第43話


 実技場。

 

 リィンと昼に戦った場所に再度来ていた。

 Aクラスが居るはずの場所にはB、Cクラスの大勢の生徒もいる。

 

 何故なら……

 

「じゃあ、戦術を学びたい子は僕のところに来てもらえるかな? 戦闘面ならロベールの方にね? 自主練したい人は空いてるスペースでね」

 

 英雄騎士クリードと、英雄騎士ロベルトの特別講義が始まっているからだ。

 

「よーし、ばらけたな? じゃ、今日俺が教えるのは敵に囲まれた場合の戦い方だ。今の騎士に必要なことではないかもしれんが、覚えておいて損はないぞ。とりあえず、そこの君たち四人。全力でかかってこい」

 

 ロベルトが木剣を持ちながら、周囲に居た生徒たちを呼ぶ。

 光栄だ。と言わんばかりに目をキラキラさせている男子生徒たちは、攻撃を繰り出す。

 

「集団戦では当たり前のことだが、相手は一人ではない。常に背後を気にすることだ。一人倒すのに時間をかければ自分の首が締まっていく。剣で攻撃を受け流すよりは、常に足を止めず、攻撃を避けることを重視し、隙を見つけたら必ず斬り込め。数が多いということは、攻撃する側も動きを制限されるということを頭に入れろ」

 

 ロベルトは攻撃を避けて、避けて、敵の死角に入ったところで剣を軽く生徒に入れている。

 その動きは確かに一種の完成された美しい型だ。

 踊るようにして敵を屠っていく。

 その動きを見ている生徒たちは無意識のうちに賞賛の声を出していた。

 そんな中、オレはというと、

 

「……ロベールは斬り込むときに敢えて隙を見せているが、それに気づく生徒はいない。やっぱ、素人学校か」


 地面に座って講義を受ける生徒達の様子などをぼーっと眺めていた。

 

 ロベルトの教え方は分かりやすいものだが、特別目新しいものもない。

 むしろ、集団戦の戦い方ならオレの方が経験豊富な分、もっと実践的なことを教えれる。姑息で、卑怯と罵られるような、礼儀も美しさもないものだが。

 

「クリードの方は……?」

 

 ロベルトから視線を外し、クリードの講義に目を向ける。

 

「現代戦争では、開戦前の場所の一度取りが最も重要になってきているんだよ。一人の圧倒的な強者が居たとしても、前、横、背後から一度に襲い掛かれば容易に瓦解していく。つまりは、現代戦に英雄はいない。戦略を立てるときは必ず、部隊単位のスリーマンセルで行動し、『先方』『後方』『遊撃』の三部隊で協力し、戦うことが理想だね」

 

 クリードの話には多少興味を惹かれる。

 一人で戦うことしかしてこなかったオレにとって、大軍を指揮する人物の戦術論には知らなかったことが多い。

 

「あ、リド先輩もこちらに?」

 

 クリードの話を聞いていたオレは、横から声をかけられて、そちらに視線を向ける。

 

「ジェシカか。オマエはロベールの方に行かないのか?」

 

「いえ、後で行くつもりです。ロベルト英雄騎士の話も、クリード参謀の話も気になって! もう、どちらかを選べって言うのが残酷すぎるくらいです!!」

 

「クリードの話は面白いよな」

 

 頭を抱えながら「体が二つあればいいのにぃ!!」と叫んでいるジェシカから視線を逸らし、再びクリードに視線を向ける。

 

「戦争では一人が強くても意味はないんだよ。今は戦争が無いからわからないかもしれないけれど、戦場では功績を焦った人から息を引き取っていく。地味でも、派手じゃなくても、長生きできるというのは、戦時中の騎士や兵士にとっては最大の栄誉だ。だから、生き残るためには何でもやる。くらいの覚悟がないと、戦場は厳しいかもしれない」

 

 ロベルトとクリードは若い頃に戦争を経験している。

 それ故にその話には重みがある。

 当時は多くの仲間を失ってきたのだろう。

 逆に、多くの敵兵を殺めてきたのだろう。

 生き残るために人を殺める必要があれば、それを厭わない。

 オレと価値観のズレはなさそうだ。

 

