キンッ!!

 

 本当にすげぇなこいつ。全部弾いてやがる。

 思わず感心しながらその動きを眺める。

 ある程度見続けてモーリスの汗がキラキラしている頃、ココに片手を上げながら指示を出す。

 

「撃ち方やめぇ~」

 

「…………ん」

 

 ちょっと名残惜しそうに銃を下ろすココ。

 そんなに撃ちたかったのか……と思うのもつかの間、モーリスは槍を構えた。

 

「これを見てくれたら気が変わるかもしれない。『スピア』……代々ボクの家系に伝わる特別な魔法さ……」

 

 突如としてモーリスの気配が一変する。

 構えた槍の先端に風が渦巻く気配を肌で感じる。

 

「ほぉ~」

 

「…………」

 

 モーリスの魔法を見て、オレは少し感心する。

 ココはそうでもなさそうに煙を吐く自身の銃口をじっと見つめていた。

 同じクラスなため、見慣れているのだろうか。

 

「……ふふっ。どうだい?」

 

 モーリスは不敵に笑いながら、槍の先端を地面に突き刺す。

 一見何の変化も無いように見える槍だが、その周囲にはもの凄い暴風が渦巻いている。当然、ただ突き刺しただけの地面には人の首が軽く入る程度の大穴が一瞬で出来上がる。

 

 流石にこれをモロに食らったらオレも穴が開くな。

 

 自分を殺せるのは自分だけ。そう思って、事実それで生き残ってきたオレにとって、それが出来てしまう可能性のある魔法はインパクト抜群だ。

 

「驚いたかい?」

 

「あぁ、驚いた」

 

 素直に首を縦に振る。

 

 だってこれ、ドリルなんだぜ? 男はドリルには目が無いんだ。

 そう定められている。

 

「じゃあ、ボクとの勝負を受けてくれないかいっ!?」

 

 オレの素直な態度に機嫌をよくしたのか、五番目のボタンに手をかけながら、モーリスは言ってくる。

 

 だが、そこで新たに一つ禁止された事項を思い出す。

 皇城でエマやアリシアと約束したのだ。

 私闘は禁じると。

 

『いいかリド。次にまたリィンのような奴が来るかもしれない。その時は事前に私に言うか、公式な戦い以外は受けないように判断するんだぞ?』


 とまあ、この様に、幼い子供をしつける母親のように『知らない人に付いていってはいけません』と言われているのだ。

 

 オレの場合、十中八九相手が血祭りに上がるからだろうが。

 

「公平な勝負……負けた方がペナルティーとかか?」

 

 目を見て問いかける。

 嘘があればすぐにわかる。わずかな網膜の揺れも見逃さない。

 それくらいできないと、スラムで情報屋と組むのは危険すぎるので自然に身に付いたものだ。

 

「当然だよ。あくまで、力試しさっ!」

 

 目を見る……嘘はない。

 

「ボクはキミとリィンくんの戦いを見て、直感したのさっ! リドくんなら、ボクの本気……この状態で戦えるんじゃないかってっ!」

 

 観察する…………虚偽ではない。

 リドはそこで、遠くでジェシカと組み手をしているエマをちらりと見る。

 

 問題ないか。

 

 目の前のやさ男が少しでも危ない奴だったのなら、エマのアホ毛がみょんみょん反応して揺れるだろう。

 

「よし、ノった! やるか」

 

 オレは腰の剣を右手で抜き、自然体で構える。

 

「そうこなくっちゃねっ!」

 

 モーリスは歯を輝かせた後、左足をオレに向け、右足を下げる。

 槍を握った右手を頭の少し上に持って行き、左腕を左足より前に持って行く。

 ウィングスパンが長くなければ出来ない独特の構えだ。

 

「……行くよっ! リドくんっ!」

 

「あぁ」

 

 返事したことにより、モーリスは今までのようなへらへらした顔から、真剣な顔になる。

 それにより、魔法の風は鋭さを増す。

 流石は見習いとはいえ、Aクラスまで登ってきている、将来有望な騎士見習い。

 

 手合わせといえど、戦いで歯を見せないのは、戦士の暗黙のルールだ。

 それを理解している。

 

「――ハァ!!」

 

 モーリスはココが放つ弾丸のような速さでオレと距離を詰める。

 だが、予想を超えるほどの速度ではないため、槍の先端を剣で受け流して懐に入ろうとするが、

 

「ッ!?」

 

 意外にも驚きの声を上げたのはオレだった。

 

 槍はリーチが長い、それは知っている。

 肉薄すればいいだけだと思っていたが、こいつの風は近寄らせてくれない。

 触れるだけで肌を切り裂かれる。

 

「見た目で多少わかったけれど、刃を交えればもっと分かった。やはりリドくんの持つ剣はタダの剣じゃないね……?」

 

