第45話

「ハックショイ! バカヤロォがぁ!!」

 

 昼食を取っていたオレは、急に寒気に襲われて盛大にくしゃみを轟かせる。


 あれから週も明けて、特筆することもない日々を過ごして1週間が経過した。

 騎士団戦まで1週間を切っている。


 学園での生活にも慣れ、サボるスポットすらも見つけたが、メンバーはまだ見つけていなかった。

 Aクラスに合流して授業を受ける日々だが、腫れ物を扱うように避けられている。


 無理もない話ではある。

 編入初日にクラスメイトを血祭りに上げた男など、積極的に関わらないだろう。

 寮生のメンバーとは比較的よく喋るが、普通のクラスメイトとの会話は全くなかった。

 唯一、サウロくんだけは定期的に話しかけてくれるが、訓練メニューも別になって疎遠気味だった。

 

「リド、見てくれ! またレベルが上がったぞ! 4だ! 凄いだろう!?」


 隣で食事を食べ終わり、話のついでに生徒手帳の記入を終わらせたエマは、オレに手帳を見せてくる。

 

「あぁ、はいはい凄い凄い……オレは9だけどな」

 

「……そういうことを言うな。気が遠くなるだろう?」

 

 生徒手帳を更新したエマが、その内容をオレに見せつけるが、大人げない言葉であしらわれる。

 

 立って歩けることを自慢してきた赤ちゃんに、『オレは馬車乗れますけど? しかもハイブリット』って言うようなものである。

 

「ふふっ」

 

 そのやり取りが面白かったのか、アリシアはクスクスと品良く微笑む。

 

「アンリ様……」

 

 自分が滑稽に思えてきた涙目のエマは、パンを手で千切っているアリシアに視線を向けた。

 

「すごいと思いますよ。リド様に稽古をつけていただいてから一週間で二つも上がるなんて、友人としてとても喜ばしいことです」

 

 その視線を受け止め、パンをテーブルに置いたアリシアは、軽く首を傾けながら淡い色のプリムラのような可憐さと高貴さが溢れる笑顔を咲かせる。

 

「うっ……」

 

 男女問わず魅了するその笑みに、エマは胸を射抜かれたように患部に手を当てる。傷は深い。

 

「安心しろ。オマエは既に手遅れだ」

 

「……私はノーマルだ」

 

 真顔で肉を食らうオレの言葉に息を荒くしながら答えるエマ。

 同性愛はエルセレム帝国の法律でOKらしいので、オレが何か言うことでもない。


 何かに目覚めかけそうなエマを横目に、オレは肉をかっこんでいたが、アリシアが発した言葉で食欲が若干失せた。

 

「そういえばリド様、エマ。お仲間の方は集まりましたか……?」

 

「「…………」」

 

 エマとオレは二人揃って何も答えられず顔を背ける。

 

「あら? 二人とも、どうなさいました?」

 

 天然花が頭に咲いてる系ガールのアリシアは、その暗く沈んだ顔を見ても可愛く首を傾げるだけだ。

 

「……オレは、まだ入学してすぐだから、友達いないし……」

 

「私はアンリ様の護衛と授業にのみ専念していたため、友人は少ない……」

 

 そう、オレ達は友人が少ないのだ。

 

 エマの場合はどうかと思うが、主席というだけで話しかけづらいフィルターのようなものが出ていると無理やり納得しておこう。


 オレはといえば、先にも言った通り周りの生徒達に避けられているので、誘える相手はいなかった。

 

「ヴラヒムさんや、ファーベルさんには頼みましたか?」

 

「……あっ」

 

 その手があったか……と顎を触る。

 寮生に当たるのは盲点だった。

 どれだけの実力を持っているかは知らないが、仮にも騎士科に所属している以上、ヨルよりはマシだろう。

 

「最近、ジェシカが妙に何回も近況を聞いてきたのはそのせいか……?」

 

「ココが授業中にリドと一緒にいると、じ~っと見てくるのはそういうことだったのか……!?」

 

 と、エマ。


 だめだ、友人が居ない人間は等しく鈍感になるようだ。

 考えたらかなりアピールをしてきていたような気がする。


 例えば放課後のエマの指導中に、ジェシカが妙に絡んできたり、ココが横で銃の射撃演習を始めたり、まるで力を誇示するかのような行動を取っていたにも関わらず、全く気がついていなかった。

 

「あ、アンリ様! それにリド先輩にエマ先輩。最近変わったこととかありませんか? ほら、例えば、てあわせ……とか……?」

 

「……私……ひま……一週間後……ひま……」

 

 ちょうどいいタイミングでジェシカとココが食堂に顔を出す。

 

 ここまでアピールしてるのに伝わってなかったのか。


 少しだけ申し訳なく思えてきた。

 

「おぉ、ジェシカか。実は一週間後に騎士団戦があってな。暇なら剣教えるし、参加してくれねぇか?」

 

「もちろんです!!!!」

 

 待っていました!! とばかりに、青筋を立てて引き受けるジェシカ。

 

「ココ。一週間後の騎士団戦に参加してくれないか? 少しでも人数が欲しい……あ、いや、君を数合わせにするつもりは無いのだが……」

 

「おーけー……」

 

 エマもなんとか、説得? に成功する。

 

「まぁ、さっそくお二人も……流石です、リド様。エマ」

 

 感極まった様子で目元を拭うアリシア。

 例えるなら、授業参観で子供が挙手をしている光景を初めて見た母親のような、そんな慈愛に溢れた視線であった。

 

「よし、なら後26人だなっ!!」

 

 椅子に座ってなければ、スキップしそうなほどに嬉しそうなエマ。

 

「オレ達なら楽勝だな!」

 

 オレも謎の自信が出てきて、不敵に笑いながら腕を回す。

 こんなあっさりメンバーを獲得出来るのだ。

 探せばいくらでも見つけられそうだッ!



 そして、騎士団戦当日。

 

 朝の湿っぽい匂いが風に乗って鼻口に入り込み、肺をわずかに濡らす。

 

 大きな日の光が草原の雑草を照らしていて、本日は暑くなることが、今の時点でわかった。

 

 敵の大部隊が遥か彼方にかすかに見える。

 

 開戦前の挨拶のための進軍なのだろう。

 

 30人+アミットを含む騎士たちは、鎧付きの馬に乗って、ゆっくり、ゆっくりと土を踏みしめながらこちらに迫ってくる。

 

 こちらは自陣の主であるアリシアを入れても5人しかいない。

 

 しかも馬は無い。

 

 というより、無理すれば軍馬一つで乗れてしまう人数である。

 

 苦渋の思いで後一人は何とか確保したというのに、その姿はここには無い。

 

 そのため、結論を言おう。メンバーが増えることは無かった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る