第42話

 いち早くAクラスに上がる必要がある。

 戦力をあつめるにしても、Aクラス入りしなければ相手にされないだろう。

 オレの力を隠すという話だったが、もはやどうしようもない。

 ロベルトから何かあるかと思ったが、特に呼び出しもないので、黙認しているか気が付いていないかのどちらかだ。

 今のうちにサクサク動く必要があった。

 

「ここがBクラスか……」

 

 第二グラウンドに到着したオレは、訓練をしているBクラスの生徒達を見渡す。

 

 今は模擬戦をやっているようだ。

 寮で見知った顔が何人か居るが、決して練度が高いとは言えない。

 

 というより、何か嫌な空気だ。

 例えるのなら、蛇に睨まれたカエルが、蛇に踊ることを強制されているような不気味さ。

 

「まだ盗賊見習いの無様なダンスの方が目を引くな……」

 

 型どおりの剣術は、型に嵌るがゆえに欠点、弱点が多い。

 

 上で構えれば胴が開く。

 下で構えれば足が開く。

 

 横で構えれば利き腕側に隙ができる。

 

 人にはそれぞれ合った剣術があるということを講師陣は知らないのか?

 そんな疑問を抱えながらも、グラウンドの中に入って講師の元へ行く。

 

 何人かがオレを見て驚いたようにしているが、訓練中のため話しかけてくる生徒はいなかった。

 

「アンタがここの教官か?」

 

「……そうだが、貴様は?」

 

 いかにも偉そうなオールバックに丸眼鏡、長身細身の中年に声をかけた。

 中年は敬語じゃないことにイラつきつつも、視線をこちらに向ける。

 

「リド・エディッサだ。Aクラスに上がるためにはどうすればいい?」

 

「噂の編入生か……この模擬戦で5人抜きした後なら私が実力を見てやる。そこからAクラスに上げるかどうか審議する」

 

「なら、今から参加させてくれ」

 

「……Cクラスから上がったばかりの貴様が? 自殺したいのかね?」

 

「フッ、なんなら今すぐオマエに切り掛かってもいいぜ?」

 

 殺気をBクラス講師にぶつけ、腰の剣に手を添える。


「……いいだろう。カッジ! リド・エディッサと戦いたまえ!」

 

 Bクラス講師はオレから視線を逸らし、近くで訓練をしていた生徒の方を向く。

 

「え? あ、はい!」

 

 カッジと呼ばれたガタイの良い青年が、弾かれたようにこちらに近寄って来る。

 生唾を飲み込んで講師の前でビシッと立つ。

 

「このクラスで一番の強者だ。本来は五人抜き、しかしカッジに勝てれば貴様と戦ってやろう」

 

「……手っ取り早くていいぜ」

 

「カッジ。本気でやれ」

 

「は、はいっ!」

 

 ガタイにふさわしい大剣を背中から取り出したカッジと向き合う。

 

「……構えないのか?」

 

「素手で充分だ」

 

「……っ!」

 

 オレは剣を抜かず、拳闘の構えを取る。

 その様子を見て、Bクラス講師はため息を吐くが、顎で叩きのめすようカッジに指示し、戦闘が始まった。

 

 周囲の生徒も手を止め、その戦いを見るために集まってきている。

 

「いくぞぉおおお!!」

 

 カッジは剣を腰で構えて突貫し、オレの腹を裂くように振り抜く。

 が、オレはスウェーでカッジの利き腕方向に移動してその攻撃を避ける。

 

「――フッ!」

 

 そして、カッジの横顔が目の前に来たタイミングで顎を殴り、脳を揺らせる。

 

「グッ!?」

 

 ゴッ! と、鈍い音が鳴り、うめき声を漏らしたカッジはそのまま体制を崩した。

 

「――ッ」

 

 だが、最後のあがきとばかりに崩れた態勢のまま剣を振り抜いてくる。

 その攻撃を間一髪で避け、カッジの剣の柄を下から蹴り上げ、遠くに剣を飛ばした。

 

「……勝負あったな」

 

 そう言うと同時にカッジの腹を蹴り、意識を刈り取る。

 

 弱すぎる。

 

 オレの心に浮かんだのはそれだけだった。

 あまりにも弱い。

 一発、二発でケリがついてしまう。

 

 スラム育ちの人間はどれだけ殴ってもゾンビのように這い上がってくる。

 

 なにが彼らをそうさせるのか……それは心の根本に深く根付いている飢餓感だろう。

 

 負ければ殺される。見逃されても飢餓で死ぬ。

 常に絶対に負けられない戦いを送っているのだ。

 

 だが、ここの生徒はどうだ?