「では、私はロベルト様の講義に向かいます! リド先輩、また後で!」

 

「ああ、じゃあな」

 

 ジェシカを見送り、再度視線をクリードに向ける。

 その途中にココの姿が目に映る。

 

(そうか、ココはマスカット? マスコット? ……銃を使うから、剣術に意味はないのか)

 

 そんなことを思って、すぐにクリードに視線を向けた。

 

「一対一と多対多の戦いで一番違うことは、当たり前だけど人数の違いだね。一人に集中すれば背後が疎かになる。だから伏兵を置いたり、遊撃隊を編成したり、策士として友軍が安心できる場を用意するのは当然のことだね。味方の被害を最小限にして、敵にとって嫌だと思う場所を攻める。チェスボードみたいだけれど、自分の思い通りに兵が動くとも限らない。兵の気持ち、そこも交えて考えないといけないんだ」

 

 国を指揮している参謀の、タメになる話を聞いた生徒も口が開きっぱなしだ。

 他にもクリードは過去の模擬戦での経験談なども交えて話をしていて、2週間後に騎士団戦がある身としては非常にタメになる。

 

「ん? リド、ここに居たのか」

 

 その話を聞いていた時、エマが声をかけてきた。

 

「エマか。クリードの話を聞きに来たのか? 大人気だな。オマエの親父」

 

「そうだな……」

 

 エマは何故か顔に陰りを見せる。

 その表情は、父親が人気で嫉妬しているみたいなものではなさそうだ。

 

「……それより、リド。進級試験はどうだった? Bクラスには上がれたのか?」

 

 話を変えるように、エマはリドに聞く。

 

「おう、ほらよ」

 

 ポケットに入れていた生徒手帳をエマに差し出す。

 

「……なっ!? もうAクラスに上がったのか!? 流石と言うか、恐ろしいと言うか……」

 

 口ではそう言いながらも、自分のことのように嬉しそうに微笑むエマ。

 

「当初の予定とは違うが、とりあえずは安泰だ。それより、アイツはいないのか? あの、リィンなんとかは」

 

「名前くらいちゃんと覚えろ。まだ保健室だろう」

 

「そっか」

 

 それ以上会話もなく、クリードの話に耳を傾けていた。

 

「……なあ、リド。今いいか?」

 

「あ?」

 

 しばらく沈黙していたエマが急にそんなことを言ってくる。

 

「まあ、いいけど。なんだよ?」

 

「前に話しただろう。その、私に稽古をつけてくれる、と。今はダメか……?」

 

「ん? ああ、いいぞ」

 

 頬を赤らめてもじもじとしている姿を見て、そう言えばそんな話もしたなぁ。と思い出し、了承する。

 

「そ、そうか。ではあちらへ行こう!」

 

 英雄騎士の講義より、自主練を優先するような酔狂な連中は居ないようで、実技場のアリーナの後方が空いている。

 小走りで進んでいくエマの後を歩きながら追った。


 〇 〇 〇


 エマは剣を構え、オレ木剣を持って対峙している。

 

「本当にいいのか? いくらお前でも真剣を木で受け止めるのは危ないのではないか?」

 

「受け流すくらいは出来るだろ」

 

「そうか……」

 

 エマはその細い剣を両手で構えながら、呟く。

 

「本気でこい」

 

「あ、ああ」

 

 オレの言葉を受けてエマは真剣な表情を作り、間合いをゆっくりと詰めていく。

 

 真剣なエマだが、反対にオレは面倒くさそうに木剣を片手で構えるが、動く気はない。

 

「はぁああ!!」

 

 隙だらけだ! とエマは思ったのか、おおきく振りかぶって斬り込んでくる。

 

「ぐあっ!」

 

 だがその渾身の一撃を木剣で往なされ、そのまま地面に片手で投げ飛ばされる。

 

「バカ正直かオマエは……」

 

 怪我をさせないように片手でエマの体を引き上げる。

 