 槍で追撃しながらも、モーリスは語り掛けてくる。

 

「チッ……」

 

 軽く舌打ちして、5メートル程度の距離を跳躍して後退する。

 ランサーにとっては5メートルなどたった二歩の距離だろう。

 だが、されど二歩。コンマ数秒は稼げる。

 

(弱点が無いことは無い。背後ががら空きだが。容易には抜けさせてくれないだろう――)

 

「フンッ!」

 

 そこまで考えたところでモーリスの槍が目の前に迫り、いつもの余裕な避け方ではなく、風に斬られないよう大きく避ける。

 

(確かにモーリスの言う通りだ。これが木剣だったら、とっくにオレの右腕は抉られている――)

 

「流石に早いねっ!」

 

 避けられた後、すぐに体制を立て直し、地面をジグザグに走りながらも、槍の先端にオレを捉えるモーリス。

 

(オレも全力を出すべきか……? いや、ここまで苦戦させられているのなら、出し惜しみする気はない)

 

 オレは思考を走らせる。

 魔法の使用は問題ないのだろう。

 むしろ、これほどでに全力を出してくれている、敵意なんて微塵もない青年に手加減はしたくない。オレはそこまで考える。

 

 何より――

 

(――負けるのだけはごめんだ)

 

 自身の中の生存本能がそう騒ぎ立てる。

 

「フッ!」

 

 モーリスの攻撃を避けて、オレは大幅に後退する。

 そして、

 

「おい、モーリス。いいか?」

 

「……なんだい?」

 

 オレの表情を見たモーリスは、何かを察したのか、槍をわずかに下ろす。

 

「オレは今やっと気が付いた。これが罪悪感って感情だってな」

 

「それは、どういうことだい?」


「オレは、生まれて初めて、ライバルってのに当たった気がする。そんで、オマエ相手に手加減ってのは一番失礼だってことを今学んだ」

 

「……それは、嬉しいね。キミほどの強者に認められるのは素直に嬉しい。ならボクはボクの全てを賭けて、キミの全てを受け止めよう」

 

 完全に戦闘態勢を解き、槍を片手で持ち、両手を広げて笑みを浮かべるモーリス。

 

「そんで、一つだけ確認。ていうか、お願いがあるんだが、いいか?」

 

「なんだい? 何でも聞こう」

 

「……オレはこれからオマエの度肝を抜く。それを口外しないでくれ」

 

「それは、どういう意味だい?」

 

「そのまんまさ。仕掛けるから、構えろよ」

 

 オレは右足を少し引き、剣を腰の位置で構える。

 

『身体強化』

 

 そう頭に思い浮かべると同時に、自身に淡い光が灯ったことを確認する。

 

 自身の身体能力が跳ね上がった自覚がある。

 

「なっ!?」

 

 本当に度肝を抜かれたような様子のモーリスは驚愕の声を上げる。

 

「『範囲拡張』」

 

 そして、剣のリーチを伸ばす。

 これで、モーリスの槍と同じほどの間合いで戦える。

 

「……確かに、ものすごいね……」

 

 もはや賞賛の言葉しか出ないのか、モーリスは苦笑いを浮かべている。

 

「『金剛』」

 

「……え?」

 

 もう何も言う言葉が思いつかないというように口を開いているモーリス。

 

「今はこのくらいでいいか。行くぞ!」

 

「えっ!? ちょっとまっ――」

 

「フッ……」

 

 ――オレは身体強化により増幅された身体能力をフルに使い、一瞬でモーリスの背後に移動する。

 

「ムンッ!」

 

 かろうじて目で追えていたのか、偶然か、モーリスは攻撃を何とか槍に当てて衝撃を吸収する。

 

「やっぱ最高だぜ、オマエ……」

 

 心の底から歓喜するようにそう口にすると同時、やはり姿は一瞬で消える。

 

 砂埃りが立ったと思えばすぐに姿は消え、地面を蹴る音が聞こえたと思えば、視線を向けたときには居なくなっている。

 

「やるしかないかッ!」

 

 モーリスは一世一代の覚悟を決める。

 槍の破壊力を最大限に使うことができるが、一瞬だけ隙が生まれる、禁術。

 胸を借りるつもりで、リドには新技の訓練台となってもらう。

 

「行くぞッ! リドくん」

 

 そう言って、モーリスは跳躍する。

 3メートルほどの大跳躍。剣士にとっては絶好の的だ。

 それを見て、オレは一瞬動きを止める。

 

(見えたッ!)