 

 家柄、名誉、愛国心。

 

 そんなくだらないものを心に置いている。

 勝ったら異常なほど周囲に広め、負けても次があると言う。

 

 本当にくだらない。

 

 ただただそう思いながらカッジを見下していた。

 

「約束通り、これでアンタと戦えるんだろうな?」

 

 地面に転がるカッジから視線を外し、講師の方を見る。

 

 クラス一の強者が一瞬で倒れるという、信じられない光景を見て固まっていた講師はオレの視線にビクッとなる。

 

「あ、あぁ……だれか、カッジを医務室に運びたまえ!」

 

 Bクラス講師はゆっくりと頷いた後、そう周囲に叫ぶ。

 何人かの生徒がきてカッジを運んでいく。

 

「腰の剣を抜け、リド・エディッサ。私の攻撃を受けきることが出来れば、Aクラス入りの判子を打とう」

 

「……ああ」

 

 もう面倒くさい、と言葉には出さずとも態度で示し、腰から剣を抜いて自然体に構える。

 

「ん? どこの剣術だ? 見たことが無いな」

 

「ほとんど我流だ。基本は叩きこまれてるが、自分にはこっちの方があっている」

 

「ふん……」

 

 Bクラス講師はオレの構えを見る。

 いや、構えと言えるほど型があるようには見えないが、隙が全くない。

 

 明らかに異常だ。

 

 通常、騎士には綺麗な型を教える。

 

 大規模な戦争が終結した現代において、騎士の剣術は見世物としての価値しかなくなっている。

 

 魔物の駆除なども、大抵は銃で充分だそうだ。

 

「…………」

 

 戦闘が始まって一分近く経っているにもかかわらず、Bクラス講師は全く攻撃を仕掛けられない。

 どこに斬り込んだとしても、カウンターを返されるのが想像できてしまうのだろう。

 

「なんだ? こないのか?」

 

 向かい合っているだけで全く打ち込んでこない相手に飽きが先に立つ。

 

「……行くぞ!」

 

 やがて、Bクラス講師はオレの右手側から斬り込むことを決め、剣を振るう。

 

 だが、その剣を回転することで避け、その勢いのまま、目の前を通り過ぎようとする剣の腹に刃を当てた。

 完璧なパリィを行って剣を弾く。

 

「どいつもこいつも、攻撃するときにデカい声で……仕掛けるタイミングってのは一番悟られちゃいけないことだろ。そんなことも知らねぇのか? おっさん」

 

 剣を弾いた後、そのままタックルを体に入れ、長身のBクラス講師を吹き飛ばし、生徒であるはずのオレが講師に説教する始末。

 

「くっ……」

 

 まさか一撃で終わるとは思っても居なかったBクラス講師は項垂れる。

 

 やがてしばらくして、

 

「……失格だ、リド・エディッサ。私の剣を受けろとは言ったが、攻撃しろなどとは言っていない。よって判子は打てない」

 

「はぁ?」

 

 突然そんなことを言いだしたBクラス講師はそのまま

オレに背を向けて立ち上がり、その場を去ろうとする。


「ちょっと待てよ。オマエに勝てばいいんじゃなかったのか?」

 

「……攻撃を受けろと言ったんだ。貴様はそのルールを破った。反則負けだ」

 

 ナニイッテンダコイツ? という顔をして、Bクラス講師の話を聞き流す。

 

「クレマン教官! それはおかしいと思います! リド先輩は完璧に攻撃を防いだだけだと思います!」

 

「ん? おぉ! ジェシカか! もっと言ってやれ!」

 

 今まで遠くでオレ達の戦いを見ていたジェシカが割り込んでくる。

 

「ここでは私が法だ。従わないと言うならジェシカ君。リド・エディッサ。君たちを退学処分とする」

 

「えっ……」

 

「なに……? 俺だけじゃなくてジェシカも巻き添えか?」

 