「も、もう一度頼む!」

 

「……はぁ。まあいいけど」

 

 距離を取ってからエマは再度剣を構え、オレに先ほどとは別方向から斬りかかるが、

 

「くっ!」

 

 先ほどと同じ末路を辿る。


 

 その後、何度も斬りかかってくるが、全く攻撃が通らない。

 

「……なぜだっ!?」

 

 息一つ乱していないオレに対して、エマは肩で息をしながら毒づく。

 

「分からねぇか?」

 

「あぁ……」

 

 そう言うエマの顔は悔しさに歪んでいる。

 どうせ勝てるわけがない。

 昔から一度オレの戦いを目にしたものは、どうしても対面したときにそう思ってしまうようだ。

 それをエマも感じてしまっているのだろうか?

 

「もうやめるか?」

 

「…………」

 

 エマはオレの言葉に沈黙する。

 諦めてしまえば楽だろう、と一瞬考えるエマ。

 

「……いや、もう一度、頼む!」

 

 だが、そんな思考を頭を振ることで吹き飛ばし、再び剣を構える。

 

「…………」


 なんだ。見所があるじゃねぇか。

 

 その様子を見て、オレも腰の剣を抜いた。

 

「ちょっと待ってろ」

 

 不思議そうな顔をしているエマを置いて、真剣で木剣を削っていく。

 

「なにをしているんだ?」

 

「オマエにその剣の使い方を教えてやるって言っただろ。教えるにしても、木剣にオマエの剣くらい細いのは無い。なら作るしかない」

 

 話しながらも削っていき、刀身が親指一つ分の木剣を作り上げる。

 先端が尖っていると危ないため、そこは平らに切り落とした。

 

「よしっ! 完璧だ。オマエの剣と変わらねぇだろ?」

 

「形だけはそうだな。だが、この剣の使い方とはどういうことだ? 剣は斬るものだろう? アルバノの手下と戦っていた時、リドも胴体を……その……うっ……」

 

 当時を思い出したのか、顔を青くするエマ。

 少し歪なタコみたいな人間だったものを思い出してしまったのだろう。

 

「いや、あの時はそうだったけどな。それの本来の使い方は違う。あくまでオレはそう思ってる。言葉じゃ難しいから、とりあえず構えろ。仕掛けるぞ」

 

「り、リド? 手加減はしてくれるよな?」

 

「……さぁな」

 

 口元を吊り上げたオレを見たエマは咄嗟に戦闘態勢に入る。

 

「よし、実戦じゃねぇし声は出してやる。行くぞ?」

 

「あ、あぁ」

 

「いくぞ――」

 

 片手持ちで先端をエマに向けたオレは、半身の状態でエマの間合いに入り、剣を突き出す。

 

「なっ!?」

 

 斬りかかられると思っていたエマは完全に不意を突かれ、腹に一撃貰う。

 

「まだ終わらねぇぞ」

 

 言いながらオレは剣を持つ腕を引いて再度突き出す。

 その攻撃は咄嗟に反応しようとしたエマの腕に当たる。

 

「読めてきたぞ! 突きばかりすると言うことか! だが、いくらおまえでも近くによればどうしようもないだろう!?」

 

 そう言って、エマは一気に肉薄してくるが、

 

「――そうでもない」

 

 地面に這うように身体を落とし、木剣のシリの部分を地に付け、立てるようにしてエマの首を捉える。

 

「エマ、オレが持っているのがオマエの剣なら首を貫いてる。オマエが持っている剣は斬り込むだけの剣じゃねぇ。突き刺し、状況によって斬り払い、敵の攻撃を往なす剣だ。手数重視の近距離特化の細剣。オマエが今までココで習ってきた剣術じゃそれを使いこなすことは不可能だ」

 

「ッ!?」

 

 今まで自分の行ってきたことが無意味だとハッキリと言われ、流石にエマは動揺する。

 

「クリードはその剣をオマエに渡した時、何も教えなかったのか?」

 

 木剣をエマの首から外し、地面に突き刺して何気なく聞く。

 特殊な剣を渡すときは普通、使い方を教えるものだろう。という純粋な疑問からだった。

 