 

「そこだッ!!」

 

 モーリスは『スピア』を施した槍を鍛え上げた両腕の筋力を使い、全力でこちらに投擲する。

 

「ハッ、剣士とは違うってかッ!」

 

 槍自体が回転しているようで、槍は不自然なほど、まっすぐとオレに向かって突貫する。

 

「だが――」

 

 その槍を剣で払い、モーリスの槍を撃ち返す。

 

「まだ甘いぜ」

 

 そう言って姿を消した。

 モーリスは地面に着地する前に、槍を風魔法で呼び戻し、地面に転がるように地面と接触した後、すぐに構える。

 

 実技場には風を切りながら移動する音が響く。

 

「貰った!」

 

「クッ……!?」

 

 散々攻める場所を探したオレは敢えてモーリスの正面から突撃し、攻撃を受け止められる。

 

「!?」

 

 モーリスの『スピア』を破ったものは今までにも居るだろう。

 風と雷は相性が悪いので、エマならば電撃系の魔法で雷を混ぜ、感電させることもできる。

 

 だが、攻撃を避けられ、背後を取られたこともあっただろう。

 

 だが、スピアの魔法自体を無力化する人間は居なかったようだ。


 モーリスは驚愕に目を見開いていた。

 

 なのに、オレは風を受けても平然としていて、傷一つ負っていない。

 

「グッ……」

 

 モーリスは上からの圧力に片膝をつく。筋力から違うためだ。

 

 赤子が大人と腕相撲をした方がまだ勝機がある。

 

「…………ボクの……負けだ……」

 

 そう宣言すると同時にスピアを解除するモーリス。

 力を弱めて、好戦の意思がないのを確認してから強化状態を解除した。

 

「……リドくん。聞かせてくれ。ボクの風を破ったのは一体どんな魔法だい?」

 

 根が真面目なのだろう。モーリスは両膝を地につけ、問うてくる。

 

「オレが使ったのは『身体強化』と『範囲拡張』だけだ」

 

「……でも、それは身体能力向上と、武器の間合いだけだよ!」

 

 目を見開き、虚偽は許さない。とオレの腕に掴みかかるモーリス。

 

「あとはスキルだ。『金剛』一部を硬化状態にするってやつ。オレも初めて使ったが、それで風の攻撃を防いだ」

 

「……鋼の……身体……?」

 

 そんなものは聞いたことが無い。と記憶を探るように視線を彷徨わせた後、モーリスは地面に座り込む。

 

「リド相手にここまで持ったのは充分に誇るべきことだ」

 

 いつの間にかオレ達の脇に立っていたエマは、モーリスの肩を叩く。

 

「……そう、なのかい??」

 

「あぁ、そうだ。エマなんか3発くらいで『くっ……殺せっ!』っていやんいやんしてたからな」


「そんなことはしていない!!」

 

 それに激昂したエマが顔を赤くして掴みかかってくる。

 

「つか、エマ見てたんだな。気が付かなかったぜ」

 

「あれだけ派手にやればだれでも気が付く! 見ろ! 全員の注目を集めているぞバカモノ!!」

 

 そう言って指さした先には、確かにすべての者が手を止めていて、中には拍手を送るものも居た。

 

「全く! ……身体強化などは極力使うなと前に行っただろう?」

 

 ひそひそ声でそう言ってくるエマ。

 

「モーリスはオレのライバルだ。手加減なんてしたくなかった」

 

「いや、『限界突……』んんっ! まあいい。それより、そんなに魔法を酷使して無事なのか?」

 

 エマは自分からタブーをおかしそうになり、咳払いで誤魔化した後、気遣うようにオレを見上げる。

 

「……あ?」

 

 リドは言われて今気が付く。

 

(……ん? そう言えば体がだるいな……)

 

 肉体がとっくに限界を迎えていたことを。

 

「うっ……」

 

 めまいがして、酸欠なのか頭が痛くなり、体は全身が筋肉痛のように痛み、耳にまで届くほど、ドクンッドクンッと心臓が脈打つ。

 

(二分程度でこれかよ……)

 

「リド!」「リド先輩!」「リドくんっ!?」「……っ!」

 

 立って居られなくなり、その場に倒れ込むリドを、エマ、ジェシカ、モーリス、ココが慌てて抱きとめようとする。

 

 最終的にオレの身体は真下にいたモーリスが支えることとなる。

 

「……モーリス。今回はオレの勝ちだったが、次もオレが勝つ。だから強くなれよ」

 

「ハハッ!」

 

「その負けたモノに抱きかかえられているモノが言うセリフか?」

 

 モーリスは思わず吹き出し、エマは呆れたように頭を抑えた。

 

 その言葉を最後に、何も喋れなくなる。

 意識が次々落ちていく中、

 

「……今回はボクが負けたけど、次は必ずボクが勝つ。だから、リドくんの背中に追いつけるように強くなるよ」

 

 モーリスが呟くように溢した言葉はエマ達の耳には入らなかったようだが、寝息に少しだけ鼻を鳴らすような音が混じったことも、誰も知らない。

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