 駄々をこねた大人の尊厳のために、突然の退学通告。行う講師。

 何より今回の件に関係のない庇ってくれたジェシカも一緒に退学処分となる。

 我慢ならず、思わず腰の剣を強く握る。

 

「そうだ! 何か不正をしたに決まっている! ここでは私が法だ! その私に従わないと言うのなら……」

 

「――従わないと言うなら、なんだ? クレマン」

 

 低く、鋭く、重い声が響く。

 

「従わないと言うのなら停学処分に! ……理事長!?」

 

 いつの間にかオレの背後に立っていたロベルト。

 ものすごく不気味な笑顔でBクラス講師、クレマンを見据えていた。

 

「僕も居るけれどね」

 

 そしてロベルトの隣にはクリードも立っていた。

 

「生徒の真贋を見ることもできずに、己のちっぽけなプライドのために若い芽を摘み取ろうとする行為、全て見させてもらった。クレマン、俺は君を信じていたが、どうやら密告通りだったみたいだな。君は今日限りでこの学園から去ってもらう」

 

 普段のおチャラけた態度などそこには微塵もなく、本気で怒り狂っているロベルトの姿があった。

 

「これはっ! その……間違いで! 誤解があると思うのですが!」

 

 先ほどまでの厭味ったらしく威張り散らしていた講師の姿はそこにはなく、必死に弁解しようとする惨めな男の姿があった。

 

「誤解? うん、それなら僕が聞こうかな。仕事柄、人の嘘を見抜くのは得意なんだ。良いよね? ロベール?」

 

「ああ。お前の目なら間違いはないか……頼む」

 

 ロベルトは信頼しているのか、自身を落ち着かせるように息を深くはいた後、そのままクリードに任せるように一歩下がる。

 

「話に入る前に一つ言わせてもらうと、僕達はすべてを見ていた。会話もね? さあ、なにが間違いだったと言うのか説明してくれるかな? クレマンくん」

 

 クリードは笑顔で話しかける。

 そして話に入る前に前提を言うあたり、明らかに尋問慣れしている。

 

「……それは、その、リド・エディッサが何かしらの魔法を使い、不正を働いた可能性があり、騎士道精神に反することをしたと思い、処分を、と……」

 

「魔法を使った……そうなんだ。ちなみに、クレマンくんはどんな魔法だと思うんだい? なんの確証もなく魔法だと言って一方的に処分を言い渡すほうが、騎士道精神の『高潔さ』と『寛容さ』が足りないんじゃないかな?」

 

 クリードの言葉にクレマンはビクッ、と身体を振るえさせるが、まだクリードの言葉は終わらない。

 

「ちなみに、『高潔さ』は正直な行いとも言うけれど、それに違反する行為は十戒法廷で裁判になる。ここまでいいかい?」

 

「は、はい……」

 

 クリードの笑顔とは裏腹に、クレマンは顔を青くして冷や汗がとまっていない。

 傍から見ているオレも、『エマの親父って怖かったんだなぁ』と若干引き気味だった。

 

「『騎士の十戒』に倣い、応えなさい。もう一度言うと、僕は嘘を見破ることができる。策士だからね。君は、感情でリドくんとジェシカさんの退学を言い渡したんだね?」

 

 急にクリードは言葉のトーンを落とし、そう問い詰める。

 

「…………」

 

 クレマンは顔を青ざめさせて視線を彷徨わせる。

 だが、もう逃げられないと分かったのか、肩を落として、

 

「……はい」

 

 そう言った。

 罪を認めた。

 つまりは『騎士の十戒』に反したのだ。

 

「だってロベール。後のことは君に任せるよ。僕は学園関係者じゃないからね。あくまで来賓だ。元老院会議でない以上、僕がこの学園で罪を裁くのは間違っている。でも、昇級の判子だけはすぐに僕に渡してくれるかな?」

 

「は、はい……」

 

 クリードはクレマンから判子を受け取る。

 

「……はぁ。とりあえず、後任の書類を漁るかね。クレマン、君には失望した。おって処通達を出す。職員室に戻り、荷物を片付けろ。逃げようとは思わないことだ」

 

 ロベルトがそう告げると、クレマンは静かに歩いていき、姿が見えなくなっていった。

 