「……少し休憩にしよう」

 

 エマはそう言って、壁を背に、地面に腰かける。

 それにオレも頷き、エマの隣に座った。

 遠くにはクリードとロベルトの講義が見える。

 

「……お父様は剣を握れないのだ」

 

 クリードは優しい笑顔で生徒たちに戦術論を教えている。

 その姿を遠目で見ていたエマは、唐突にそう言う。

 

「剣を握れない? どういう意味だ?」

 

「そのままの意味だ。剣を振れないと言った方が分かりやすいかもしれないな。戦時中、手の腱を斬られてしまったそうで、英雄騎士の称号を貰ってはいるが、剣を握れないため、私にこの剣の扱い方を教えてくれることは無かった」

 

 エマは自身の腰に下がっている青い剣を見る。

 

「お父様は、幼い頃から剣を振る私に、『いつでも剣をやめてもいい。騎士を目指さなくてもいい。普通の女の子に育ってほしい』と、口癖のように言っていた」

 

「……そうなのか」

 

 確かにクリードならそう言いそうだ。

 騎士は命を懸ける仕事だから、娘には危険な道に進んでほしくないと思うのは当然だろう。

 

「トリエテス家は代々騎士の家系だ。女であると言う理由だけで騎士の道を諦めたくは無かった……それに……」

 

 エマはそこで一度言葉を止める。

 

「それに、なんだ?」

 

「お父様が、他国から何と呼ばれているか知っているか?」

 

「この国を出たことがねぇからしらねぇ」

 

「そうだったな。すまない」

 

 エルセレム帝国のスラム育ち、王国の門を潜ったことが無いオレが知っているわけがないことをエマは自身の内面と向き合っていたため、失念していたようだ。

 

「お父様は、『臆病者の英雄騎士』と呼ばれているのだ」

 

「クリードが臆病者……?」

 

 遠くで講義を行っているクリードを見る。

 一瞬でそれは無いと判断する。

 時には戦略で撤退を決断することはあるだろうが、進んで逃げ出すような男には見えない。

 

「怪我で剣が握れなくなったのは戦時中だったのだ。前線から撤退し、後方で参謀になったお父様のことを、事情を知らない他国の、特に同盟国であったアミリット王国の騎士は、怖くなって逃げだしたと判断したのだ」

 

「そういうことか」

 

 確かに何も知らない人間からしたら、剣を振るっていた人間が急に姿を消し、後方に転属すればそう思われても仕方がない。

 

 特にそれが英雄騎士と呼ばれるものならば尚更目立つ。

 

 クリードのことを深く知っているわけではないが、それを撤回しろとわざわざ言うタイプではないことくらいは知っている。

 

『そう思われちゃったか……仕方ないよ。事実後方に行ったわけだしね』と、笑いながら話すタイプだろう。


「……私は、お父様が臆病者ではないと、娘である私が証明したい。凄い騎士だと言いたいのだ」

 

 静かにこぶしを握り、目に力を宿すエマ。

 

「なるほど。なら、絶好の機会じゃねぇか」

 

「……ん? なにがだ?」

 

 不敵に笑いながら立ち上がるオレを、エマは見上げる。

 太陽を背に、白い剣を抜く。

 光で輝いたその剣を地面に突き刺し、

 

「好都合なことに、クリードにいちゃもん付けてやがるアミリット王国、騎士団との戦いが目前に控えている。クリードが臆病者と思われているなら、オマエがこの戦いで活躍して、そうじゃないと知らしめればいい」

 

「……だが、私の剣は……」

 

「安心しろ。特別にこのオレが、超絶スパルタコースでオマエを鍛え上げてやる。木剣なんて生ぬるい。真剣で行くぞ。剣を抜け」

 

「フッ……ハハッ。そうか、ありがとう、リド。なら頼む」

 

 笑いながらエマも立ち上がる。


 背を向けて距離を取るオレを見て、エマは自身の心に灯るもう一つの決意を感じながらも背を追った。

 

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