「「おおーー!!!」」

 

 周囲は本物の英雄騎士二人を見たことと、クレマンの呪縛から解き放ってくれたことで歓声が沸き上がる。

 それに照れた様子で頬を掻くクリードと、口元に笑みを浮かべて若干恥ずかしそうに腕を組むロベルト。

 

「つか、ロベールとクリード。仕事いいのかよ? 暇なのか?」

 

 唯一空気を読めないオレはロベルトたちにそう問いかける。

 

「暇じゃねーよ。お前が早々に約束を破りやがったから、午後の訓練で問題起こさないように見張ってたら、こういう事態になったんだ」

 

「うん、まあ概ねその通りだね。でも、見ていてワクワクしたのも事実だよね? ほら、鎧斬りで遠くの木まで切り裂いたところとかさ!」

 

「見てたのなら顔出せよ」

 

 腕を組み、悪態を吐くロベルトとは裏腹に、クリードは子供のようにキラキラした顔で笑っている。

 そんな二人にオレはため息交じりに悪態を吐いた後、雑談に花を咲かせる。

 

「あ、あの! リド先輩は、クリード参謀とロベルト英雄騎士様とお知り合いですの!?」

 

 ずっと黙って話を見ていたジェシカが、周囲の聞きたいことを代表してオレ達に話しかける。

 

「あぁ。つか、オレはロベールに無理やりこの学園入れられたんだ」

 

「ろ、ろべーる?」

 

「愛称だ。つかロベール、オマエから説明してくれ」

 

「お、おまえ……!?」

 

 あまりにも軽い話し方に、驚愕を通り越して少し心配になってきた様子のジェシカ。

 正直何が偉いのか全く分からないので、敢えてスルーしてきたが、学校の中ではこういった態度を控えたほうがいいのかもしれない。

 

「そうだ。君はジェシカ・ヴラヒム君。だったかな? 寮に住んでいると把握しているが、リドとはうまくやれているかね?」

 

「は、はい! ご指導ご鞭撻をお願いしたところです!!」

 

 ビシッ! と、背筋を伸ばすジェシカ。

 相当に緊張しているのか、手が震えている。

 

「へぇ~、リドくんも隅に置けないなぁ~。うちのエマだけじゃあダメなのかい? かなりの愛娘なんだけれどね。あ、愛人? もしかして愛人候補かい!? 若いうちから見繕うなんてリドくん、苦労するよ?」

 

「何の話だよ。エマにも教えるっつの。つか、用がないならもう帰れ!」

 

 下らん話には付き合ってられない、そんなことを思ってクリードに叫ぶ。

 

「いやいや、用ならあるよ? わざわざ皇城から引き返してきたくらいにはね。ほら生徒手帳出して? 判子打つから。文句なしに君はAクラス昇格だ。良いよねロベール?」

 

「ああ。ま、腕っぷしだけは一人前だからな」

 

 そう言って生徒手帳に判子が打たれる。

 

「おぉ、サンキュー。それで? Aクラスはどこだよ?」

 

「うん、ぶれないねリドくんは……Bクラスをこのままにしておくつもりかい?」

 

 講師が消えて、することも無く固まっているBクラス生徒をクリードは見渡す。

 

「あ? どういうことだ?」

 

 意味が分からず、首を傾げる。

 

「ねぇ、ローベル。今日はA・B合同練習にしたらどうかな? 僕は今日はもう休みにして時間取ったから、剣は握れないけれど、多少の稽古はつけられるよ?」

 

「仕方ねーか……よし! Bクラス諸君! このまま自習したい生徒はここに残りなさい! 俺たちに稽古をつけてもらいたい生徒は、今から実技場に移動!」

 

 ロベルトはそう、声高らかに言った。

 またも歓声が上がり、第二運動場に残ったのはオレとジェシカだけだった。

 

「面倒くさいことになったな」

 

「……当分は話題に事欠きませんね」

 

 二人でため息を吐いた後、

 

「じゃ、オレらも実技場に行くか。エマに会わねぇとだから」

 

「それにしても、一日でAクラス入りなんて、リド先輩はやはりすごいですね!」

 

「面倒ごとを背負い込んだから、仕方なくだ」

 

 そんな会話をしつつジェシカの先導の元、実技場へ向かった。

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